58話 勝者の凱旋

「お前さんにはこれからきっちり落とし前を付けてもらわにゃいかんからなァ」


「ひぃぃっ。クソッ。獣人風情が汚い手で私に触れるな。おい熾天使、助けろ! クソッ。私を誰だと思っている! 私は、マモーン王国の第二王子だぞ!」


 ミネルヴァさんの心肺蘇生の騒ぎに乗じてこっそりと逃げようとしていたカイマン王子は、ライオネルさんに捕まって顔を青くしながらもみっともなく喚いていた。

 どこまでも好きになれない奴だ。


「ライオネルさん、そいつはどうするつもりですか?」


「こいつに村を滅ぼされて恨んでる奴は少なくねぇ。解放村の連中には苦しい生活を強いて来たしよぉ、コイツを連れ帰って処刑することで、今回の俺たちの勝利を大々的にアピールしてぇんだが、良いか?」


 俺は、チラリとニケの方を見る。


「私としてはそれで構わないわ。でも、一つ条件がある」


「なんだァ?」


「――――」


 ニケがライオネルに近づいて何かを言う。


「あぁ、それなら端からそのつもりだァ」


 ライオネルがニヤリと笑いながら頷いた。


「というわけでよォ、ジタロー。獲物をかっさらうようで悪ィがこいつは俺が運ぶぜェ」


「あ、お願いします」


「クソッ、離せ! 獣臭が映る! クソッ、クソッ!」


「暴れるな、騒ぐな。……村に運ぶまでにぶっ殺したくなるだろォが」


 米俵のように担ぎ上げられたカイマンが騒ぐと、ライオネルさんがカイマンの首を掴むと口から白い泡を吹いて気絶した。


「おらおらァ、英雄の凱旋だァ!」


 城から出ると同時に、ライオネルさんは俺の背中を押して前に出す。それから、気絶したカイマンを片手で持ち上げて晒し上げていた。


「ら、ライオネルさん!」

「あ、あれはカイマン王子!」

「やったのか?」

「ライオネルさんたちが勝利したぞー!」

「「「「「「うぉおおおお! 俺たちは勝ったんだ!」」」」」

「やっと、悪夢から解放される!」


 気絶したカイマン王子を見て、外で待機していた亜人の人たちは歓声を上げる。

 攫われて、この町で奴隷扱いを受けていたと思われる女の人が嬉しそうに泣き崩れていた。


「ありがとうございます、ライオネルさん。私、私たちは、帰れるんですよね?」


「おぅ。あと、コイツを倒したのは俺じゃねェ。こっちのジタローだァ」


「そ、そうなんですか?」


「え、ええ、まぁ。ライオネルさんを始めとして、仲間がいたからこそ勝てたので、俺たちで倒しました」


「そ、そうなんですね。本当に、ありがとうございます」


 ライオネルさんに縋りつくようにしていた女性は向きなおって俺たちに頭を下げた。ニケとファルは、人からお礼を言われ慣れてないのかむず痒そうにしている。

 ミネルヴァさんは、既に待っていた亜人の人たちの元へ行って勝利を宣言しつつ帰宅を促している。解放戦線の人たちも、同じように散らばっている人たちを纏めたり街にいる兵士や市民たちを露払いする作業に入っていた。


「お、おい、嘘だろ。アレ、カイマン王子なのか?」

「か、カイマン様をお助けしろ!」

「あ、亜人共が俺たちの街を……」


 既に多くの市民たちは逃げているようだけど、街に残っている人たちは俺たちの凱旋に絶望した顔を浮かべていた。


 被害者みたいな顔をしている彼らは、きっと攫ってきた亜人奴隷に酷い扱いをしてきたのだろう。それを思うと、素直に可哀想だとは思えなかった。


「オラァ、どけどけぇ、英雄様のお通りだ!」

「うぉおお! ジタロー様の道を開けろぉおお!」


 俺たちの帰還を待っていた戦士たちが、露払いをする。


「俺も、協力した方が良いですか?」


「必要ねェ。結局最後は、お前さんに全部任せちまった。これくらいは俺たちにやらせてくれェ」


「解りました。じゃあ、お願いします」


 俺の『治す』は傷も体力も回復してくれるけど、精神的な披露ばかりはどうしようもない。アザゼルとの激戦で結構疲れてしまってるので、任せて良いのなら気が楽ではある。


「範囲『治す』」


「うぉおお、傷が」

「ジタロー様……! でも、大丈夫なんですか?」

「お前さんは、休むってことを知らねェのかァ?」


 解放戦線の戦士たちが驚いたように俺を見てくる。


「……これはまあ、ついでだよ」


「ついでで、こんなに治しちまうなんてとんでもないです!」

「全くだ」


 治すは歩いてる分の疲労も回復することが出来る便利スキルだからな。

 どうせ自分には定期的にかけながら歩くわけだし、近くにいる人を治すのは本当にただのついでなのだ。


 だから、そんな感心したような目を向けないで欲しい。


「怪我人とかいたら俺の方へ連れて来てください。治療しますので」


「ほ、本当ですか?」

「でも、大丈夫なんですか!? ……カイマン王子の軍勢と戦ってお疲れでしょう?」


「ったく、本当にお前さんは根っからの聖者様だよなぁ」


「そんなジタロー様だから私たちも助けられたんだけど、無理はしないでね?」


「そうだぜ。って言っても無駄なんだろうけどな」


 目を輝かせた亜人解放戦線の人たちが怪我人を次々に俺の元へ運び込んでくる。

 それを順々に治していくと、ライオネルさんやニケやファルに呆れたような視線を向けられてしまう。


 まるで、俺が自分の疲労も顧みず他人を癒やすことを優先している聖者様かのような扱いを受けてしまってる。


 ……本当は、歩く疲れを『治す』で癒せるからそのついでってだけなのに。


 そんなこんなで、俺は度々連れられてくる怪我人や病人を治しながら、カイマンの街に居た亜人奴隷と解放戦線の戦士たちと共に砦へと帰還する。


 砦には、先に避難していた非戦闘員や元奴隷の人たちが多くいた。


 奴隷としての扱いがよっぽど劣悪だったのだろう。怪我人や病人が多く、ヒーラーたちが必死に働いていたから俺も手伝おうとしたら、元奴隷たちの『絶対服従紋』の解除を優先するように言われたので、そうすることにした。


 腕の良いヒーラーでも『絶対服従紋』を解除するのは難しく、トーレンスさんなら辛うじて出来るらしいけど、それでも一人を解除するだけで魔力が枯渇してしまうほどらしい。


 そう考えると、ノーリスクで『絶対服従紋』を無限に解除出来てしまう俺の『治す』って本当にチート性能過ぎるな。


 範囲『治す』で纏めて解除したら、奴隷だった亜人の人たちには泣かれるは叫ばれるはで大変だったけど物凄く感謝されてしまった。


 ニケが余計なことを言ったせいで、俺が神様扱いされてしまった。


 神様じゃなくて、アストレア様の信徒なだけだって訂正したら聖者様に落ち着いた。……それ、落ち着いているのか?


 全ての元奴隷の人たちの『絶対服従紋』を解除し終わった後は、ヒーラーの人たちでは治しきれなかった重傷者や病人も治した。


 重傷者や病人と言っても、ヒーラーの人たちの応急処置のお陰で一刻を争うとかそう言う感じではなかった。俺がやったのは本当に、消しきれなかった傷痕とか、病気のせいで爛れてしまった皮膚を元に戻すとかそう言う感じのことだ。


 治したら、それまでの奴隷生活の辛さも相まったのか引くほど感謝されてしまったので、全てアストレア様のお陰ということにさせてもらった。


 今日だけで、信者が結構増えた気がする。


 ……正直、アザゼルとの戦いはかなりギリギリでミネルヴァさんには危険な術式まで使わせてしまって死にかけさせてしまったし、亜人解放戦線の戦士たちも5人ほど死者を出してしまった。


 それでも何とか勝つことが出来たのは、アストレア様の権能のお陰で……その力が今まで以上に強かったからだと思う。


 アストレア様に身体を貸してから強くなった肉体、金色に輝く断罪の剣、そしてニケやファル、ミュー、ミネルヴァさんやライオネルさんたちの尽力。

 どれが欠けても、負けていただろう。


 逆に、もっと信者が増やしていてアストレア様の力がもっと戻っていたなら、より安全に勝てたかもしれない。


 そう考えると、やっぱりアストレア様の信者はなるべく増やしておきたい。


 そんな感じで、全員を治し終える頃には夜遅くになっていた。


 解放した元奴隷たちの中には女性や子供も少なくなかったので、今夜はこの砦で過ごすことになった。


 ささやかな宴が開かれた。

 酒と食料は、カイマンの街から拝借してきたものらしい。


 とはいえ、この砦に居る戦士や解放した奴隷たちの人数は1000人を超えていて杯一杯の酒と一人一つのパンと小さな肉の欠片って感じで豪勢なってほどではないけど、それを飲み食いする亜人の人たちは祭りのように大はしゃぎだった。


 ほんの少しの酒しかないのに、浴びるように飲んだのかってくらい酔っぱらって喜んでいる。


 ……それくらい、奴隷であった日々が辛かったのだろう。それくらい、攫われていた仲間が帰ってきたのが嬉しいのだろう。


 俺は、彼らの話を聞いただけだ。


 ある日突然、平和な村で過ごしていたところを人間に火を放たれ燃やされ、そして家族を攫われ奴隷に落とされた。


 俺は彼らの怪我を見ただけだ。


 四肢欠損している人も少なくなかった。皮膚が爛れ、鼻がない人までいた。


 中には、攫われた仲間が戻ってない人だっているだろう。


 でも、戻って喜んでる人と一緒に大はしゃぎしている。


 そんな光景を見ていると、この戦いに協力してよかったなって心底思える。


「おぅ、ジタロー。こっちこい。ほら上がれェ」


 少ない酒をちびちび飲みながらはしゃぐ人たちを笑顔で見ていると、ライオネルさんに手招きされる。言われるままに行くと、ライオネルさんの肩に担ぎ上げられた。


「ちょっ、お、おい!?」


 いい年しておっさんがおっさんに肩車されてる!? その気恥ずかしさと、結構な高さへの恐怖に情けない声が漏れる。


 酔って上機嫌な様子のライオネルさんは俺の意思など気にしてないようだった。


「こいつがァ、『絶対服従紋』に囚われていた奴隷を解放し、怪我人を治し、病人を治し、そしてカイマン王子を倒した英雄、ジタローだァ」


「「「「「うぉおおおお!! ジタロー様!!」」」」」」

「キャー素敵!」

「「「ありがとう!」」」


「今回の戦い、ジタローがいなけりゃ勝てなかった。俺たち、亜人解放戦線はジタローに返しきれねェほどの恩を受けた。そうだよなァ!!」


「「「そうだ!!」」」

「「ジタローさんは、俺たちと一緒に戦ってくれ!」」

「オレ、ジタローさんに失っていた目を治して貰ったワン!」

「私は耳を」

「俺は――」


「だから、俺たち亜人解放戦線一同は、ジタロー。お前さんの下につくことにしたァ。これからは、リーダーとして俺たちを引っ張って言ってくれ」


「え」


 俺は周りを見渡す。亜人の人たちは満足そうにうなずいていた。


「い、いや、ダメでしょ。そんな急に……」


 俺は人間だし、そんな、いくら今回の戦いで活躍したからって言ってハイじゃあ今日から部下ねって言われても誰も着いてこないでしょ。


「急……っちゃぁ、そうかもな。でも、反対する人はいねェだろォ?」


「そうだ! ジタローさん、これからも俺たちを引っ張ってくれ!」

「ジタローさんが引っ張ってくれたおかげで俺たちは本懐を果たせた!」

「アンタがリーダーで文句なんかねえよ!」

「獣族は一番強い個体に従うのみ。ジタローさんほどの強者であれば異存はない」

「そうだな。ライオネルさんがそう言ってるし、俺もアンタについて行くぜ!」


 ……しかし、俺の予想とは裏腹に、亜人解放戦線の人たちはノリノリだった。


「じゃあ、ジタロー。俺たちの新しいリーダーとして何か言ってくれ」


「え……」


 元解放戦線の戦士たちはキラキラした目で俺を見つめてくる。


 どうしよう、これ、嫌だって断ったら暴動が起こりかねない雰囲気を感じる。

 良いの? 君たちは。カイマン王子を倒したとはいえ、まだ知り合って3日とかそこらの俺がリーダーになって……。


 良いんだろうなぁ。クソッ。こうなったら、せめてアストレア様の信者増やしてやる。


「あ、あー。えっと、俺はアストレア様っていう女神様の使徒をしています。俺に与えられた使命は大きく三つです。一つはアストレア様の信者を増やすこと。二つ目は異世界から召喚されて『絶対服従紋』で操られている勇者を解放すること。そして三つめは勇者を召喚したり、世界の法を犯したりする不届き者を抹殺することです。

 俺の仲間になるって言うのでしたら、この三つに協力してくれると助かります」


「ど、どういうことだ?」


「つまり、ジタロー様はカイマン以外の王子も勇者も全員ぶっ倒すって言ってるんだ」


「なに!? カイマン王子に飽き足らず他の王族まで!?」

「うぉおおお! 流石ジタロー様だ! 一生ついて行くぜ!」

「「「「「ジタロー! ジタロー! ジタロー!」」」」」


 亜人解放戦線の人たちは、好戦的な人が多いみたいで熱狂していた。


「あと、アストレア様のことも信仰してくれると嬉しいです」


「その、アストレア様ってのを信仰するとどんないいことがあるんだ?」


「俺の力が強くなる……?」


「なに!? じゃあ、ジタロー様がもっと治せるようになったり、もっと強くなったりするってことか!?」

「うぉおお! それなら俺は信じるぜ、アストレア様!」

「アタシも! あすとれあ様っての信じる!」

「ジタロー様! アストレア様!」


 本当に解ってるのか、みんな口々にアストレア様を信じるを言ってくれる。


 この日、亜人解放戦線は『神聖アストレア教団』の傘下になった。




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