11話 ニケのけじめと忠誠

「起こしたかしら?」


 ニケは、灯りの点いていない俺の部屋を見ながら聞いてきた。


「い、いや。寝れなくて、天井を眺めてたところだった」


 こんな時間に、一人で……何の用だろう?

 さっきじっくりお礼をするとか何とか言ってたけど、そのために来たということなのだろうか?


 ニケは俺が売店で買った白い無地のワンピースを着て、ショートソードを抱くようにして持っていた。


 刃を向けてミューを助けるために必死だった時から綺麗だとは思っていたけど、やっぱり恐怖とか焦燥感が勝っていたけど、こうしてしおらしい感じで大人しくされていると正統派な美少女って感じで凄く可愛くてドキドキしてくる。


 い、いや、俺は紳士だ。未成年には手を出さない男だ。


 でもまだニケの年齢を聞いたわけじゃないし……未成年だったとしても、頭なでなでとか、耳、尻尾、手足の毛並みをもふもふするくらいはさせてくれるかもしれん。

 ペッティングは明らかアウトだけど、もふもふなら健全だしセーフだよな……?


「と、とりあえず、中に入るか?」


「うん」


 ドアを大きく開くと、ニケは控え目に頷いてから俺の部屋に入ってきた。

 俺は入り口にある宝石に魔力を注いで、明りを灯した。……魔力の注ぎ方は、ステータスが見れる水晶を使った時に覚えた。


 俺は、部屋のベッドに座る。ウキウキし過ぎて、とぼとぼ歩いているニケを追い越してしまった。


 ニケは、俺の正面を向く形で正座する。


 ポンポンと俺の隣を叩いてみるけど、ニケは俯いていて気付いていない。


「そんな床じゃなくて――「ジタロー! ……様」」


 そんな床じゃなくて俺の隣に座れよ(渾身のイケボ)って言おうとしたら、ニケは両手を額を床に着けて土下座をしてきた。

 ショートソードが俺の足元に差し出されている。


「私に、罰を与えてください」


「え? え?」


 じっくりとしたお礼(意味深)を期待していたのに、いきなり土下座された挙句、罰を与えろなんて言われて俺はめちゃくちゃ困惑していた。

 いや、え、ば、罰? な、なんで?


「えっと…………どういうこと?」


「女神の使徒様で、私の主人でもあるジタロー……様に刃を向けたことや、礼を失した言動をしてしまった私に然るべき罰を。煮るなり焼くなりしてください」


「あー、別にその件に関してはニケが急かしたお陰でミューとあのドラゴンっぽい女の子を助けるのに間に合ったわけだし、結果オーライだから気にしなくて良いぞ」


 俺の『治す』は死んでしまっていたら、生き返らないみたいだし。

 もう少し遅れていたら、首と胴体を切り離されて手遅れになっていたあのエルフの子みたいに、ミューやドラゴン娘まで生き返らなかったかもしれないのだ。


 そりゃ脅されたのはちょっと怖かったけど、過ぎた話だ。そんな深刻そうに謝られて土下座されるようなことではない。


「ジタロー様は、聖人だからそう言ってくれるのかもしれないけど……だからこそ、私には、気にしないなんて出来ないわ」


「え、ええ……?」


 確かに俺は、アストレア様の使徒ではあるから定義的な意味では聖人って言えるのかもしれないけど、中身はマジで普通の一般成人男性だぞ?


「ニケは、勘違いをしているんじゃないか? 別に俺は、聖人なんて大層なもんじゃない。だから、その……なんだ? あんまり気負わないでくれ」


「……やっぱりジタローは本物の聖人様よ。今まで、神に仕える“聖人”を何人も見てきたけど、みんな尊大で驕っていて、強欲で、何かとあれば寄付と称してお金を招集し、罰と称して無辜の民に理不尽な暴力を働いていたりしたわ」


「お、俺はそんなことしないぞ?」


 ……って言うか、この世界の聖職者ってそんな感じなのか。嫌だな。


「解ってるわ。……ジタローは、私が今まで見てきたどの“聖人”とも違う。本物の神様の力を持っている使徒様で、今まで見てきたどの“聖人”たちよりもずっと偉いはずなのに、全然威張らないし、それどころか、ずっと私のことを気遣ってる」


「お、おう……」


 気遣ってる……? かどうかは解んないけど、面と向かって褒められると言葉に詰まってしまう。っていうか、女の子を土下座させ続けてるのは心が落ち着かないし、ニケには早く頭を上げて欲しかった。


「そ、そのとりあえず頭を上げてだな……「だからこそ――そんなジタロー……様の下僕としてこれから仕えていくからこそ、私はケジメをつけたいの」えっと……」


「ジタロー様は、剣を持った私を部屋に上げたり、金貨や魔道具が入った魔導袋を預けたり……、私のことを信頼してくれていた。最初っから『絶対服従紋』も解除して――でも私は、そんなジタロー様の剣を盗んで刃を向けて脅した。

 一度ジタロー様を裏切った私が、二度裏切らないとは限らないのに、ジタロー様は私のことを疑わず、信頼してくれた!」


 それは……確かにちょっと不用心だったかもしれない。


 絶対服従紋を解除したのは不可抗力だったけど、全財産が入ったマジックポーチを預けたのは軽率だったかもしれない。


 でも、平和な日本で育ってきたから、そのまま盗んで逃げられるかも……みたいな発想はあんまりなかったし、正直ニケはそういうことしない子な気がしてた。


 そして実際、あんな裏切った内にも入らないようなアレをこうして律儀に謝罪しているニケは信用できる。俺の見る目は間違っていなかった。うん。


「とりあえず、一旦頭をね……」


「ジタロー様は、奴隷で亜人の私のお願いを聞いてミューを助けてくれたし、手足を失った奴隷だった私を買って治してくれた。だから、これから私はジタロー様の下僕として仕えて、じっくり恩返ししていくつもりです」


「う、うん……」


 下僕になるって言うなら、一回俺の話を聞いて頭を上げて欲しいんだけど……。


 ってか俺としては、道中の護衛をしてくれたり、偶にスキンシップとかしてくれればそれで良いし、下僕になって欲しいとか仕えて欲しいとか思ってないけど……。


「これから、ジタロー様の下僕として仕えて恩返ししていきたいと思ってるからこそ、罰を与えて欲しいんです。今回のケジメをきっちりつけたいんです。じゃないと私は、ジタロー様への罪悪感に圧し潰され続けることになります」


「う~ん……」


 そう言われると困ってしまう。

 ニケが俺への罪悪感を持ち続けるのは本意ではない。とはいえ、罰を与えるって言ってもなぁ……。あ、そうだ!


「じゃあその、ニケが俺の為に今後頑張ってくれるってことが罰ってことで……」


「そんなの、ジタロー様の下僕になるなら当たり前のことです! 罰でもなんでもありません」


「で、ですよね……」


 気障なセリフで誤魔化せないかと思ったけど、それで納得するならニケはとっくに俺の隣に座ってもふもふのお礼をさせてくれてることだろう。……あっ!


「そう言えば、ニケって歳はいくつなの?」


「15、ですけど……」


 15歳。未成年だ。

 ……い、いや、成人してても、こんな誠心誠意謝罪してるニケに“罰”と称してエッチなことを要求するのは人として最低過ぎる。なんで年齢聞いたんだよ、俺……。


 ニケに聖人とか立派とか褒められてるのに、自分で思ってたよりも下種な発想をしてしまった罪悪感で胸が痛い。


「いや、その……ニケの耳とか尻尾をもふもふさせてもらうのが罰、とかどう?」


「ジタローが、私の耳とか尻尾を触るってこと……?」


 ニケは頬を染めて、耳をひょこひょこさせながら尻尾を振る。

 かわええ。触りたい。


「う、うん。ダメかな?」


「ジタロー様、私は罰の話をしているんです! そんなのじゃ、罰にならないわ!」


 ニケは目を細めながら、声を荒げた。

 15の女の子にとって、25のおっさんに頭撫でられたり身体の一部を触られたりするのってまあまあ罰ゲームだと思ったんだけど……。


 怒られてしまった。


 しかし、罰を与えろと言われても、人に罰を与えたことがない俺は何をすればいいのか解らず、困ってしまう。


 罰、お仕置き……う~ん。


「じゃあお尻ぺんぺんとか?」


「…………ッ!? そんな、子供みたいな……」


 ビクッ、とニケの身体が震える。よっぽど嫌なのか、耳が丸まっていた。


 いや待って。なんか子供の頃自分がされてたお仕置きと言えば、押し入れに閉じ込めるかお尻ぺんぺんで、今押し入れないからお尻ぺんぺんって提案したんだけど、冷静に考えて年頃の女の子のお尻を叩くってヤバいな。


「あ、いや、ごめん。嫌なら良いんだ」


「嫌じゃない……って言ったら嘘になるけど、ジタロー様が提示した罰だもの。受け入れることにするわ」


 そう言って、ニケはようやく頭を上げた。


 罰としては、納得したようだ。

 ……正直、女の子のお尻を叩くなんて可哀想だしあんまりやりたくないけど。他にニケが納得できる罰を思いつくかと言われれば微妙だ。


 ニケに「どういう罰なら良いんだ?」って聞いたら、俺が想像を絶するようなエグい罰を提案されそうで怖いし、バランス的にはいい塩梅だったと思うことにする。


 ニケは、俺に背を向ける。


「ニケ。こっち来て」


 俺は、背を向けたニケにポンポンと膝を叩いた。

 ニケは、顔を赤く染めながら後ろの壁と俺の顔を交互に見ている。


「……本当に、子供にお仕置きするみたいにするのね」


「不満か?」


「ううん。……恥ずかしいけど、そっちの方が罰になるもの」


 ……い、いや、そんなつもりはなかったんだけど。


 ニケは、俺の膝の上に乗っかった。

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