12話 ニケへのお仕置き

 ニケが俺の膝に乗っかってくる。


 抱え上げた時は少し重く感じた身体もやはり痩せ細っているからか、こうして乗られると羽のように軽い。


「ニケ、叩くぞ」


「待って」


 こんなこと、さっさと終わらせてしまおうと手を振り上げたら制止の声が掛かる。

 ニケは、ワンピースのスカートを捲りあげ、自らパンツを下ろして白いお尻を露わにした。


「服の上からじゃ、罰にならないから……」


 そう言ったニケは、恥ずかしいのか顔が真っ赤だった。

 尾骶骨のあたりから生えた白い尻尾がお尻を守るようにちょろちょろ動いている。動物の尻尾には細い骨があるらしいけど、叩いたら怪我するかもしれないよな……。

 いくら『治す』があるとはいえ、怪我はさせないことに越したことはない。


 俺は、左手でニケの尻尾の付け根を掴んだ。


「んにゃぁ、あんっ」


 ニケから艶めかしい声が上がる。


「あっ、ご、ごめん! 尻尾を叩かないようにって思って!」


「気にしないで。少し、驚いて声を上げただけよ」


 俺は、右手をニケのお尻に乗せる。

 ニケのお尻には毛は生えておらず、人間と同じ肌は白くてすべすべだった。これを叩かないといけないなんてな……。


 でも、この儀式を済ませないと強情なニケは納得してくれない。


「……じゃあ、叩くぞ。10回。それで終わりにしよう」


「……30回。30回でお願い」


「30回……」


 俺が10回って言ったんだから、10回で終わりにしてくれればいいのに……。

 ニケはギラギラとした目で俺のことを見る。ついさっきなのに、少し前にも感じられる、初めて会った時のことを思い出した。


 ニケはかなり強情だから、30回と言えば30回しないと納得しないだろう。


「じゃあ、叩くぞ」


 ペチンッ。

 平手でニケのお尻を打つ、白いお尻に薄ピンクの手形の後がほんのり付く。


「ジタロー、手加減は止めて。思いっきりやって。じゃないとケジメにならない!」


「…………」


 俺は、無言で手を大きく振り上げて、パァンとニケのお尻に平手打ちをした。


「にゃぁんっ」


 ニケが、可愛らしい悲鳴を上げた。ニケの白いお尻に、今度は赤い手形がくっきりとついた。手の平がヒリヒリする。ニケはもっと痛いだろう。


「ニケ、数えて」


「にゃ、にゃいっ、い、いちっ」


 パァン! パァン!


「にぃっ、にゃんっ」


 ニケの尻を叩く度、ニケは小さくも可愛らしい悲鳴を漏らしにゃんと鳴く。

 強情で、気が強くて、律儀で、根が真っすぐとしているニケが、俺の膝の上で尻を打たれるたびに鳴くというのは、なんかこう言いようのない征服感のようなものが、ゾクゾクとせり上がってくるようだった。


 い、いや、これは、あくまでニケを納得させるための儀式だ。


 俺が、妙な気を起こしてはいかん。


 パァン、パァン、パァン。

 ニケに手加減していると指摘されないように、妥協せず、全力で、4、5、6回目と叩いていく。


 アストレア様の加護で力が増している俺の平手の威力は相当なのか、ニケのお尻はたった5回で真っ赤に染まっていた。

 ニケの目にはうるうると涙が溜まっていて、今にもこぼれそうだった。


「なあ、ニケ。あと24回も耐えられるか? やっぱりあと4回にしないか?」


「…………いや、自分で言ったから、減らすなんて――パァン!パァン!――んにゃぁっ!? 痛ぃっ……にゃにゃ……はちぃ」


「あと、23回もしたらニケのお尻が壊れるぞ。別に壊れても『治す』で元に戻せるけど……いい加減、俺の手も痛くなってきた」


 ニケのお尻は真っ赤に染まって充血しているけど、俺の手も皮が少し剥けてきている。治すで治せるけど、痛いのは痛いのだ。


「…………」


 ニケは暫く逡巡する。


 パァン! パァンッ!


「んにゃぁっ、痛いッ。きゅうっ、じゅっ」


 ニケが痛そうに悲鳴を上げる。十回は完了する。


「な、なあ、もう終わりにしないか? あと20回だぞ?」


「で、でも……」


 ニケは強情だから、自分で言ったことを“思ったより痛かったのでやっぱり止めます”なんて簡単に認められないのだろう。


 でも、俺もいい加減手が痛いし……。それ以上に赤く染まったニケのお尻をこれ以上叩き続けるのは、心が痛い。


 強情なニケを納得させるには、良い感じの代替案を出すのが一番だろうけど……。


 う~ん。


「……じゃ、じゃあ、ニケが“にゃーにゃー、ごめんなさいなのにゃん。許してほしいのにゃん”って可愛いポーズをしながら謝ってくれたら、俺が絆されて、回数を減らすってのはどうかな?」


 ……いや、なに言ってるんだ。俺。冷静に考えておかしいだろ。


 ニケが、凄い顔で俺を睨んでいる。い、いや、ですよね。強情で強気なニケさんがそんなこと言ってくれるわけないですよね。

 ちょっと、欲望に正直になりすぎたかもしれない。


「い、いや、今のは嘘。でも、これ以上は手が痛いし、もう終わりに――」


「や、やるわ。……凄く恥ずかしいし、嫌だけど……私の我儘で、これ以上ジタローに痛い思いをさせるわけにもいかないし」


 そう言ってニケは俺の膝から降りて、少し前屈みになりながら立ち上がる。


 それからニケはワンピースの裾をギュッと握りしめた。

 手がぷるぷると震えている。


 暫く、躊躇していたニケは意を決したのか、手をギュッと握ったまま手首を折って猫の手のポーズをする。


「にゃ、にゃー、にゃー。ごめん、なさ、い、なの……にゃん。ゆ、ゆる、して、ほし、いの、にゃん……」


 控え目に小さい身振りをしながら、ニケは蚊の鳴くほどに細い声で言った。


 か、可愛い……!

 顔を真っ赤にして、すっごく恥ずかしそうに言うニケを見ると、その可愛さに悶えそうになる。これが、萌えか……!


 だけど、そんな可愛いニケの反応を見てるとちょっと意地悪したくなる。


「声が小さくて聞こえなかったなぁ。もう一回やってよ」


「…………ッ!? ……ぅぅ。にゃ、にゃーにゃー! ごめんなさい、なのにゃん! ゆるして、ほしい、のにゃん!」


 くぅぅ、可愛ええ!


「ジタロー、これで、許してくれる……にゃん?」


「あ、ああ、勿論だ!」


「じゃ、じゃあ、その。ケジメはしっかりつけたから。明日からは、ジタローの下僕として、恩返ししていくわ!」


 ニケはそれだけ言ってから、そそくさとこの部屋を出て行ってしまった。

 これ以上、ここにいるのは恥ずかしかったのだろう。


 なんか今回、ニケのせいで俺の性癖が随分と捻じ曲げられたような気がする。


 まだまだ外は暗いし、明日からのことを考えると寝た方が良いんだろうけど、色々とギンギンになってしまっていて寝るに寝られない。


 と、そこで、床に白いパンツが落ちているのが目についた。


 お尻を叩くときに、ニケが自分で脱いだやつだ。


 さっきまでニケが履いていたやつ……。


 ふむ……。



                    ◇




 翌朝。コンコンと、ドアがノックされる音で目が覚めた。


 ニケが帰った後も、中々寝られなかったから少し身体が疲れている。

 俺はとぼとぼと歩いて、ドアを開けた。


「おはよう、ジタロー様」


「おはよう。……その、昨日も言おうと思ってたんだが、その“様”ってつけるの止めないか?」


「何で? 私はジタロー様の忠実な下僕よ。敬って、様をつけるのは当然じゃない」


「…………」


 こうなったニケは強情で、説得するのは骨が折れる。寝起き一番でそれをするのは面倒くさいし、諦めることにした。

 これから一緒にいれば俺のだらしなさに気づいて様付けにも飽きるだろうし。


「敬語は苦手で使いこなせないけど、練習して上達したら敬語にも直していくつもり」


「いや、敬語は良いよ。苦手なら特にね。自然体のニケが一番好きだし」


「好き!?」


 ニケは顔を赤くして口をパクパクさせる。好きっていうか話しやすいって言うか、寝起きだから適切な言葉が咄嗟に出てこなかった。

 軽薄っぽくてアレだったけど、ニケの反応は可愛かったし良いとしよう。


「……それで、何の用?」


「……そ、そうだったわね! 二人がジタロー様に挨拶したいって言うから、二人をこの部屋に連れて来て良いかしら?」


「ああ、良い……や、いや、ダメだ!」


「どうして?」


 ニケがキョトンとする。――俺の部屋には使用済みのニケのパンツが……。


 い、いや、その出来心だったんだよ。


 ニケは、別に俺は気にしなくて良いって言ったのに刃物を向けたことを誠実に謝罪して律儀にケジメまでつけたというのに、俺は……。


 やってしまった後の罪悪感は、凄まじかった。

 ニケの真っすぐな視線が非常に痛い。


 俺の部屋にある呪物を、ニケにだけは絶対に見られるわけにはいかなかった。


「どうしても、だ。……俺の方からそっちに行くよ。準備するからちょっと待っててくれ」


 ニケの使用済みパンツを、ゴミ箱に捨てる。……ちょっと勿体ないけど、洗って返すのもなんか不自然だし、証拠隠滅を優先する。


 それから俺は机に置いてあるソードホルダーを腰につけ、ショートソードを携える。ホルダーには、ちゃんとマジックポーチもついている。


 ……いや、やっぱこれ重いな。合計15kg以上はある気がする。


 ホルダーを腰から外して、手に持ちながらドアのとこに戻った。


「おまたせ。……ニケ、これ重いからニケに預けても良いか?」


「このマジックポーチ、金貨いっぱい入ってるわよね? ……良いの?」


「ああ。ニケのことは信頼してるからな」


「…………そう」


 ニケは嬉しそうに小さく笑って、ソードホルダーを腰に付けた。


「あ、剣はどうする?」


「剣もニケに預ける……っていうか、あげるよ。俺よりニケの方が使いこなせそうだし、それで俺を守ってくれ」


「……解ったわ。ジタロー様の信頼と期待に必ず応えて見せるわ!」


 ニケは細い腕で力こぶを作って見せた。痩せすぎていて少し頼りない。


「そんなに気負わなくても良いからな……。あ、それと、そのポーチ結構重いと思うけど、大丈夫か?」


「獣人は人間よりも力があるし、これくらいの重さじゃ何ともないわ!」


「なら、改めてよろしく頼むよ」


「ええ。任せてちょうだい!」


 女の子に荷物持ちをさせるのは申し訳なさを感じるけど、魔道具が追加されたことであのマジックポーチは俺が携帯するには重すぎるし、ニケが大丈夫だと言ってくれるなら、頼ることにする。


「ところで、ジタロー様。昨日から私のパンツがないんだけど、ジタロー様の部屋にないかしら?」


 ギクッ。


「し、知らない。でも、探すのも面倒だし、後で新しいの買ってやるよ」


「……そう。せっかく買ってもらったのに、失くして悪いわね」


「い、いや……」


 ……本当は、俺が使っちゃったから返せないだけなんだ。ごめんよ。


 猫耳をシュンとさせて落ち込んでいるニケに、俺は心の中で土下座する。


 ニケは俺に目配せをしてから、ミュー達がいる部屋のドアを開けた。


「紹介するわね。彼が聖人ジタロー様。私たちの命の恩人で、これからのご主人様よ!下僕として忠実に従うように」


 いや、ちょっと待って!?

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