53話 カイマン革命 その2

「救いの聖者様……」


 長袖長裾の制服を着た長い黒髪の小柄な少女は、シスターが神に祈るときみたいな姿勢で跪いていた。


「おい、ホムラ! 焼け! 『命令』だ! そいつらを焼き殺せ!」


 奥にいる身分の高そうな男が、命令を強制するがこの少女を縛っていた『絶対服従紋』は俺の『治す』によって解除されている。……なんか、感謝が大袈裟過ぎるような気がするけど、よっぽど酷い命令でもされ続けてたのだろうか?


 ……焼け、と命令されてる辺り、この娘がニケ達の故郷の村を焼いた能力者か。


 命令で強制されて、人殺しをさせられる。善良な日本人なら罪悪感と酷いトラウマを植え付けられただろう。


「ホムラさん。大丈夫。貴方は解放されました。とりあえず、ここは危ないので後ろに下がってください」


「ぁ……」


 落ち着かせるようにホムラさんの頭に手を置くと、彼女は小さく震えてからぽたぽたと炎の混じった涙を地面に落とした。


「……ニケ、恨む気持ちもあるかもしれないけど、この娘は命令で強制されて操られてただけだ」


「……解ってるわ」


 ……後ろで命令を振りかざしている男を見る。アレが、カイマン王子。

 こんな小柄で気の弱そうな女の子を日本から拉致したと思ったら、命令で強制して亜人たちを焼かせるなんて。


 ニケやミューの故郷を焼いたこと含めて、最低最悪の外道の所業だ。許されるものじゃない。


「カイマン王子。お前は最低最悪のクズだ。法と理の女神、アストレア様の名の下にお前の極悪非道は裁かせて貰う。『裁量の天秤』――判決を言い渡す。死刑」


 ガタン。金色に輝く天秤が大きく右に傾く。


「ギャハハ! 判決を言い渡す、だってよ! おっさん中二病すぎ!」

「そう笑っては可哀そうですよ、タクト。……でも、そうですね。王子であるカイマン殿下にその態度。貴方も不敬罪、よって死刑が妥当ですね」


 茶髪の勇者がギャハハと笑い、眼鏡の勇者がくいッと眼鏡を上げながらセンスが良いと思ってそうな態度で皮肉を返してくる。


「お前らも、ホムラみたいに『絶対服従紋』は解除されてるぞ。見たところ高校生のようだしごめんなさいしてこっちにくるなら、助けてやる」


 ニケとミネルヴァさんからこいつらのやったことは聞いていた。


 でも『絶対服従紋』で操られていた以上、意思に反して無理やり嫌なことをさせられていた可能性は否めない。一応彼らは同郷だし、見た目も若いから、そう言った事情があるなら助けてやりたい。


「は? なんだ、テメェ。上から物を言って何様のつもりだ?」

「まあ、待ってくださいタクト。現状、敵の数は多い上にホムラが寝返ってしまっています。状況だけみるならやや不利です。場合によっては僕たちも向こう側に付く選択肢はあると思いますよ」

「は? どういうことだ?」

「そちらの――。タニガワ ジタロウさんであってますか?」


「ああ、そうだな」


「『絶対服従紋』が解除された今、僕たちはあなた達の方に付いても良いと思っています。ただし、条件があります」


 ……条件? 何言ってんだ?


「僕からは、僕をそちらの組織のリーダーにすることを求めます。僕はあなた方より賢く、そして強い。なら、僕が纏める方がそちらの組織にとっても利点となると思います」


「なるほど! そう言うことなら、俺からも条件がある! って言っても、俺の方からは大したことはねえ。とりあえず、そこの黒い髪の猫耳の子を俺の性奴隷にしろ。あとはまあ、俺が飽きない程度に女を抱かせてくれれば文句はねえ!」


 茶髪の男は後ろにいるミューを指さしてそう言った。


「……ジタロー様。勇者は『絶対服従紋』で操られているから、場合によっては許しても良いと思っていた。でも、あいつらは、絶対に許せないわ」


 ニケが怒りに声を震わせながらショートソードを抜く。


「あっ、まって、思い出したぞ! カイ! あれ、エルフの森焼き払った時にいた猫耳の女の子じゃね! おい、白い方も俺の性奴隷になれよ!」


「そうですか? よく覚えてませんね?」


 茶髪の方がニケを指さしてテンションを上げ、眼鏡はとぼける。


 裏切りそうな雰囲気を醸し出していた勇者二人の様子に焦っていたカイマン王子だったけど、今は少し安心した様子だった。


「どうですか? タニガワさん。こちらの条件、飲めそうですか?」


 眼鏡がくいッとしながら、飲めそうですか? って……


「馬鹿か。お前らは死刑だよ――『断罪の剣』」


 同じ日本人だからと言っても限度がある。精霊人の里の人たちを虐殺し、多分他の亜人たちも同じように殺してきた。それを悔い改めようってなら助ける余地はあったけど、反省すらしてない様子だから……殺すしかないな。


 出した断罪の剣は、黄金に光り輝いていた。今までは銅か銀だったのに……。アストレア様の力が上がっているということなのだろうか?


「決裂ですね。同じ日本人だから解り合えると思っていたんですが、タニガワさんは賢い方ではなかったようですね」


「はっ、だったらお前らこそ死刑だ! 男は全員ぶっ殺す! 女は全員とっ捕まえて性奴隷にしてやるぜ! 『縮地』ッ!」


 茶髪の勇者が物凄い速度で、俺に斬りかかってくる。


 先ほどはニケが反応して、辛うじて防いでくれたけど今度は俺の肩に剣が振り下ろされる。アストレア様に与えられた頑丈な法服によって斬撃自体は阻まれるけど、物凄い速度で鉄の棒を叩きつけられたのだ。法服の上からとはいえ、かなり痛い。


「……『治す』」


 しかし、厄介だな。この『縮地』とか言うスキル。速すぎて反応が追いつかない。

 俺は法服の堅い守りがあるから耐えられたけど、このまま亜人解放戦線の方に突っ込まれて虐殺されたら、俺の『治す』が間に合わずに死傷者が出るかもしれない。


 何とかしなければ……そう思った瞬間、茶髪の勇者の胸の前に光る白い玉のようなものが見えた。


 何だこれ。試しに剣を振り下ろしてみる。


 金色に輝く断罪の剣が、茶髪の勇者の肩口諸共光る白い玉のようなものを斬り裂いた。白い玉は小さな粒子となって金色の天秤に吸い込まれて行く。


「ぐっ、あぁぁっ! クソが!」


 茶髪の勇者が、近くにいた解放戦線の戦士を斬りつける。


「範囲『治す』!」


 戦士の傷も治るけど、袈裟懸けに斬り裂いた勇者の傷も治る。

 なんとなくそんな気はしていたけど、俺の『治す』は基本無差別。敵も味方も関係なく治してしまうみたいだ。


 折角与えたダメージがなくなるのは惜しいけど、味方の命の方が大事だ。仕方がない。


「チッ、縮地!」


 茶髪の勇者は盛大に舌打ちをしながら、普通に立ち幅跳びをするように悠長に飛び掛かり、ニケの方に襲い掛かる。


「は?」


「えっ?」


 高速に備えていたはずなのに、拍子抜けした様子のニケは戸惑いながらも大きく開けられた茶髪の勇者の股間を蹴り上げた。

 人間よりも遥かにパワーのある獣人の血を引いたニケの一撃が急所に炸裂。


「うぐっ、あぁっ、あぁっ、あぁっぁぁぁぁあああ!」


 茶髪の勇者は顔面から地面に着地する。顔を強く地面に殴打したはずなのに、両手で股間を押さえながらのた打ち回っていた。

 クズ野郎だとは思うけど、男として同情してしまう。


「あっ、ぁっ、ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ」


 目と口から白く濁った汁を垂らしながら、苦しそうに悶絶する茶髪の勇者は怯えてるのか怒ってるのか判別のつかないような形相でこちらを睨みつけて来た。


「お、お前゛ぇっ。な、何をした! 使えなかった! 俺のスキルが!」


 さっきまでの俊足が嘘みたいな悠長な幅跳び。やはり、縮地は使わなかったのではなく使えなかった。


 しかしなぜ……?


 おかしかったことと言えば、茶髪の勇者の胸元に浮かび上がっていた白い玉だ。

 アレを裁量の天秤が吸い込んだから、失った? となると、アレは茶髪の勇者のスキルってこと?


 金色になった断罪の剣だから斬れたのか?


 ――ジタローの考える通り、アレは今のた打ち回っている勇者のスキル。其の方が信者を集め祈りを捧げてくれたお陰で取り戻した我が権能の一つだ。


 アストレア様!? ……権能、ですか?


 ――うむ。そも、異世界人のスキルとは二つの世界の間を魂が渡るときに、この世界が願いを叶えこの世界の利として還元させるために与えるもの。しかしこの世界にわたってくる異世界人が必ず善なる心を持っているとは限らない。

 悪なる心を持ち、世界に害をなす者も少なくない。そんな者からスキルを強制的に没収し、相応しい者に与え直すことが、失っていた我の権能なり。


 な、なるほど。つまり、茶髪の勇者は悪いようにスキルを使っていたからスキルを没収することが出来た、と?


 ってことはつまり、あの眼鏡の勇者からも没収できる?


 ――うむ。断罪の剣で斬ることでも可能だが『裁量の天秤』を使った方が容易いぞ。


 なるほど……。


「お、おい、お前、タクトに何をした!?」


 急にスキルを失い、のた打ち回る羽目になった茶髪の勇者を見た眼鏡の勇者は裁量の天秤を向けられて怯えていた。


「――主文。眼鏡。お前は悪いことにスキルを使用したから、この世界の法と理によって没収される。『スキル剥奪』」


 裁量の天秤が右に傾く。すると、眼鏡の勇者の胸元から、白い玉がにゅっと飛び出し、それが裁量の天秤の左側に乗る。


 そして天秤が平行になった瞬間、眼鏡のスキルはパンッと弾けて白い粒子が天秤に吸い込まれて行った。


「は? は? お、お前、何をした?」


「……ミネルヴァさん、今、眼鏡の勇者のスキルを没収しました。魔法を放ってみてください。あ、確認の為なので小さい奴で」


「わ、解ったわ。鬼火ウィスプ


 ミネルヴァさんは戸惑いながらも、俺の指示通りに魔法を使った。紫色の小さな炎が、眼鏡の勇者にゆっくりと進んでいく。


「ふっ、やはり馬鹿ですね。僕のスキルは反射! ありとあらゆる魔法も、攻撃も反射する最強のスキル! 反射!!」


 眼鏡の勇者は鬼火の前で両腕を開くけど、鬼火はそのまま眼鏡の勇者に直撃した。

 ジュワッ、と眼鏡の勇者に着弾した紫色の炎はしわじわと勇者の肌に燃え広がっていく。


「あ、熱いッ! 熱いッ! な、なんでだ!? 魔法が、反射されながっだッ!?」

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