33話 精霊山を目指す道中
囂々と炎が燃え広がっていくフィリップの町を出る。
結局フィリップの市民たちも聖職者たちも、火事を消すことを最優先にしたのか、しばらく走ると追手は来なくなった。
俺は、欠員がいないかを確認する。
ニケ、ミュー、ファル、九十九さん……あれ? メリーナさんがいない?
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ。皆さん、足速すぎデース」
顔から大粒の汗をポタポタと垂らして、メリーナが地面に臥していた。
「と、とりあえず、水飲みなさい」
ニケがマジックポーチからコップのようなものを取り出してメリーナに渡す。
メリーナは起き上がってゴキュゴキュと水を飲んだ。
「ワタシ、皆さんと違って唯の人間デース。馬車馬のように速く走れないデース」
「悪かった。とりあえず追手は撒いたみたいだし、しばらく休んでからゆっくり行こう」
特に人や馬車が通る気配もないので道に座り込んで、ニケがポーチから取り出した地図を広げた。
「これは何だ?」
「マモーン王国内の地図よ。エドワードの宝物庫にあったから貰って来たわ。例えばここが私とジタロー様が出会った街で、ここが『エルリン』ここが『エドワード』。ここが『フィリップ』ね。今私たちはフィリップから道沿いに走ってきたから、この辺にいるわね」
そう言ってニケは今まで俺たちが訪れてきた街町と、現在地を指さしていく。
こうして見ると、今まで来た街と町は一つの道で繋がっていて街と町の距離も結構近く見えた。
「それでここが私たちの目的地、精霊山。とりあえず私たちはこの精霊山麓の村『ニンフィ』を目指すのが良いと思うの」
「なるほど」
地図で見ると、ここからニンフィまでの距離とフィリップからエルリンまでの距離がほぼ同じだった。
間に小さな町や村が点在している。
「この村や町を辿って、滞在しながら『ニンフィ』を目指して行く感じか?」
「さっきの時点で『フィリップ』の司祭にジタロー様の手配書が出回ってたから、マモーン教会のある村や町には、もう簡単に入れないと思うわ」
「あの伝達の速さは、マモーンの神託があったからだと思うのです。天使や勇者を殺したから、ある意味当然だとは思うのです」
「なるほど」
「それに、村や町を経由するのは遠回りだしね。最短ルートでこの森を突っ切って、キャンプを繰り返しながら『ニンフィ』を目指したいんだけどどうかしら?」
「なあ、俺の手配書が出回ってるなら『ニンフィ』も入れないんじゃないか?」
「それは、大丈夫なのです。『ニンフィ』は精霊信仰の町だから、マモーン教会はないのです」
「なるほど」
となると、森でキャンプを繰り返してニンフィ目指して行く感じになるのか。
というわけで休憩を終えた俺たちは、一先ず森の方を目指して道なりに歩いていくことになった。
メリーナもいたから走ったりすることはしなかったけど、『治す』を挟むことで全員疲れ知らずで歩き続けることが出来た。
それでも、森の入り口に到着する頃には陽が沈んでしまっていた。
「とりあえず、今日はここで寝泊まりしましょう」
ニケは道の外れの方を指さした。
整備されていない道の外は、膝上ほどの高さの草が生い茂っており、暗くなり始めたからかキョキョキョキョキョと虫の鳴き声が聞こえる。
キャンプって響きで勝手にアウトドアな感じのものを想像してワクワクしていたけど、言葉を取り繕わなければただの野宿だ。
急に不安になってきた。
でも、さっき地図で見せられたけど森の近くに村や町はない。今更野宿が嫌だと駄々をこねてもみんなを困らせるだけだろう。
なんだか騙された気分だった。
「ミュー、藪を払ってちょうだい」
「了解なのです。
ミューの魔法で風が巻き起こり、そこに火が伴う。
こんな藪の中で火を払ったら危ないんじゃないか!? と思うけど、風の外に炎が燃え広がるようなことはなく、炎の旋風が藪を払い道を作って行く。
そして暫く離れたところで、大きく燃え盛り、炎の旋風は消滅した。
後には焦げ草の道と、キャンプに適してそうな良い感じの円形のスペースが出来ていた。
「燃え広がらなかったけど、やっぱり藪の中で火を放つのは危なかったんじゃないか?」
「藪の中には毒虫がいるかもしれないから、焼く方が安全なのです。それにミューは火魔法を過失で延焼させるほど未熟じゃないのです」
「確かに、虫は嫌だな。ミューは頼りになるな。ありがとな」
「な、撫でるななのです」
そう言いつつも、ミューは俺の手を叩いて弾いたりはしない。
初めて会った時よりかは仲良くなれているってことなのだろうか?
「じゃあ、設営するわね」
ニケはマジックポーチから四角い箱のようなものを取り出して、地面に置いた。
「それは?」
「キャンプ用の魔道具ね。これは、起動するだけで雨避け、虫除け、魔物避け、認識阻害の結界を張れる優れものなのよ。こんなこともあろうかと、魔道具店で回収しておいたわ!」
「おお、それは凄いな。ニケ、偉いぞ」
「え、偉い? そ、その、だったらミューだけじゃなくて私にも」
ニケはもじもじとしながら照れ臭そうに頭を差し出してくる。
俺が撫でると、ニケはニパッと笑顔を咲かせた。か、可愛い。
「チッ」
ミューはニケが俺に懐いてくれているのが気に入らないのか舌打ちをして、俺を睨む。ミューはつまらなそうに、円の中心に地面を開けていた。
「ファル、薪を……あれ? ファルがいないのです」
「本当だ」
確かに、こういうキャンプみたいなことになると一番騒がしくなるイメージのファルが何も言ってなかった。俺も周りを見渡してみるけど、ファルの姿が見えない。
「お花摘みにでも行ったんじゃない?」
「うーん」
まあ、ファルならそうそう危険な目に遭うこともないだろうし、大丈夫か。
戻って来るのがあんまりにも遅いようなら、探しに行こう。
「みゅ、ミューちゃん。その、薪が必要なの?」
「はいなのです。焚火のために火魔法を維持し続けるのは魔力が勿体ないのです」
「じゃあ私が拾って来るね」
「リン様が行くなら、ワタシもお手伝いするのデース」
「木は乾かせるから、適当で良いのです」
「解った!」
九十九さんとメリーナが、森の方に入って薪を拾いに行く。
ニケは黙々と四角い箱を円の中央近くに置いて設営を始めていた。
「な、なあ、俺にも手伝えることはあるか?」
「ジタロー様はゆっくりしてて良いわよ」
特に、俺の仕事はないらしい。こういうキャンプで一人だけ何もしてないのは罪悪感が……。俺も薪拾いに行けばよかった。
四角い箱から、直方体の結界が展開される光景を眺める。
透明で、触れてみると薄い膜のような感触だった。夕陽に照らされる草原がよく見えるから、外から丸見えのような気がして落ち着かないけど、認識阻害が掛かっているお陰で中のプライバシーはちゃんと保たれてるらしい。
魔法って凄いな。
感心してると、九十九さんとメリーナ、そしてファルが一緒に帰ってくる。
ファルは肩に、額から角の生えた大きな猪を担いでいた。
「ダンナ、大物が獲れたぜ!」
ファルが満面の笑みで親指を立てて、仕留めた獲物を見せつけてくる。
「ホーンボア! D級の魔物。でかしたわ、ファル! これ凄く美味しいのよね。今日の夕飯にしましょう!」
「おう! パンと保存食だけじゃ寂しいからな。やっぱり肉がねえと!」
ニケと猪を担いだファルが、二人で森の中に入って行く。
一方で、ミューは九十九さんとメリーナが集めた木を魔法で乾かして良い薪に改良し、着火して焚火を作っていた。
「薪拾いとかで怪我とかしてないか? 疲れてるとかでも『治す』で――」
「気持ちはありがたいけど、今は大丈夫です」
「タニガワ様は主人なのでゆっくりしてれば良いのデース」
俺のやる仕事はなさそうなので、隅っこで大人しく体育座りで待つことにした。
みんな、頼もしいなぁ(泣)
燃え上がる焚火を見ていると、心が安らぐ。
暫くすると、ニケとファルが大量の肉を持って戻ってきた。森で猪を捌いて来たのだろう。
「ミュー、この枝を洗って乾かしてちょうだい」
「解ったのです」
ニケが、ミューに何本かの枝を渡す。ミューが魔法で乾かし始める。
「な、なにをしてるんですか?」
「これからこの枝を削って串を作るのよ」
「串……その肉を焼くためですか? 鉄板とかは?」
「鉄板? 普通に直火であぶれば良いじゃない」
「あ、あのちょっと待ってください。えっと、これで良いや。『
九十九さんは懐から銃を取り出して、スキルのようなものを使う。すると、銃は金網に姿を変えた。
「これ、使ってください」
「金網……いや、待って。これ、この前のあの変な魔法具だったわよね。その色々突っ込みたいんだけど」
「アレは銃って言って、魔法具ではなくからくり? みたいな原理で動く武器ですね」
「今のが、九十九さんが転移した時に貰ったスキル?」
「はい。私のスキルは『
「なるほど……」
え、凄くね? 銃を武器にしてたから、どんな能力なんだろうってのは気になってたけど、想像以上に凄い能力だった。
九十九さんの知識次第ではあるけど、材料さえあれば日本にあったアレやコレやをこの世界で再現できる可能性が高まるってことでしょ?
しかも、この世界には俺たち以外にも勇者として召喚された人たちがいる。
俺は物の構造に詳しい方ではないけど、召喚された人の中には詳しい人がいるかもしれないし、そう言った人たちの協力を取り付けることが出来るなら……可能性はかなり広がって行く。
「それよりも、その武器をそんな金網に変えちゃって大丈夫なの?」
「ニケさん、銃なんかよりも今日の晩御飯を美味しくする方が大事です!」
「ええ……」
ニケは軽く引いてるけど、日本人なら割と普通の感覚だと思う。
金網と焚火で焼いたホーンボア肉の焼き肉はとても美味しかった。
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