13話 二人の奴隷ミューとドラゴン娘

週間総合一位! ありがとうございます!!


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「紹介するわね、彼が聖人ジタロー様。私たちの命の恩人で、これからのご主人様よ! 下僕として忠実に従うように」


 人間関係、一番大事なのはやはりファーストインプレッションだ。


 これから暫くは一緒に行動して、この世界のことを色々教えて貰ったり、護衛をして貰う予定だからなるべく良い印象を与えられるように挨拶しないとな――なんて思ってたのに、ニケが思いっきりぶちかましやがった。


 俺は抗議の意思を持ってニケを見る。ニケは良い仕事をしたわよ、と言わんばかりに笑顔だった。


 黒い毛並みの猫耳少女、ミューはベッドに寝転がった体制のまま顔だけ起こして俺のことを推し量るように見ている。


 赤い髪と鱗のドラゴン娘は、部屋の真ん中で胡坐座りをしたままポカンとした顔をしていた。


 え、この空気感で自己紹介しないといけないの? 俺は何と言えば良いんだ……?


「ミュー、ジタロー様の前で失礼でしょ。早く起き上がって挨拶しなさい」


 ミューは3秒ほどニケを見てから、ゴロゴロと転がるようにベッドから降りてひょこひょこと可愛い足取りで俺の前まで来た。


「ミューの名前はミューなのです。ミューを助けてくれたことと、姉様の右足を治してくれたことは深く感謝するのです」


 ミューはやや舌足らずな声で、そう言ってぺこりと頭を下げる。


 年齢は、見た感じだと10歳くらい……いや、9歳くらいか?

 身長は俺の腰上ほどと小さく、ミューが上げた頭は丁度いい感じの位置にあった。小さく動いている猫耳が、めっちゃ可愛い。めっちゃ撫でたい。


 ペシン。


 無意識にミューの頭へと伸びていた俺の手が、叩かれた。


「ミュー!」


「……いくらミューと姉様にとっての恩人でも、気安くミューに触らないで欲しいのです。ミューの頭を撫でて良いのは、姉様だけなのです」


「ごめんなさい、ジタロー様。ミューはかなり人見知りする子で――」


「い、いや、今のは俺が悪かったよ。ミュー、ごめんな」


 ミューの言ってることは尤もだ。

 初対面のおっさんにいきなり頭を撫でられるなんて、嫌がられて当然だ。俺は、手を合わせてミューに謝った。


「……まあ、解ってくれたら良いのです」


 ミューは仏頂面ながらも、許してくれた。ホッとする。


「ミュー、ジタロー様に対してその態度は何?」


「何、と言われても、いきなり下僕になって忠実に従えと言われる方が無理な話なのです。いくら姉様の言葉でも、こればっかりは改められないのです」


「ミュー?」


「痛たっ、み、耳を引っ張られると痛いのです。姉様!」


「じゃあ、ジタロー様への態度改める?」


「ニケ、俺は別に気にしてないから。喧嘩はやめてよ」


 そもそも下僕になって従え云々もニケが勝手に言っただけで俺はそこまで求めてないし、ミューの言うことは尤もだと思うし。


「ジタロー様がそういうなら……。ミュー、ジタロー様は寛大だから許してくれるけど、あんまり態度が悪いと私がお仕置きするからね」


「解ったのです。……ちゃんと謝りたいから、耳を貸してほしいのです」


 俺はしゃがんで、ミューに耳を貸した。


「……姉様、昨日お前の部屋に行って帰って来てからずっとお前のことばかり良く言うのです。姉様を誑かしたこと、絶対に許さないのです」


「…………」


「ミュー、ジタロー様になんて言ったの?」


「……ちゃんと謝ったのです」


 平然と嘘を吐いたミューは、口パクで“余計なこと言ったら、呪うのです”と言っていた。


 あー。嫌われちゃってるなぁ。

でも、いつか頭を撫でさせて貰えるくらいには仲良くなりたいものだ。


「ジタロー様、ミューが何か失礼なことを言ったなら私が代わりにお仕置きしておくから」


「いや、アヤマラレタヨ」


 ニケのお仕置きでミューにもっと嫌われたくなかったので、ニケには嘘を吐いた。


「オレも挨拶して良いか?」


 ミューの挨拶が終わったのを察したドラゴン娘が、胡坐座りのまま手を上げた。


「どうぞ」


「オレの名前はファルニーフ! 誇り高き竜人族ドラゴニュートの戦士だ! 仲の良い奴からはファルって呼ばれてるぜ!」


 ドラゴン娘――ファフニール? のファルは、シュタッと立ち上がりって決めポーズをしながら自己紹介をした。


 飛び上がった時にお大きな胸がバルンと揺れた。丈の足りてない奴隷服が捲れあがって、健康的な褐色のむっちりした太ももどころか鼠径部まで少し見えてしまう。

 そうだ。ニケの時もそうだったけど、奴隷ってパンツ履いてないんだ。


 目のやりどころに困った俺は、少し視線を反らした。


「あ、ああ。えっと、俺もファルって呼んでいいのか?」


「構わないぜ。既にミューとニケも、オレのことはファルって呼んでるしな!

それと、あの儀式から助けてくれたことと両脚を治してくれたことは礼を言うぜ。ありがとな! 竜人族ドラゴニュートは受けた恩を忘れない。オレに出来る範囲なら、力を貸すから気軽に言ってくれ」


「よ、よろしく頼むよ」


 俺が手を差し出すと、ファルは触れるように握り返してきた。


 触れただけなのに、ファルが物凄い力の持ち主であることが伝わってくる。握らないのは、うっかり俺の手を潰さないようにという気遣いなのだろう。


「ああ、でも……オレは、誇り高き竜人族ドラゴニュートだから自分よりも強い者の下にしかつかねえ。それは大恩人のアンタでも変わらねえ。もし、オレを忠実な下僕とやらにしたいなら、オレと戦ってオレを倒してくれ。決闘ならいつでも受けて立つぜ!」


「い、いや、その予定は今のところないかな……」


 ニケはファルの態度も気に入らないのか食ってかかりそうな雰囲気だったけど、どうどうと手で制止すると口をもごもごさせながら言葉を飲み込んでくれた。


「あー、じゃあ自己紹介するな。えっと……俺の名前はジタローだ。別に助けたこととか治したことを恩に着せるつもりはないし、下僕になれと言うつもりもない。

 俺には女神アストレア様に与えられた使命があるから、それを手伝ってもらいたい」


「アストレア……? 聞いたことない女神様なのです」


「よく解んねえけど、解ったぜ!」


「ジタロー様の使命は、私の使命よ。何だってするわ。……それで、その使命って言うのは一体何なの?」


「ああ。まあ、アストレア様の知名度が低いから布教することと、勇者を探すこと、あとは……世界の法を犯した勇者の召喚者を裁くことって感じかな?」


 軽く説明すると、ニケは驚愕、愕然としたような顔をしていた。


「じ、ジタロー様。勇者の召喚者を裁くって、意味、解って言ってるの?」


「そ、そんなの、口にしただけで不敬罪。衛兵に聞かれていたら速攻で監獄送りなのです。だってそれは、この国の王様を殺すって宣言なのです……」


 ニケの服の裾を強くつかみ震えているミューの呟きに、ファルが目を輝かせた。


「何!? ジタローは、この国の王様ぶっ殺すのか!?」


「しっ、声が大きいのです!」


 ミューがファルを睨む。


三人の反応で、俺は初めて事の重大さを理解した。


 確かに、勇者召喚をするのって小説とかでも王族とか王様のイメージあるわ。俺を召喚した縦ロールも姫って呼ばれてて王族っぽかったし……。


 漠然と、アストレア様に頼まれた使命だから果たさないと、って思ってたけどそうだよな……。


「……因みに、勇者は探してどうするつもりなのです?」


「勇者は『絶対服従紋』で操られているから、俺の『治す』で開放する」


「……なるほど、解ったのです。そう言うことなら、ミューは全力で協力するのです。母様と姉様を苦しめて、父様を殺したこの国には恨みがあるのです」


「オレも、この国の王は絶対にぶっ殺したいって思ってたから全力で協力するぜ!」


 ミューの黒い瞳はメラメラと復讐に燃えていた。ファルも乗り気の様子だった。


 ニケは剣を強く握りしめて、震えながら俯いていた。


「私は、ジタロー様に凄く感謝している。私をあの暗い檻から出してくれて、ミューも助けてくれて。だから、どんな目的でもついていくつもりだった。……なのに、私たちに仇討ちの機会まで与えてくれるなんて。ジタロー様こそ、私にとっての神様よ」


 ニケは開いた目から涙を流しながら、満面の笑みを浮かべていた。


 な、なんか、ニケだけ反応が少し異常というか過剰というかで少し怖いけど、俺の使命がミューやファルの意志と合致していたのは助かった。


目的が一緒なら、行動を共にしやすくなるし、仲良くなれる確率も上がるだろう。


 敵の敵は仲間理論から、本当の仲間になることはそう珍しいことでもないはずだ!


 一段落着くと、腹が減っていることに気づく。


「とりあえず、挨拶は済ませたし……飯にするか!」


「飯! 食わせてくれるのか?」


「ああ。衣、食、住は保証するぞ」


 そう言うことで、俺たちは宿を出て飯を食べるために町に出る。


 飲食店は、亜人入店禁止か、亜人用の特別メニュー(クズ野菜の切れ端とか、生肉が少しこびりついた骨とか)があって亜人を床で食わせるタイプの店しかなかったので断念。


 屋台も、亜人に食わせるなら売らないとか言い出してきたので、一度ニケ達には人目のつかない場所に移動してもらって、俺が一人で四人分買い込むことで何とか朝食を入手することに成功した。


 薄々気付いていたけど、この世界、亜人に対する差別が酷いな。


 ミューは、この国に父親を殺されたと言っていたけど……それと同時に人間そのものを恨んでいたっておかしくない。


 ミューとのファーストコンタクトが上手くいかなかったのは、やきもちだけが理由ではないのかもしれない。


 問題が根深そうなだけに、仲良くなるのは簡単なことではないのかもしれない。


それでも俺はミューやファルと仲良くなりたい。


そのためにはこの世界の人間たちみたいに酷い扱いをしないってことをちゃんと時間を掛けて行動で示していくほかないだろう。


「お待たせ」


 俺は買ってきた何かの肉の串焼きと、めちゃくちゃ堅いバケットを三人に配っていく。俺は朝から串焼きは食えないので、堅いパンだけだ。


 三人とも、もの凄くお腹が空いていたのか、凄い勢いでパンと串焼きを食べ始める。


 俺が堅いパンをもそもそと唾で濡らして柔らかくしながら齧ってる間に、三人とも串焼きとパンと完食してしまっていた。


「なあ、アンタ……いや、大将! オレ、もう一個食いたい!」


「おま……いや、ご主人様。ミューもおかわりが欲しいのです。姉様にも買ってあげて欲しいのです」


「ちょ、二人とも……!」


「はいよ。……そう言えば、この中に牛乳飲めない奴いる?」


「いないと思うけど……どうして?」


「いや、このパン堅すぎてそのままじゃ食えないから牛乳でふやかして食おうと思ってな。ついでだからお前らの分も買ってくるよ」


「ダンナ! オレ、アンタに一生着いていくぜ!」


「見直したのです!」


 ミューやファルと仲良くなるのも、思ってるほど難しいことではないのかもしれない。


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