04話 奴隷商店

 やや大きさの足りない一枚看板。


 健康的な褐色の肌や、手から肘、足先から膝上まで生えている頭髪と同じ赤色の毛、発育の良いむっちりとした太ももが白日の下に晒されてしまっている。


 猫耳の少女は恥ずかしそうに身を屈ませることで、大きなおっぱいと陰部をギリギリ同時に板の範囲に収めて隠せているが、少し動けばすぐにでもはみ出しそうだ。


 っていうかこれ、横から覗けば色々見えるんじゃね?


 下卑た気持ちで覗き込むと、猫耳の少女はムニュッと胸の形が変わるくらい看板に密着され、もう片方の手は看板の下の方を持ちながら起用に股間を隠した。


 赤い毛がブワッと逆立ち、赤いしっぽがピンと立ち上がる。

 ……! 尻尾だ!


 興奮して後ろに回り込もうとするが、少女は首輪の鎖をガシャガシャ鳴らしながら逃げ回って俺の正面をキープした。

 日本に生まれれば自撮り系インフルエンサーをやって一山当てられたであろう可愛らしい顔は恥ずかしいのか真っ赤になっており、少し涙目だ。


 少し意地悪だったな。


 俺は、今一度少女が持っている看板の文字を読む。


『ファリウス奴隷商店―若い女の高位亜人種奴隷を多く取り揃えております―』


 この国の言語なのか、見たことがない文字が並べられているけど、読めてしまう。


 ファリウス奴隷商店。

 こんな大通りに店を構えながら、女の子を全裸で放り出して、看板持たせて客引きさせるとはなんとけしからん。


 この国の奴隷に対する人権意識は全くどうなっているのか。


 俺は、今一度猫耳少女の顔を見た。


「あの……。入って行かにゃいのですか?」


 にゃいのですか? だと?!……可愛い!


 ……俺には、城の宝物庫から回収してきた金貨50枚がある。

 貨幣の価値は解らないが、これだけあれば買えないことはないだろう。客引きがこれだけ可愛いのだから、品質も信頼できる。


 ここで、奴隷ヒロインを購入するのも一興だろう。


 俺は股間を熱くしながら、商店の扉を叩いた。


「開いてゲスので、どうぞお入りになってください!」


 間もなくして、やや高めの男性の声が聞こえた。確かに鍵は掛かっていない。

 俺は少しドキドキした気持ちで店内に足を踏み入れる。


 裸の女の子がショーケースに並べられている、みたいな光景を想像していたけど、内装は普通にお洒落な喫茶店の用であった。


 アラビアンな絨毯が敷かれているけど、土足で上がって良いものか……。


 玄関で少し躊躇っていると、奥から、小太りで低身長、大きな前歯が口からはみ出ている、ねずみ小僧みたいなおっさんが出てきた。高そうな紳士服がパツパツだ。


「いらっしゃいませ、お客様。私は、ここの店主のファリウスと申します。本日はどのようなご用件ゲスか?」


 ゲス……。

 目を細め、俺のことを値踏みするように観察しているし、ファリウスに対しては、ゲス口調含めてかなりの胡散臭さを感じた。


「奴隷を購入したくて……」


「ほぅ、既に購入を検討されている、と。ゲスゲスゲスッ。失礼ゲスが、お金はご用意できるのゲスか? 予算はおいくらほどで?」


 俺は、この国の金銭の価値が解らない。奴隷の相場も当然わからない。


「外の子、可愛いなって思って来たんですけど、仮にあの子を買いたいと言ったら、いくらくらいの値段になりますか?」


「ゲスゲスゲス。申し訳ないゲスが、アレは売り物じゃないのゲス。私の個人的なペットゲス。反抗的だったから、お仕置きを兼ねて客引きをさせてるゲス」


 ……とりあえず、奴隷の相場だけでも探ろうと思ったけど失敗に終わる。


 ってか、あの子売り物じゃないのかよ。他に良い子がいなかったら、あの子にしようかなって思うくらいには好きだったんだけど……。


「ゲースゲスゲス。奴隷は良いゲスよ。特に亜人の奴隷は。人間よりも頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れないゲスし、人じゃないから、あんな風に裸で外に放り出しても、もっと酷いことをしても合法。本当の意味で好き放題に出来るゲス」


 す、好き放題……。

 頭の中に、ピンク色の妄想が広がる。


 いや、流石に裸で外を歩かせたりとか、女の子と甚振ったりする趣味はないけど。


 でも、やっぱり俺も男だし、女の子を好き放題にしたい願望がないわけではない。

 購買意欲がそそられる。この商人、ゲスだけど営業上手だった。


「それで、予算はどれくらいゲスか? 金がないなら、お引き取り願うゲスよ?」


 購買意欲が高まってしまった以上、門前払いは困る。

 でも、相場も解らないうちから予算を提示すると足元見られそうで嫌だなぁ。


「とりあえず、金貨20枚くらいで買えればと考えております」


「なるほど。結構持ってらっしゃるのゲスね」


 ゲスゲスゲス、とファリゲス商人は下種な笑い声を上げる。

 金の価値が解らない。宝石とか装飾品の様な換金性の高そうなものは多めに持ってきたけど、すぐに換金できるかは解らないし、現金はある程度持っておきたい。


 ある程度ふんだくられることは、知識がないからしょうがないし、勉強代だと割り切って勘定に入れておく。とりあえず安めに提示はしておいた。


「金貨20枚ですか……。とりあえず、ウチの商品を見て行ってください。お客様のお眼鏡に適う奴隷もいると思うゲスよ」


 ささっと、ファリウスは奥の部屋を手で示した。

 俺はコクリと頷いてから、ファリウスの後を着いていった。


 奥の部屋には、太くて頑丈そうな鉄の柵で隔てられた牢屋のような部屋が狭い場所にいくつも並べられていた。

 畳一畳分ほどの広さの部屋の中には、鉄の首輪をつけられた明らかに人間ではない特徴を持った女の子たちが、全裸で鎖に繋がれていた。


 鉄でできた手枷と足枷も嵌められていて、ガチガチに拘束されている。


 中には鉄の轡を嚙まされている子もいた。


「凄い拘束ですね……」


「ええ。先の亜人大粛清で、次から次へと奴隷が入って来るものですから。まだ完全に調教出来てないのゲスよ。まあでも、奴隷は紋で縛られているから、主人に歯向かってくるとかはないゲスがね。

 多少活きが良い方が、自分好みに調教できる余地があって良いとお客様からは評判なのゲスよ」


 ゲスゲスゲス、と下品に笑うファリウス。


 俺は、鎖に繋がれている奴隷を見定めていた。


 下半身が白蛇のラミアの少女。値段、金貨70枚。

 虚ろな目をしたロリエルフ(値札にはハイエルフと書かれている)金貨120枚。

 常に火花のようなものが飛び散っていて、鉄の枷が赤くなっているサラマンダーの少女、金貨40枚。


 ……うーん。全体的に、凄く高い。全財産である金貨50枚でも手が届かない。


 それにガチガチに拘束されている少女たちはガリガリにやせ細っていて、あまり、性的な魅力も感じられなかった。


「どうでゲスか? 気に入った奴隷はいるゲスか?」


「いやぁ、ここの奴隷、高いですね」


「ゲスゲスゲス。そうですねぇ。うちは高位種族のみを取り扱っておりますので、希少価値の分値段は高くなると思うゲス。ですが、高位種族は魔力も豊富で身体能力も高いことが多いゲス。護衛としても優秀。身体能力が高いから、夜の奉仕の方も通常種族よりずっと優秀でゲス」


 普通よりも優秀な、夜の奉仕だと……?


 いや、それも惹かれないわけではないが、俺の能力『治す』は、回復能力――基本はサポートだ。俺が冒険者をするかは解らないけど、前衛を任せられる奴隷がいたら旅の護衛としても安心できる。


 男女が一緒に旅をするのだ。自然の摂理的に、凄い夜の奉仕とやらを俺が体験できるのは役得というものだろう。


 やはりこの商人、営業が上手い。だが、お金が足りない。


「ゲスゲスゲス。別にお金じゃなくて、金銭的な価値のあるものとの交換でも良いでゲスよ。……例えば、そのショートソードとかね」


 ファリウスはぺろりと唇を舐めた。

 なるほど……。武器は安全の為にも持っておきたいから手放せないけど、装飾品と交換できるかどうかは交渉の余地があるな。


 ……装飾品の価値も解ってないから、損しそうであんまりしたくはないけど。


 奴隷を購入したら、まずは奴隷にこの世界の常識を色々と教えて貰いたい。


 値段を気にせず買えるかもしれないと思うと、鎖に繋がれている女の子たちも幾分か魅力が増して見えてくる。やせ細っているのも、ちゃんとご飯を食べさせれば治るだろうし……。


「でも、やっぱりあの猫耳の子以上に良いと思えるのはいないなぁ」


「……! お客様は、猫耳がお好きなのゲスか?」


「ん? まあ」


 犬よりかは断然猫派だし、割と買うなら猫耳の奴隷が欲しいとは思っていた。

 別に、絶対猫耳の子が良い! というほどこだわりがあるわけでもないけど。


「……でしたらその、一応当店にもいるゲスよ」


「そうなんですか?」


 一通り檻の中を見てみたけど、猫耳の子はいなかった。見逃したか?

 疑問に思う俺に応えるように、ファリウスが指さしたのは黒い布で中が見えないようになっている檻だった。


 そういえば、スルーしてたけど少し気になっていたやつだ。


 ファリウスは黒い布を強引に剥がしとる。


 中にいたのは白い髪と毛並みの、猫耳の女の子。

 しかし、右手の肘から先と、両足が欠損してしまっていた。


「元々、片足が欠損していたんですがね、コイツ……更に自分でもう片方の足と手を自分で食いちぎってこの檻から脱出しようとしやがったんでゲス! 馬鹿でゲスよねぇ! 手足を食いちぎっても、首輪があるから逃げられないのに!」


 ファリウスは怒りを孕んだ声で、檻の柵を蹴る。白い猫耳の少女は、ピクリと首を動かして、ギラギラとした目でファリウスを睨みつけている。

 嚙まされた鉄の轡をギリギリと嚙みしめていた。


「へへっ、いやぁ、お客さん。一応コイツが猫耳の奴隷なんですけど、如何ゲスか? こいつは精霊人の血も混じっていて稀少だったから、片足欠損でもとりあえず仕入れてたんでゲスが、今や片手しか残ってなくて流石に買い手がつかなくてゲスね。

 今ならお安くしておきますがどうゲスか? ……なんてね。お客さん、あんまり安さを求めると――」


「買います」


「へあ?」


「この子、買います!」

 

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