閑話 ファリウスの末路

「何をしてるゲス! 速く逃げるゲス!」


 ホワイトエキドナの背に乗るファリウスは、白い髪の少女の頭を殴りつけながら、主人を上書きした『絶対服従紋』で命令し急がせていた。


 カイマンが召喚した沢山の人の顔と蛇の身体を持つ化け物。その恐ろしすぎる姿を見たファリウスは、一目散に逃げることを選択した。


「王族御用達商人の座も、命あっての物種ゲス」


 急かし逃げる最中、向こうから走ってくる人の姿が見えた。

 

「ちょっ! 見つかるゲス! 早く隠れるゲス!」


 そう命令しても、ここは真っすぐの一本道。不運なことに隠れられそうな部屋も近くにはなかった。身を縮こませ、何もないことを願うファリウス。

 しかし、幸運なことに走る人たちはファリウスの姿を一瞥するだけで立ち止まったりはしなかった。


 去り際に『治す』の一言が聞こえただけ。


「……ふぅ。アイツら、何だったのゲス?」


 思えば、数日前に自分を殴ってきた奴隷とその無礼な主人を思い出す見た目をしていたような気もするけど、格好は全然違うし別人かもしれない。

 そんなことを考えるよりも、まずは脱出せねばならなかった。


「ほら、何をしてるゲス。早く走るゲス!」


 ファリウスはホワイトエキドナの尻尾を踏みつけ、命令をする。しかし、ホワイトエキドナは従う様子を見せなかった。


「ちょ、早く走るゲス! いい加減にするゲス!」


「……ゲスゲスうるさい、下種野郎。私に、命令するな」


 絶対服従紋で縛っているはずのホワイトエキドナの尻尾に首を絞められ持ち上げられるファリウスは、口の端から泡を吹く羽目になっていた。


「ぐっ、なに反抗しているゲス。やめるゲス。ここを出た後は躾のし直しが必要ゲス」


「お前が、ここを出られることはない」


 尻尾を更に締め付けられる。頸動脈が圧迫されて、脳に血液が行かなくなる。顔が風船のように膨らむ錯覚と、意識がチカチカと切れかけの蛍光灯のように白くなっていく景色。


「死ね」


 ホワイトエキドナは、ファリウスの腕に噛みついた。


「っ!?」


 薄れゆく意識の中で腕を噛まれたファリウスは解放される。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ」


 嗚咽を漏らしに必死に呼吸するファリウスは、腕を噛まれ、そこから毒を流し込まれたことに気付かない。


「……城を出るのは、私だけ」


「ちょ、待つゲス! 命令に従……うっ、痛いっ。腕が、私の腕がとんでもないことになっているゲス」


 去り行くホワイトエキドナに腕を伸ばしたファリウスは、初めて自分の腕が紫色に変色し、パンパンに膨れ上がってることに気が付いた。


「毒ッ! ちょっ、待つゲス! どういうことゲス!?」


 絶対服従紋が解除されただなんて夢にも思わないファリウスは、奴隷に噛まれたという現実を受け入れられずただ戸惑っていた。

 ホワイトエキドナは、口元を三日月の形に歪めて振り返る。


「私の毒は、血壊毒って言って、全身の血液をサラサラにして体中の穴という穴から大量の血を流しながら失血死していく」


「(そんなの、知っているゲス)」


 レア種族の亜人奴隷専門商人として、商品の特性くらいは知っていた。いや、知っていたはずだった。ファリウスは、言われて初めてその毒を自分が食らったのだと自覚した。自覚してしまった。


 怒りと興奮で忘れていた痛みが、死への恐怖と共に押し寄せてくる。


「うがっ~~~~~っ!」


 ファリウスは、声にならない悲鳴を上げながら痛みにのた打ち回り悶絶する。ファリウスの目、鼻、耳から、サラサラになった血液が溢れるように漏れ始めていた。

 ホワイトエキドナはのた打ち回りながら赤く染まっていくファリウスをニヤリと見てから、再び城の外へと歩き始めた――


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