54話 カイマン革命 その3
「熱い゛ッ、痛い゛ッ! なんでッ、なんで『反射』されながっだ!?」
紫の炎にチリチリと肌の表面を焼かれる眼鏡の勇者は苦しそうな悲鳴を上げながらのた打ち回っていた。
紫の炎は消えては燃え広がりを繰り返している。
よっぽど人徳がないのか、のた打ち回る勇者に水を掛けたりとかしてやる騎士は一人もいなかった。
「縮地! 縮地! チクショウ……ッ!」
もう一人の茶髪の勇者は未だに痛むのか股間を押さえながら足を必死にジタバタと動かしていた。当然、スキルは発動しない。
「は……? どうした、勇者共。お前ら、何をやってる?」
地面に這いつくばり苦しみ悶えている勇者二人の様子を見て、カイマン王子は顔面蒼白だった。
勇者二人は使い物にならなくした。
騎士たちも、亜人解放戦線の人たちが戦い戦況は押していた。ニケの形をした巨大なゴーレムが、騎士たちを次から次へと薙ぎ払っていく。
「クソッ。クソッ。お前らを異世界から召喚するのにどれだけのコストが掛かったか解ってるのか? お前らを召喚するには、精霊人の生贄3つと、優秀な魔導士5人の犠牲が必要なんだぞ!」
カイマン王子は怒鳴るが、勇者二人は答えない。
しかし、カイマン王子の言い様にニケとミネルヴァさんは目に見えてブチ切れていた。ニケの形をしたゴーレムが更に二つ増える。
「クソッ。何故だ。何故、私ばかりがこんな目に遭わなければならない? 私は、兄よりも優秀で、時期国王に相応しいのに! 私が発案した亜人大粛清の成果はそれを完全に証明しているはずだ、なのに!」
「カイマン殿下」
「なんだ?」
地団太を踏み、怒りを露わにするカイマン王子に隣の騎士が声を掛けた。
「勇者二人が使い物にならなくなったせいで、状況が一気に不利に傾きました。……ここはひとつ、マモーン様から預かっているアレを喚び出すべきかと」
「アレか。しかし、アレは召喚コストが高すぎる。代償なんて払えないぞ」
「この街には、殿下を裏切り逃げ惑う愚かなる市民の命が何万とあります。それを生贄にすれば――」
「なるほど! それは妙案だな! そうと決まれば一旦引くぞ!」
「はっ!」
カイマン王子と騎士が、背を向けて城へと走って行く。
亜人大粛清の発案者であることを自ら暴露したと思ったら、今度は市民を犠牲にして何かを召喚すると言い出す。
口を開くごとに最低を更新していくカイマンたちに、俺はドン引きだ。
ただ、厄介なものを召喚されて形勢が逆転したら困るし、殺しておくか。
足を一歩踏み出したところで、頭の中に声が響いた。
――追うな。喚ばせた上で、討滅しろ。
アストレア様の声だった。言われた通りに足は止める。
無辜の市民を犠牲に何か喚び出すなんて物騒なこと言ってるし、被害が出る前にぶっ殺しておいた方が良いと思うんですけど……。
エドワードの時は殺しても大天使が出て来たけど、その場合でも先にカイマンや騎士たちを全員殺してから袋叩きにする方が良いような気がする。
何でだろ? そんな疑問が頭に浮かぶ。
――カイマンが喚び出そうとしているのはマモーンの配下の大悪魔だ。
なるほど……。
俺に与えられた第一の使命は、この世界に召喚された勇者の解放・殺害と、召喚者への断罪。この国での勇者召喚にはマモーンとかいう無法者の女神が絡んでる、みたいなことを俺が使徒になるときにアストレア様は言っていた。
つまり、俺が使命を果たそうとし続ける限りマモーンの配下は敵として戦うことになる可能性が高い。だから、余裕がある今のうちに配下を倒しておけば後々楽になるってことですかね?
――そう言うことだ。
そう言うことなら、カイマン王子のことはゆっくりと追おう。
だけど、少し不安でもあった。エドワードで大天使を呼び出された時、ニケとミューが重傷を負った。あの時は俺が近くにいて『治す』でどうにか出来る程度の怪我だったからどうにかなったけど、もし俺が更に遠くへ分断されてたらとか、ニケとミューのダメージが重傷どころじゃない致命傷だったらと思うとゾッとしない。
『治す』も成長して広範囲で発動できるようになったとはいえ、大悪魔は大天使より強いかもしれないし、大悪魔が一体だけとも限らない。
いっそのこと、俺だけで乗り込むか? 俺の隣に立つ、ニケとファルの顔を見る。
二人は、俺より一歩前に出て足を止めた俺の方に振り返ってみていた。
「追わなくて良いのか?」
ファルが聞いてくる。
「戦力に余裕があるし、アレとやらを喚ばせた上で討伐することにした」
「へぇ。流石ダンナ、やっぱりアンタに付いてきて良かったぜ」
「……何が出てきたとしても、ジタロー様は私が守るわ」
ファルは好戦的に笑って、大きくした拳をぶつけてならし、ニケは任せろと言わんばかりにポンと胸を叩いた。
二人とも、凄いやる気だ。
危ないから待ってろと言っても無理やりついて来そうな勢いだ。って言うか、敵地に一人で乗り込んで戦闘とかやっぱり怖すぎるし二人がやる気なのは心強い。
だけど、そんな二人が俺についてきた結果死んでしまったら凄く哀しい。
――そんなに心配なら、勇者から没収したスキルを与えれば良いではないか。
葛藤してると、再びアストレア様の声が響く。
……えっ、あのスキル人に渡せるんですか?
――うむ。前科がないことと、我への信仰があることが条件であるが、その二人であれば問題あるまい。
ここで言う前科とは、要するに世界の法を犯したことがないことってことだろう。
ってなると、一度デビクマを蘇生してしまっているミューはだめなのか。
勇者から奪ったスキルは二つ。『縮地』と『反射』
渡すとしたら、ずっと旅を共にしてきたニケとファルの二人で確定。問題はどちらにどっちのスキルを渡すかだけど……それも、少し考えればすぐに決まった。
「『裁量の天秤』――ニケ、ファル。勇者から没収したスキルを、お前たちに渡そうと思う」
「スキルを?」
「そんなこと出来るのか?」
ニケは戸惑うように首を傾げ、ファルは疑わしげだった。
裁量の天秤の左側の皿には、勇者のスキルと思われる白い玉がふわふわと乗っかっていた。
「お、おい、そ、それ、俺の、スキル!」
チャラそうな勇者が目を開く。
「か、返せ! お前、人のスキルを奪うなんて! 同じ、日本人だろ!」
眼鏡の勇者も追従してきた。
「そ、そうだ! か、返せよ。おっさん。おっさんのハーレム寝取ろうとしたのは謝るからさぁ!」
「そ、そうですよ、僕たち同じ日本人じゃないですか! 仲違いするなんて馬鹿らしいと思いませんか?」
スキルの玉を見た二人が、必死に媚びてくる。だけど悪いな。このスキル、譲渡できる対象が前科なしかつアストレア様を信仰していることなんだ。
自分の意思でカイマン王子に加担してた辺りで世界の法に触れてそうだし、こんな上っ面の謝罪をするこいつらは心からアストレア様を信仰することもしないだろう。
節度のない馬鹿二人にスキルなんて凶器、返してやる気はもとよりないけど。
目を瞑り、スキルを渡したいと念じるとその方法が解る。その魔法の名は――
「『信賞必罰』――ニケには『倍反射』を、ファルには『縮地』を授ける」
そう唱えると同時に、天秤は大きく左に傾き二つの白い玉はそれぞれ、ニケとファルの胸のあたりにふわふわと飛んで行って吸い込まれた。
「あ、あ……」
「お、おい、それ、僕のスキルだぞ!」
ガンガン前に出て色々獲物を倒しに行ってくれるファルには、移動スキルの『縮地』を。俺の近くにいて守ったり庇ったりしてくれることが多いニケには防御に向いてそうな『反射』を渡した。
狙って奪ったとかではないけど、これ以上なくニケとファルにぴったりなスキルだと思う。
「……これでスキルは渡せたと思うが、どうだ?」
「どうだ、って言われても実感はあんまりないわね」
「だな。なら、ちょっと使ってみるか! 『縮地』! ……うぉおおお! スゲー!」
そう言ってファルは早速、スキルを発動する。すると、一瞬で10メートル以上先の場所に移動していた。ファルは嬉しそうに叫んで飛び跳ねる。そして次の瞬間には『縮地』の再使用で俺の隣に戻って来ていた。
「なあ、ダンナ! これスゲーよ! 本当にスゲー!」
ファルが大はしゃぎで俺に抱き着いてくる。背の高いファルに抱き着かれると胸が丁度顔を挟む感じになって……その、ありがとうございます!
「ファル、離れなさい!」
しかし、その至福の時間はニケによって引き剥がされる。
「ダンナ、本当にありがとな。ダンナの敵は、最早オレの敵だと思って戦うぜ!」
「ああ。頼りにしてる」
「ミュー、私の方にも軽い魔法撃ってみてちょうだい」
「解ったのです。“
「『反射』」
「“
ミューから放たれた小さい火を、ニケが反射する。反射で返された炎は、倍の大きさになってミューの方に帰っていくけど、大きな水の球によって消火された。
ニケの方も、スキルをちゃんと習得しているようだ。
「ジタロー様、ありがと。……私は、ジタロー様の最強の盾になるわ」
「ああ、頼りにしてるぞ」
ファルとニケに、勇者のスキルを譲渡したことで二人が強くなった。
敵にしたときは、割と完封したから脅威にならなかったけど、味方にしたら結構頼もしいスキルだと思う。
「うわぁぁあ、ぼ、僕のスキルが、僕のスキルがぁぁああ!」
眼鏡の勇者が頭を抱えながら奇声を上げる。
「クソがッ。俺のスキルを返せぇ! ぎゃふっ!?」
茶髪の勇者が立ち上がり、ファルに殴りかかろうとするけど、縮地によって躱されてしまう。
「ダンナ、そろそろ行こうぜ」
ファルは少し駆け足で、カイマン王子のいる方の城へ向かっていく。
「ニケのスキル習得のお祝いは、カイマンの首をあの人のお墓に供えた後ね」
ファルに続いて、俺たちもカイマンが逃げ込んだ城の方へ歩いていく。
「ちょ、ちょっと待てよ、ふぎゃっ」
眼鏡の勇者がニケの足に手を伸ばそうとするが、後に続く亜人解放戦線の人たちに踏まれてしまった。
勇者はスキルも失い、ただの一般人と化した。同郷だし、無力化もしたのであえてトドメを刺すこともしないけど、亜人の村を焼き払ってきた彼らに恨みをもつ誰かが復讐をしたとしても俺の知る由ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます