07話 奴隷少女のお願い
「……妹を、助けるのに協力して」
首筋にショートソードの刃が添えられている俺は、コクコクと頷くしか出来ない。だけど、別に脅されてなくても、そう言う事情なら協力するのは吝かじゃなかった。
「解った。協力する」
二つ返事で了承した俺に、白猫少女は目を丸くし、訝しむように細めた。
「……でもその前に、目のやり場に困っちゃうから、服だけ着てもらって良いかな?」
指摘すると、白猫少女は“んにゃっ”と小さく悲鳴を上げてから左腕で胸を尻尾で股を隠す。
恥ずかしいのか、ショートソードを握る手が震えていた。
しかし、俺の上から退こうとはしない。
服の位置が解らないのか、警戒してるのか……。
「服は、そこの椅子に掛けてある。……着替えてる間に逃げるとかはしないから」
「……生身の人間一人くらい、着替えながらでも殺せるから」
白猫少女は、ショートソードの切っ先を俺に向けて、目を光らせながら言い放つ。
妙な動きは見せるなと言いたいのだろう。俺はまた、コクコクと頷いた。
白猫の少女は、俺の上から飛び降りて椅子の傍に着地する。
そして、器用にもショートソードを構えたまま服を着始めた。
俺が買ってきていたのは、柄なしの白いワンピースだ。銅貨2枚の安物だったけど、素材が良い白猫少女が着ると、上等ものに見えてくる。
綺麗な白い毛並みが、月明かりに照らされて良く映えていた。
「そういや、まだ君の名前を聞けていなかった。名前、教えてくれないか?」
片手で器用にパンツを履いている最中の白猫少女は、俺を厳しく睨む。
「普通、自分から名乗るのが礼儀じゃない?」
「それもそうだな。俺は、ジタロー。谷川 治太郎って言うんだ」
俺が答えると、白猫少女は驚いたような顔をしていた。
ショートソードの切っ先を向けながら、俺に近づいてきた。
「…………ニケ」
なんか機嫌でも損ねて、斬られるんじゃないかと内心ビクビクしていたら、ボソッと小さく名前が呟かれた。
「みけ?」
「ニケ! 私の故郷に伝わる女神様の名前から取られてる名前! 間違わないで!」
随分と猫っぽい名前だなぁって思って聞き返したら、毛を逆立てて怒られてしまった。そんな怒られると思っていなかった俺は、慌てて弁解する。
「ごめんごめん! 聞き馴染みない単語だったから、上手く聞き取れなかったんだ。ニケ、だな。二度と間違えないように気を付ける」
「私は、いつでもお前を殺せるということを忘れないで」
刃を向けながら言われると、迫力が違う。命が惜しいので、これ以上ニケを刺激しないように、コクコクと頷いた。
「ところで、ニケの妹を助けるって話だったけど……具体的に俺は何を協力すれば良いの?」
話題転換も兼ねて、気になっていた本題を尋ねる。
「三日前くらいに私の妹は買われて行ったの。怪しげな黒いローブを着た男だった。――精霊人の血を濃ゆく受け継いでいるから、儀式の触媒になるって会話をしていたのだけ覚えている。早く助けに行かないと、私の妹は生贄にされてしまうの!」
ニケの表情は悲愴そのものだったが、話は少し要領を得なかった。
それと同時に俺は、ふとファリウスが精霊人の内臓は魔術の素材云々になるみたいな話をしていたことを思い出していた。
ニケの妹が生贄にされるって話は、つまりそういうことか……。
「それで、ニケの妹はどこに買われて行ったんだ?」
「……解らない」
「なるほど。……じゃあ、とりあえずファリウスに聞きに行ってみるか」
ニケは葛藤している様子だった。
ニケの妹を助けるには、まずどこに売られたかの情報を集めないことには始まらない。けど、俺がファリウスに聞きに行くフリをして逃げないとも限らない。
「……なんで、お前はそんなに協力的なの?」
ショートソードの切っ先が鼻先に突き付けられる。
どうして協力的なのか……か。理由を改めて問われると、自分でもよく解らない。
「俺にも妹がいるから助けたいって気持ちは共感できるし……、ニケとはこれから一緒に過ごして行くし、仲良くなりたいから……とか、そんな理由じゃダメかな?」
「……私を縛る『絶対服従紋』は、お前が解除したのよ。妹を助けて貰った後、私が逃げ出すとは思わないの?」
「ああ、そっか。その発想はあんまりなかった。……逃げられるのは、困るかも」
ニケは呆れたような顔をする。
「まあでも、そこは逃げないって信じることにするよ。だからニケも、信用してよ。俺が、ニケの妹を助けるために出来るだけの協力をするってことをさ」
「…………」
ニケは暫しの沈黙の後に、ショートソードを鞘に納めた。
「私の妹の名前はミューよ、ジタロー。……今は鞘に仕舞ったけど、怪しい行動を見せたらまた抜くし、私がその気になったら、生身の人間くらい素手で捻り殺せることだけは忘れないで」
「了解」
俺は両手を上げて、無抵抗を示しながら返事をした。
ニケとの距離をほんの少しだけ縮めることに成功した俺は、一人で宿を出る。
ニケは、気配を隠して俺の様子を伺い続けると言っていたが、今、どこにいるのか全く分からない。
宿を出た俺は、真っすぐと隣にあるファリウス奴隷商店に向かう。
昼間はそれなりに人通りが多かったけど、誰もいなく静かだ。
全裸で看板を持たされていた猫耳娘は立たされていなかったが、商店の中は明りが点いていた。
俺は、商店のドアを勝手に開けて中に入る。
「あのー、ごめんください」
「はいはい! ……申し訳ありませんが本日は閉店の――って、昼間のお客様じゃないゲスか。ゲスゲスゲスッ。それで、奴隷の使い心地はいかがゲしたか?」
ファリウスはゲス顔でそんなことを尋ねてくる。
治したけど脅されてます、なんて馬鹿正直に言えば物陰からショートソードが飛んで来るだろう。
「いやぁ、上々でした。……それでね、その奴隷から聞いたんですけど、彼女、妹がいるらしいんですよね。是非、購入させていただきたいと思いまして……」
「妹……あの猫の。ゲスゲスゲスッ。それでしたら二日前に売れてしまいましてね。購入したのは魔術師の男でした。……奴隷商人としては不本意ゲスがね。今頃、生贄として血肉を悪魔にでも捧げられてるんじゃないゲスかね?
ゲスゲスゲスッ。いやぁ、あの時のあの奴隷の反応は面白かった。鎖をガシャガシャ鳴らしながら、涙を流して吠えてましてねぇ。……夜になったら自分で腕と足を食い千切って脱走しようとしたんですよ。売られて行った妹を助けたかったんゲスかねぇ? ゲスゲスゲスッ。健気で面白いでしょう?
ゲスゲスゲス。まあそのせいで商品価値が大きく下がってしまったので、轡を噛ませておけばよかったとは後悔していますけどね」
ゲスゲスゲスと最低な笑みを浮かべるファリウスの言葉に、ガタガタと上から物音がした。
そう言えばニケの片脚と右腕の欠損は、自分でやったって言っていたな。
まさかそれが、売られて行った妹を助けたいと思ってのことだったなんて。
義憤で腹が立ってくる。今すぐファリウスを殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、今は、ミューの売られた先を聞き出さなければならない。
「……そうですか。それで、その妹はどちらに売られたんで?」
「ゲスゲスゲス。それを知って何になるゲスか?」
「いえ、やっぱり姉妹は一緒にいてこそじゃないですか」
「ゲスゲスゲス。お客様、相変わらず良い趣味してらっしゃいますね。ゲスが、私も奴隷商人。流石にお客様の情報をタダで教えるというわけには……」
「もちろん、ただとは言いませんよ」
俺はマジックポーチから一枚の金貨を取り出して、ファリウスに握らせる。
「金貨……! そうゲスね。買ったお客様はダマカスという名前の魔術師ゲスね。この先の通りを曲がった先にダマカス魔法具店という店があるので、そちらに行けば死体の取引交渉くらいには応じてくれるんじゃないゲスかね? ゲスゲスゲスッ」
ファリウスはゲスな笑い声を上げる。
その瞬間、商店のドアがバタンッと勢いよく開いた。
「なっ!? ドビゲべゲフッ!?!?!」
ドンガラガッシャーンと音を立てながら、ファリウスが吹っ飛ばされていく。
気が付くと、ニケが俺の前に立ってパンパンと手を払っていた。
ファリウスは顔面から血を流しながら、白目を剥き、泡を吹いて倒れていた。前歯も折れてしまっている。
今の一瞬で、殴ったのか?
早すぎて見えなかった。だけど、ファリウスのボコボコ具合を見ると物凄いパワーで殴ったことが伺える。さっき言ってた、生身の人間なら素手で捻り殺せるってのも嘘じゃないのかもしれない。
とはいえ、こんな殴り飛ばしても大丈夫なのだろうか?
ファリウスは信用できない上に品性が下劣で性格もゲスな奴だったから、殴られて血まみれになった顔を見ても可哀そうだとは思わないけど……。
ニケはとても気分が良さそうに、ニコニコと笑顔を浮かべていた。
……ニケは、ここに売られていた奴隷だ。因縁もあったのだろう。
下手なことを言うと地雷を踏みぬいてしまいそうだし、済んでしまったことなので黙っておくことにした。
ファリウスの顔面崩壊一つで、ニケと仲良くなれるなら安いものだ。
買った奴隷と仲良くなるためのアフターサービスまで充実しているとは、ファリウス商店、奴隷販売店の鑑だな。
「とりあえず、ダマカス魔法具店って場所に行ってみるか」
確か、この通りを行って曲がった場所にあるって言ってたな。
「ダマカス魔法具店なら場所を知ってる。早く行くよ!」
風の速さで走っていくニケを、俺は追いかけた。
身体の調子が良い。
最近は運動不足気味だったし、元々足も遅い方だった俺でも風の速さで走るニケに何とか追いつけている。
これも、アストレア様の加護ってやつなのだろうか?
「ここね……」
ニケが立ち止まる。
俺も、切らした息を整えながら、目の前の一軒家のような建物を見た。
看板には見たことない文字が並んでいるが、それが『ダマカス魔法具店』を意味していることは理解できた。
「ミュー……」
ニケは祈るように呟きながら、ドアノブに手を掛けた。
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