32話 マモーン教徒との戦い

「『治す』」


 倒れていた青年に手を翳すと、肩の傷がみるみると治っていく。

 ローブを脱ぎ、次にシャツを脱ごうと裾に手を掛けおへそを見せている少女が俺を見て固まっていた。


 青年は目をパチパチとさせている。


 そして暫くして、立ち上がり、穴の開いていた右肩をぐるりと回した。


「い、痛くない。治ってる……。治ってる!!」


「ケインくん!? 治ったの!? ほんとだ! 治ってる!」


 青年の怪我が治り、少女は大喜びの様子だった。


「ありがとうございます、ケインくんを治してくれて」


「ありがとうございます。……格好はマモーン教のではないですが、僕の怪我を一瞬で治して見せたその実力。きっと高名な神官様だとお見受けします。もしよろしければ貴方のお名前と、信奉する神のお名前を聞かせて貰えないでしょうか?」


「俺はジタロー。法と理の女神、アストレア様の使徒だ」


「ジタロー様、アストレア様……。ありがとうございます! 僕、回心します!」


「わ、私も! 聖者様と女神アストレア様に感謝のお祈りを捧げます!」


 青年と、少女がうるうるとした目で感謝してくる。

 アストレア様の布教は俺の重要な使命の一つだし改宗してくれるのはありがたいけど、マモーン教の聖職者たちもいる中でそれを言って大丈夫なのだろうか?


「アストレア? 聞いたことない神ですね。貴方がどこの国の偉い神官かは知りませんけど、ここは女神マモーン様の治める地。郷に入っては郷に従えという言葉もありますが、あまり勝手なことをされると困るのですよ」


 聖職者は俺の肩を掴み、目を細めている。


 少女のストリップショーが始まると思っていた町の男たちからも、恨みがましい視線を向けられていた。針の筵だ。


 だけど、こんな――生死が掛かった彼氏の治療を盾に脅して女の子を辱めるような非道な真似、見過ごすことが出来なかった。


 いつもの俺なら見て見ぬふりしたかもしれないけど、割り込んできた僧侶の横暴や市場の店主のぼったくりに鬱憤が溜まっていて虫の居所が悪かった。

 そこに『治す』だけでそこそこ解決しそうな問題が目の前で生じていた。


 正義感を振りかざしてスカッとしたい気分だったのは否定できない。


 だが、自分の行いを後悔はしていなかった。


「すみませんね。以降は気を付けます」


 軽く頭を下げて立ち去ろうとするけど、司祭は肩を離してくれない。


「口先だけの謝罪に意味なんてないのです。大事なのは誠意なのです。貴方が、支払うべきです。本来彼らが我々に払うはずだった金貨5枚を!」


「…………」


 意味が解らなかった。


 客を目の前で奪うような真似はマナーが悪いという主張まではギリ理解できるけど、その機会損失分を補填するなんて話聞いたことがない。

 今回に関しては客を奪ったとも思わないけど。


 ……この話が通じない感じ、日本にいた時のクソ上司を思い出す。


 この手の奴らには何を言っても理屈が通じない上に、なんかでっかい声で怒鳴って自分の意見が正しい風な雰囲気を出してくるのだ。


 ただでさえ今日は色々あって疲れてるのに、この頭のおかしい司祭と議論する気分にはなれない。……いっそ、断罪の剣でスパッとやってしまうか?


 いや、それは流石にジェノサイド思考過ぎる。疲れてるな。


 俺はニケに預けてる分とは別でポケットに入れていた金貨10枚のうち5枚を取り出して司祭に見せつける。


「こんなもので良かったらくれてやるよ」


 そう言って金貨を投げつけた。金貨が地面に落ちる。司祭は怒りで顔を赤くしてワナワナと震えていた。


「ちょ、ちょっと貴方」


「おお、金貨が落ちてるぞ!」

「司祭様が拾わないなら俺が拾うぜ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。その金貨は私の……いえ、神に捧げられるものです!」


 震えていたが、市民たちにネコババされそうになって慌てて拾い始める。


「あ、あの、ありがとうございます! 金貨は、必ず稼いでお返しします!」


 そのまま去ろうとして、助けた青年と少女が話しかけてきた。


「良いよ、お金は。アストレア様に祈りを捧げてくれるなら、それ以上はいらない。あと、おせっかいかもしれないけどこの町は早く出た方が良いんじゃないかな?」


「そうですね。……それは今日中にでも出ようと思います」


「マモーン様は素晴らしい神様ですけど、教会は酷いですからね。……これ以上この町にいたら何をされるか解りません」


「ジタロー様、アストレア様。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 最後に頭を下げた青年と少女に手を振って、ニケ達の元へ戻る。


「流石ジタロー様、立派ね!」


「スカッとしたぜ!」


「……ちょっと、格好良かったのです。はぅぁ、いや、今のは――」


 ニケとファルが親指を立て、ミューは珍しくデレたことを言った後に口を押えた。

 ……隠し事が出来なくなるって制約。ってことは、今のは本心ってこと? なんかミューが5割増しで可愛く思えてきた。撫でちゃおう。


「ちょ、な、勝手に撫でるな、なのです!」


「とりあえず今日は宿に泊まって、明日にはこの町を出よう。買い出しも済んだし、これ以上この町にもいたくないからな」


「そうね」


「……早く、デビクマも生き返らせてあげたいのです」


 ミューは繭で拘束されたデビクマを大事そうに抱いている。


「そうだな」


 あとで、部屋にいる九十九さんとメリーナにも明日にはこの町を出ていくということを伝えよう。


 そんなこんなで、宿で一晩過ごし翌朝。


「貴方たちは今、包囲されています。観念しなさい!」


 今日は、恒例となりつつあるニケのドアノックではなく、おっさんの五月蠅い声で目が覚めた。

 アストレア様から授かった法服を着て部屋を出ると、ニケ、ミュー、ファルは準備を済ませて廊下に出ていた。


「外、マモーン教の奴らいるけどどういうこと?」


「さあ?」


 昨日喧嘩を吹っ掛けたから、それの報復? にしては大袈裟過ぎる気もするけど。


「谷川さん、外、凄いことになってますよ」


 九十九さんたちも部屋から出てくる。


 軽く窓から覗いただけだけど、昨日の司祭や割り込んできた僧侶だけじゃなくて僧侶や武装した騎士、槍を持った町人っぽい人たちまでいた。


「『断罪の剣』『裁量の天秤』」


「谷川さん、戦うんですか?」


「場合によってはそうなるかも」


 ただ事ではなさそうな雰囲気を感じ、武器だけ出した俺に、九十九さんが不安そうな顔を向けてくる。


「九十九さんは戦わなくても大丈夫だから」


「すみません。ワタシも戦闘の心得がないので、後ろに控えさせて欲しいデース」


「ああ、メリーナと九十九さんは俺たちで守るから安心してくれ」


「大丈夫。マモーン教のやつらは私たちがぶち殺すわ!」


「腕が鳴るぜ!」


「ふんす! 消し炭にしてやるのです!」


 ニケ、ファル、ミューはやる気十分の様子だった。

 いや、まだ戦うと決まったわけじゃないけどね?


「すみません」


「リン様、こういう時は謝罪ではなくお礼を言うものデース」


「……ありがとうございます」

「ありがとうございマス」


「お礼は、とりあえず無事にこの町を出れた後で良いよ」


 頭を下げる九十九さんとメリーナに手を振ってから、全員で宿の外に出る。


 宿を取り囲むようにうじゃうじゃいる僧侶や町人たちは槍や剣の先を、俺たちに向けて来ている。


 そして入り口の先頭にいた昨日の司祭は、何かが書かれた紙をぺらぺらと下げながら憎たらしい笑みを浮かべていた。


「いやぁ、驚きましたよ。まさか貴方たちが、第三王子エドワード様を殺害して逃亡中の凶悪犯だったなんてね! 司教様から、これを転送された時は驚きましたよ」


 司祭が持つ紙には、俺の名前と結構似ている似顔絵が描かれていた。


 指名手配。……されるだろうとは思ってたけど、昨日の今日で結構離れてるはずのこの町にまで来ているとは。


 転送って言ってたけど、きっと魔法的な何かで手配書をばら撒かれたのだろう。


 となると、もう既にこの国中に俺たちの顔と名前が広まってる可能性はありそうだ。


「王子を殺した極悪犯め!」

「「「「異教徒は死すべし!!」」」」

「悪魔の手先!」


「おずおずと貴方たち凶悪犯を町に入れてしまったのは、門番の失態です。ですが、そのお陰で私たちは異教徒の凶悪犯と捕らえ、裁きに掛ける機会を手に入れた! これは私にとってこの上ない幸運と言えるでしょう!」


 司祭は両手を広げて高らかに笑い、取り囲む僧侶や町人たちはドンドン足を踏み鳴らして俺たちを威嚇してくる。


「礼儀のなっていない異教徒とはいえ、大儀なく捕らえ拷問し殺すのはマモーン様の名の下でも許されないことです。ですが、凶悪犯であれば話は別。亜人を連れ、王子を殺害した貴方たちには死すら生温い罰が相応しい!」


「そうだそうだ!」

「殺せ!」

「女は犯せ!」


「しかし、マモーン様は慈悲深い女神様です。貴方たちが悔い改め、誠意を見せると言うのであれば情状酌量の余地ありとして命だけは助けてやることを考慮してやっても良いでしょう。誠意とはすなわち行動!

 貴方たち全員が服を脱いで生まれたままの姿を曝け出し、地べたに這いつくばって昨日の非礼を詫びるのであれば、私は貴方たちに慈悲をぶガハッ」


 陶酔したようにめちゃくちゃなことを言い出した司祭の喉を、ニケがショートソードで一突きした。司祭の口から血が溢れる。


「あがっ。アガガガッ」


「ジタロー様、こいつ殺して良かったわよね」


 司祭は目を見開き、苦しそうに喉を搔きむしっている。


 司祭は命乞いをするように、俺を見る。


 俺が頷くと、司祭は絶望したような表情を見せる。そしてニケはそのまま剣を横に動かして、司祭の頸動脈を斬った。血が凄い勢いで噴き出した――。


「司祭様!」


「よくも司祭様を!」

「許さん、異教徒!」


 僧侶と町人が、俺目掛けて槍を突き刺してくる。しかし、彼らの槍での攻撃はアストレア様から授かった法服の頑丈な防御によって容易く防げる。


 ファルが昨日割り込んできた僧侶を爪で引っ掻いて殺す。


「ぎゃぁぁぁっ!」


火炎球ファイアボール


 ミューが正面の人だかり目掛けて火の玉の魔法を放った。この町はボロい木製の家と藁葺きの家ばかりだったから物凄い勢いで引火する。


「お、おい、家が!」

「町に火が。お、おい、火を消せ!」

「いや、異教徒を殺せ! 許すな!」

「逃げろ! 武器が通じない! 勝てるわけがない!」


 火事を止めようとする者、襲い掛かって来る者、逃げる者。数は物凄く多かったが所詮は烏合の衆。ちょっと突いただけで、パニックになってた。


「とりあえず逃げるぞ。あと、市民はなるべく殺すなよ」


「解った!」


 俺たちはフィリップの町を後にした。

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