05話 俺なら治せる格安の欠損奴隷

 流れた血と混ざった泥でべっとりと黒く汚れてしまってはいるが、元はきっと綺麗だったのだろうと想像させる白い毛並みの、猫耳の少女。

 少女は、右腕の肘から先と両足が欠損しており、身体は酷くやせ細っている。


 放っておけばすぐに死んでしまいそうな……いや、最早今生きてるのが不思議なくらいに満身創痍だというのに、瞳はギラついていて生気が失われていない。


「この子、買います!」


「……あの、私の聞き間違いでなければ、コレを買うと言ったでゲスか?」


「はい」


 俺が、この世界に召喚された時に与えられたスキルは『治す』

 まだ、詳しい効果までは解っていないけど、回復スキルだ。俺が読んできた小説だと、召喚時に与えられたスキルはチートな性能をしていることが多い。


 俺なら、この子を『治す』ことが出来るかもしれない。


 その考えが過った時には既に、俺はもうこの子の購入を決めていた。


 こんな状況でも希望を捨てていないこの子なら――治せさえすれば、心が壊れてて廃人で使い物になりません、みたいな事態になる心配はない。


 ファリウスは、こんなボロボロの状態の奴隷を買うと言い出した俺を訝しんでいた。


「……この商品は、見ての通り片腕と両足がないゲス。歩けないから運ぶのも大変ゲスし、飼い続けるにも介護が必要でゲス。悪いことは言わないから五体満足の奴隷を購入することをお勧めするゲスよ」


「確かにその通りしれませんが……俺は、この子が気に入っちゃいましたので」


 ファリウスは生ゴミを見るような目で、白猫の少女を見下ろす。

 俺のスキルで治せるかもしれないから、と説明するのは簡単だけど、それを言うと値段を吊り上げられそうな気がするから態々手の内を教えたりはしない。


 ファリウスは、営業トークは上手いが、信用は出来ない。


「ふぅむ。……そんなに猫獣人が好きゲスか? 表に出していた私の奴隷も気に入っていたようゲスし。だからと言って……いや、なるほど。もしかして、お客様はそう言ったご趣味があるのゲス?」


 ファリウスはニヤニヤとゲスな笑みを浮かべる。


 明らかに誤解してそうだったけど、敢えて訂正はしない。


「それで、彼女はいくらで売ってくれますか?」


「そうゲスね……。この商品は、ただの猫獣人ではなく精霊人とのハーフでしてね。とても希少価値の高い半精霊人なんゲスよ」


「半精霊人?」


「ええ。遺伝の関係で猫獣人の特徴の方がかなり強く出ているようゲスが、紛れもない半精霊人ゲス。鑑定証書も見せられるゲスよ」


 正直俺には、精霊人のハーフであることがこの世界においてどう価値があるのか、よく解らないから鑑定証書とやらを見せられても仕方がない。

 ただ、それを理由に値段を吊り上げられそうなことだけは察した。


「いや……」


「ええ、そうゲスね。お客様のおっしゃりたいことは解るゲス。これだけ綺麗な白猫獣人の容姿で、精霊人とのハーフ。五体満足であれば金貨200枚は下らないところでしょうが、こちらは両脚と片腕を欠損してしまっているゲス。

 お勤め品ゲスので、そうゲスね……大きく値引きさせていただいて、金貨20枚とか如何ゲしょう?」


 金貨20枚。俺が示した予算ぴったりだった。

 思ってたより強気に吹っ掛けてきたな。


「その奴隷、もう数日以内に死にそうですけど、それまでに買い手がつかないのであれば儲けにならないんじゃないんですか?」


「その心配は無用ゲスよ。精霊人の内臓は、魔術の素材としても価値があるから、これが死んだら売れば良いだけゲス。ゲスが、奴隷商人としては、死体の内臓ではなく生きた奴隷を売りたい。金貨15枚までは勉強するゲスよ」


「う~ん。金貨15枚。それなら他所の店に行って五体満足の猫獣人の奴隷を買う方が良いかもしれませんね。精霊人とのハーフというのはとても素晴らしいのですが、買った後の介護のことまで考えると……」


「ぐぬぬ……。では、金貨10枚はどうゲスか? 流石にこれ以上は内臓を魔術素材として売った時の値段を下回り過ぎるから下げられないゲスよ」


 ……う~ん。

 何か、嘘吐かれていそうというか、まだかなりぼったくられていそうな気配を感じるけど、俺にはそれを指摘できるだけの知識もないし、根拠もない。


「俺は、女神アストレアの使徒です。神の思し召しでもう少し安くなりませんか?」


「アストレア? それ何でゲスか? この国で女神様と言えばマモーン様でゲス。そんなわけ解らない理由で値段が下がるわけないゲしょう?」


「…………」


 アストレア様、知名度ないんですけど(泣)


 まあ、信者がいなくて力が弱まっているって言っていたし、正直ダメ元だったから良いんですけどね。


「じゃあ、金貨10枚で買わせてください」


「はい。取引成立ゲスね!」


 ファリウスは満面の笑みで手を差し出してくる。俺は苦笑いで握手に応じた。


 まぁ、金貨は拾い物だし。

 治せたら、護衛としても優秀で夜の奉仕も凄いらしい高位種族の奴隷が金貨10枚――予算の半額で手に入ることになる。


 そう考えると、俺は別に損はしてないし、これ以上安くなりそうだったのはあまり気にしないようにしよう。


 ファリウスは、ポケットから取り出した鍵で鉄檻のドアを開け、白猫の少女と壁を繋いでいる鎖付きの首輪を外す。


「手枷は外して良いゲスか? 最早意味ないゲスし、運ぶのに重いだけゲスよ」


「……まあ、そうですね」


 鉄でできた手枷は見るからに重そうだ。


「袋を取ってくるゲスから、少々待っててください」


 そう言ってファリウスは、一度この牢屋が並んだ部屋から出る。

 白猫の少女と目が合った。俺は屈みこんで、白猫の少女の頭に手を置いた。


「……帰ったら治してやる。もう少しだけ我慢してくれ」


 白猫の少女は、俺のことをただ真っすぐと睨みつけていた。


「お待たせしたゲス」


 そういってファリウスは、麻でできたズタ袋に白猫の少女を詰めていく。


「ああ、お客様はあちらの席に座ってお待ちください。……うんしょっ。結構重いゲスね」


 ファリウスは袋に詰めた白猫の少女を持ち上げて、ロビーにある高級そうな椅子を指さした。机の上には、一枚の紙切れが乗っかっていた。


「契約書ゲス。そこに血判を押してくれれば、それで契約成立ゲス。これがお客様の奴隷になるゲスよ」


「なるほど……」


 俺は、茶色くて目の粗い紙に書かれた文章に目を通す。相変わらず見たことない文字ではあるが、不思議と意味が解る。


 内容は、主に金銭を払った瞬間に俺が白猫の奴隷少女の主人になることと、奴隷になった少女が主人に逆らえなくなる魔法が掛かっているとか、奴隷が死んだとしても保障や補填はしないとかそう言った内容だった。


 これにサインしたら俺が奴隷にされるとか、そういうことはなさそうだ。


 ファリウスは信用ならないので、文章にちゃんと目を通したが、内容は問題なさそうだったので、出されたナイフで親指を薄く切り、書類に血判を押した。


 それから、ファリウスにマジックポーチから金貨10枚を取り出して渡す。

 受け取ったファリウスは、ちゃんと金貨の枚数を確認してにっちゃりとゲスな笑みを浮かべた。


「はい。これで契約完了ゲスね。こちらは、お客様の奴隷ゲス」


 ファリウスに、袋入りの少女を渡された。

 袋を背負ってみると、中の少女の呼吸や体温を感じる。あれだけ満身創痍でも生きているのだ。


 ……しかし、重いな。思ってたよりかなり重い。20kgくらいはありそうだ。


 ショートソードや地味に重いマジックポーチの重量まで考えると、この少女を背負ったまま宿を探して街を歩き回るのは億劫だった。


 ものは相談だな。


「そうだ、ファリウスさん」


「なんゲスか?」


「いや、宿を探してまして」


「なるほど」


 ファリウスは白猫の少女が入った袋を見てからゲスな笑みを浮かべて頷いた。


「そういうことゲしたら、隣にある宿をご利用ください。奴隷を買った後、宿を必要とするお客様は多いゲスからねぇ。数年前から運営してるんゲスよ」


 ……まあそりゃ、奴隷を買ったらすぐに使い心地を試したくなるのが人情だ。

 ラブホテルが隣にあるのは、ある意味合理的と言える。……重い荷物を持ったままあんまり歩きたくないし、近いというのは俺にとっても都合が良かった。


「ファリウスさん。結構大きい買い物したわけですし、宿代のサービスとかはないんですかね?」


「そうゲスね。……お客様は、このまま殺処分するしかなかった奴隷を金貨10枚で購入してくれましたし、1泊無料で泊まって良いゲスよ」


 ファリウスから、一泊分の無料チケットを受け取る。

 ……1泊。湿気てるな、とは思うが、この街にはあんまり長居するつもりもないので、これで十分だ。


「ありがとうございました」


「ええ、こちらこそありがとうございました。またのお越しをお待ちしているでゲス。ゲスゲスゲスゲスッ」


 ファリウスは最後までゲスな笑い声を上げ続けていた。



                  ◇



 貰った無料チケットを宿の受け付けの人に渡すと、部屋の鍵を渡される。


 番号を確認して、部屋に入った俺は、袋の中から白猫の少女を取り出して、床に寝かせる。


 白い毛並みにべっとりとついた汚れは近くで見ると、想像以上に汚いし、しばらく風呂に入ってなかったのか、とても酷い臭いでもあった。


 欠損した腕や、脚の傷口は白い布に包まれていて見えないけど、赤い血溜まりだけじゃなくて、黄色い膿も染み出していた。

 目は既に閉じられており、呼吸は荒いのに苦しそうだった。


 今、この瞬間に死んでもおかしくない。


 どう見ても、一刻を争う状況だった。


「『治す』」


 俺は、早速スキルを発動する。スキルの使い方は『絶対服従紋』で操られて使わされた時に何となく理解していた。


 緑色の光が、白猫の少女を包み込んだ。


 ちゃんと発動したっぽい。


 少女の欠損していた腕の傷口が沸騰したようにぶくぶくと泡立ち始めた。


 グロテスクな光景に、思わず俺は手を離しそうになる。


 だが、ぶくぶくと泡立っている腕が少しずつ長さを取り戻している。

 『治す』は間違いなく、目の前の少女の欠損を回復させている。


 あんまりにもグロテスクな光景で、見てられない。

 俺は目を瞑って光を少女に当て続けた。


 水晶玉でステータスを確認するときは、身体のエネルギーを消費しているような感覚があったけど、このスキルは別にそういう感じはない。

 目を瞑っていると、使っている感覚が薄くて本当に発動しているのか不安になる。


 だけど、目を開けると緑色の光は発し続けていた。


 5分ほど続けただろうか?


 目を開けると、少女の失った両脚と手が生えていた。


 ――どうやら、ちゃんと『治す』ことが出来たみたいだ。

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