06話 白猫の奴隷少女

 俺の『治す』はちゃんと効果があったようで、両脚と片腕を欠損した白猫の少女は今や、五体満足のやせ細った白猫少女へと変貌していた。


 髪と手足の毛並みは頬ずりをしたくなるほどにふわふわのさらさらで、汚れ一つ付いていない、綺麗な真っ白だった。

 俺の『治す』は、身体の汚れまで綺麗にしてしまうのか。


 シャワー代わりにも使えるのだとしたら、凄く便利だな……。


 汚物のような悪臭も随分と軽減される。

 しかし、まだ臭う。白猫少女の両脚の膝部分と、右腕には血と膿がべっとりと着いた汚らしい布が撒かれたままだった。


 ……どうやら『治す』は、身体は綺麗に出来ても身に着けているものは綺麗に出来ないらしい。


 腕の白い布も取って、ゴミ箱に捨ててしまう。

 それでもまだ臭い。白猫少女は、最早藁を編んで作ったんじゃないかってくらい粗悪な奴隷服を着ていた。きっと数日間洗濯していないのだろう。


「おーい、起きてるか……?」


 白猫少女の頬をぺちぺちと叩いてみる。

 目を瞑ったまますやすやと寝息を立てている。


 さっきまで、両脚と片腕のない死にかけだったのだ。無理もない。


 寝ている女の子に、25歳の俺がこんなことをするのは犯罪臭が凄いが――臭いし汚いので、申し訳ないけど奴隷服は脱がせることにする。


 奴隷服を脱がせると、白猫の少女は全裸になった。


 パンツも履いてなかったらしい。

 胸は意外に膨らみがあって、腰は細くプロポーションは悪くなさそうだが、あばら骨が浮き出るほど瘦せ細っていて性的な魅力はあまり感じられない。


 ご飯を食べさせて、肉付きが良くなれば可愛くなりそうな将来性は感じた。


 って、いや、寝ているところを脱がせてマジマジ見るのは良くないな。

 女の子が裸だと思わず魅入ってしまうのは男の性なのだ。多少は許してほしい。


 俺は視線を反らしながら、白猫少女を抱え上げてベッドに寝かせる。


 想像以上に軽かった。

 両脚と腕が蘇生されてさっきよりも重くなったはずなのに。

 大きさの割に、軽く感じた。


 目のやり場に困るので少女に布団を掛ける。


 しかしこの子、思ったより小さいな。見た目もかなり若く――いや、幼く見える。

 何歳なんだろうか? 胸は少し大きかったから、16歳くらい?


 16歳。……裸で立たされていた猫耳少女に惹かれてあの奴隷商店に入った時は、そりゃエロい目的がなかったと言えば嘘になるけど、俺にも未成年に手を出さないくらいのモラルはある。


 この世界の法律や常識がどうかは知らないけど、俺は日本人だ。


 アストレア様に見られてるかもしれないし、胸を張れないことはなるべくしたくない。……エッチなことをするための奴隷はまた別で買うことにしよう。


 ファリウス曰く、上位種族は護衛としても優秀らしいからな。

 この子には、そっち方面で頑張って貰いたい。


 ぐぅぅぅ、とお腹が鳴る。


 そういえば、俺は仕事帰りにこの世界に召喚されたけど、昼休憩以降何も食えていないなぁ。腹が減った。


 この子が起きた時、服がなくても困るだろうし、飯と簡単な服を買いに行くか。


 俺は一階に降りて、売店で二人分のサンドイッチ+果物のジュースのセットと、安っぽい女もののパンツ、ポンチョみたいな布製の服を購入した。


 サンドイッチは、黒っぽいパンに、葉野菜とトマトのような野菜と肉の塩漬けが挟んでいる感じで、ややサイズ大きめ。ジュースはリゴンの実というよくわからん果物を絞ったものらしい。


 価格は、セットが銅貨2枚で、服が銅貨4枚だった。

 サンドイッチセットは二人分買ったので、8枚だった。


 俺は金貨しか持っていなかったから、会計の時、少し手間取ってしまった。

 お釣りは、銀貨8枚と銅貨2枚だった。つまり、この国の金銭の価値としては金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚ってことだ。


 両替手数料として銀貨一枚とられてしまったが、この国の貨幣価値を知れた情報代と思えばそう高いとも思わなかった。


 猫耳少女の値段は、金貨20枚だったからこのサンドイッチセット1000個分。


 東京でこれくらいのサンドイッチとジュースのセットを買うとすれば2000円くらいするから、日本円にして150万円くらい。軽自動車一台分くらいか。


 奴隷を買った後は、衣服代とか生活必需品とか食費代とか、色々お金が掛かるだろうし、維持費まで考えてこれは安いのか高いのか……。


「食べるもの買って来たけど、起きてるなら一緒に食べるか?」


 聞いてみるけど、白い猫耳がひょこひょこ動くだけで起きては来ない。

 まだ寝ているのか、それとも俺のことを警戒して狸寝入りをしているのか。


「ここに置いておくから、起きたら適当に食ってくれ」


 聞こえているか解らないけど、それだけ言ってから机の上にサンドイッチと果物のジュースを置いておく。

 服は、俺が座ってない方の椅子に掛けるように置いた。


 俺は椅子に腰かけて、サンドイッチを齧った。

 パンが堅いし、中の野菜も苦くて青臭い。肉の塩辛さのお陰で辛うじて食える。

 御世辞にもおいしいとは言えないけど、食えるだけマシではあった。


 果物のジュースにも口をつける。


 ……! これは、美味しい。シンプルにリンゴのような果実をすり潰して作られたそのジュースは、普通に甘くておいしかった。


 リンゴジュースで口直ししながら、何とかサンドイッチを食いきって腹を満たした俺は、ポーチの中から、城で拾ってきた水晶を取り出す。


 召喚された直後にも見たけど、あの時は操られていたし、ちゃんと見れていなかったから、自分の能力を改めて確認しておきたかった。


 取り出した水晶に、魔力を注ぎ込むと、ゲームのウィンドウみたいな画面が出た。


名前 谷川 治太郎

職業 救済者

年齢 25

レベル 1

スキル 『断罪の剣』

魔法 『裁量の天秤』

固有スキル 『治す』

称号 女神アストレアの使徒


 召喚直後に見た時は『なし』だったスキルと魔法が、習得されていた。 それに、新しく称号の欄が増えていて、女神アストレアの使徒となっている。


 『断罪の剣』と『裁量の天秤』って、アストレア様が王城で禿げジジイと縦ロール姫に天罰を与えた時に使っていたスキルだよな……?


 俺も、あの力を――流石に100%では使えないだろうにしても、一部使うことが出来るようになるってことなのだろうか?


 少し試してみたくはあるが……。

 いや、ここは室内だし、思ったより威力が高くて宿を壊しましたとかなったら困るから、今度外で使うことにしよう。


 ……外を見ると、日は沈み空は茜色に染まっていた。もうすぐ夜になる。


 会社からの帰宅途中で召喚されて、女神様の存在に圧倒されて、奴隷を買って……なんか、今日だけで色々あった。

 思えば、朝早くに出勤して12時間ほど労働した後に異世界であれこれしたわけだから、かなりの活動時間だ。


 寝るには早いけど、もう、眠気の限界だった。


 白猫の少女が眠っているベッドのサイズは大きく、大人二人くらいなら横になれそうなスペースがあった。


 床に直で寝るのは……なんか虫とか這ってきたら怖いから躊躇われるし、ちょっと申し訳ないけど半分お邪魔させてもらうか。


 俺は、白猫少女の隣に転がり込む。


 白猫少女は、女の子特有のフローラルな匂いと汗臭さの混じったような匂いがした。別にいい匂いってほどでもないが、少し癖になりそうな匂いだった。

 いや、女の子が寝ているベッドに入り込むだけでも犯罪的なのに、匂いを嗅ぎ続けるのは変態過ぎるか。


 女の子が近くにいると思わず匂いを嗅いでしまうのは男の生理現象みたいなものだからある程度仕方ないにしても限度がある。


 俺は白猫少女に背中を向けてから、身体の力を抜いて目を瞑る。そのあとすぐに、俺は、意識を手放すように眠りに就いた。




 何時間寝ていたのだろう?

 ぺちぺちと頬と叩かれて、目が覚めた。ぼんやりとした意識の中で、頬に触れている手を見る。人間の手だった。


 月明かりに照らされて見える白い毛並みが生え揃った手の甲は、手袋をつけているみたいで可愛いと思った。


 白猫少女が、起きたのだろうか?


 なんだか、腰のあたりが重たい。


 少しずつ覚醒してきた意識で、白猫少女が俺の腰の上に跨っていることを理解していた。全裸だった。


 月明かりがあるとはいえ、照明のない夜。

 逆光になっていることもあって、肝心な部分は見えないけど、少女が全裸であることだけは解った。


 えっ、いや、服……安物だけど、一応買ってきてたよね? なんで着てないの?


 これ何? 夜這い?


 何で? 四肢欠損を治したお礼……雰囲気ではない。夜闇に光る黄色の瞳は、俺を射殺さんばかりに爛々と光っていた。


 と、そこで俺は、首筋に冷たいものが当たっていることに気づく。


「動かないで。死にたくなければ」


 冷たい声で言い放たれた。

 俺の首筋には、ショートソードが当てられていた。まだギリギリ肌に触れてはいないのに、既に切られてるんじゃないかと錯覚しそうになるほど鋭い刃だった。


 この少女が少し手を動かせば、切れそうだ。怖い。


 俺の『治す』は四肢欠損レベルの怪我でも治せるみたいだけど、使うことを意識しないと使えないっぽい。


 頸動脈を切られて一気に血が流れたりしたとき、俺は冷静に『治す』を使うことが出来るのだろうか?

 失血で、一瞬で気を失うかもしれない。予測が出来ないから、怖い。


 ……いや、待て。そう言えば、奴隷は主人に逆らえないみたいなこと、契約書に掛かれていた気がする。


「とりあえず、いったん俺から降りてくれ」


「……無駄。『絶対服従紋』を自分で解除したのに、武器を置いて寝るなんて愚か」


 ん? 奴隷が主人に逆らえない理由って『絶対服従紋』なの?


 なんかそういうルールだから、とか、教育されてる、とかじゃなくて?

 『絶対服従紋』……『治す』したら、解除されるんだけど。


 いや、でも……『絶対服従紋』が切れていたなら、白猫少女は寝ている俺を殺すことも、俺が寝ている間に逃げることも出来たはずだ。


 なのに、それをしないってことは理由がある……はず。


「なにが、目的なんだ?」


「……妹を、助けるのに協力して」

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