45話 亜人大粛清

 精霊人の里は森の中にあり、その生活は木々と共にあった。

 ニケたちの穏やかで幸せな生活を守り続けていた里の木々は侵食する炎によって、焼き尽くされた。


「里の木々には魔術が掛けられていて、下手な防壁よりもずっと頑丈で燃えにくいはずなんだけど……」


 勇者の炎は、それすらも蝕み焼き尽くしたわとミネルヴァさんは語る。


「森が燃やされたのだから、逃げるしかなかったわ。だけど……」


 森は既に、カイマン王子率いる召喚勇者3名と1000を超える騎士の軍勢に包囲されていた。正しくは、炎から逃れるように森を出ると1000勇者2人と900の騎士達に囲まれるようにおびき出された。




              ◇



「うっひょー! エルフだ! 女の子もいるぜ! 奴隷ハーレムだ!」


「タクト、お前は相変わらず馬鹿ですね。彼女たちは精霊人ですよ。まあ、僕たちにとって使用用途はエルフと相違ないのですが」


「我らにはあるのだ。……精霊人の心臓は、異世界から勇者を召喚する上で重要な素材になる。見た目の良いエルフ奴隷ならいくらでも用意してやるから精霊人の身柄はこちらに渡してくれ」


「はぁ? アイツらとヤれねーの?」


「……カイマン殿下。精霊人の心臓が必要なだけで、処女である必要とかはないんですよね?」


「まあ、そうだな」


「でしたら、捕まえた精霊人で少し遊ぶくらいは良いでしょう? 召喚には魔導士の用意も必要だと聞きますし、僕たちが遊ぶ暇くらいはあるはずです」


「……ふむ。まあ心臓さえ無事なら、精霊人をどう扱うかまでは咎めんよ」


「なんだ? 精霊人とハーレムセックスしていいのか?!」


「ハーレムには加えられないけど、セックスしていいってことです」


「うっひょー! この国の王子は、話が解るタイプでラッキーだぜ!」


 茶髪のチャラそうな男と、黒髪眼鏡の男――二人の勇者。金髪碧眼で目鼻立ちの良いイケメン、カイマン王子は、森を焼かれ燻し出された精霊人たちを前に下種な会話を繰り広げていた。


「貴様ら……ワシらを囲んで、勝ったつもりか? 森を焼き払った罪、その命をもって償わせてくれるわ!」


 怒り心頭の里長が前に出て、怒りに任せるままに大量の魔力を込め、極大威力の魔法を放つ。


「ふん。彼我の戦力差が見えてないのですか? 大人しく捕まってくれれば、痛い目に遭わずに済むのに愚かですね。『倍反射』」


 里長の放った極大の炎魔法に眼鏡の勇者が振れると、二倍の大きさになって帰ってくる。


「なんと……!」


「「「「魔法障壁マジックバリア!!」」」」

「「「「水壁ウォーターウォール!!」」」」


 精霊人の里で最も長く生き、最も強力な魔法を扱えるように至った里長の渾身の一撃。それを更に倍にした威力が帰って来たのを防ぐために、精霊人たちが大量の魔力を注ぎ込んで防御を展開する。


 それだけで、約八人の精霊人の魔力が枯渇した。息も切れている。


「す、すまん。儂が不用意に魔法を放ったばかりに……」


「いえ。勇者の力は未知数。今回は結果的に相性が悪かっただけで、先手必勝を狙うのが必ずしも悪手とは言えないでしょう」


 精霊人の一人が慰めるけど、里長は俯いていた。


「ミネルヴァ、里長と魔力が枯渇した者、そしてニケとミューを連れて逃げてくれ」


 ニケの父は、剣を抜きながらそう言った。


「……アナタっ、そんなっ」


「なんだ、そこの女は人妻かよ。結構タイプだったけど、処女じゃねえなら良いや! 『縮地』ッ!」


 キンッ! その瞬間、茶髪の勇者の剣とニケの父親の剣檄が交差した。


「チッ。首切るつもりだったんだけどなぁ、面倒くせぇ」


「俺は戦士として生きて来た。借り物の力に殺されてやるほど弱くないつもりだ」


「おい、ミネルヴァ早くしろ! ……背に守りながらだと戦いづらい」


「解った。里長、それからみんな、私が先導するわ。着いてきて」


「ぐぬぬ、すまんのぅ」


「貴方、私たちはニンフィの方に向うわ。必ず無事で会いましょう」


「ああ、勿論だ」


 ミネルヴァは騎士の軍勢の上に水魔法で氷の槍を大量に展開する。


「その『倍反射』、降り注ぐ攻撃は返せるのかしら」


「……少しは頭を使えるようだな。僕は処女厨ではないから、生け捕りにしたらお前を真っ先に犯してやる」


 降り注ぐ氷の槍に、騎士たちが気を取られている間にミネルヴァ、ニケ、ミュー、里長と8人の精霊人たちは勇者と騎士の軍勢から離れていく。


「おい、8つ心臓があれば二人は召喚できるんだ。追いかけろ、逃がすな!」


 カイマン王子の命令によって、200人ほどの騎士が追ってきた。

 しかし、騎士たちだけでは逃げるために妨害の為に魔法を放ち続けるミネルヴァたちを対処し、追いかけるのは難しかった。


 精霊人たちも、大規模な魔法はもう使えないものの、少し無理をすれば小さな魔法くらいを使うことは出来る。


 勇者二人と、800の騎士の軍勢を相手取るニケの父と40人ほどの精霊人たちに対する心配は残るが、逃げることだけを考えればミネルヴァたちはニンフィに辿り着くことが出来る。


 亜人大粛清以降、ニンフィは亜人たちが寄り集まって対抗組織を結成しているとのうわさもあった。もしかしたら援軍として助けてくれるかもしれない。


 ミネルヴァたちは必死に逃げた。


 だけど、それも長くは続かなかった。


「『縮地』ッ!」


 縮地で長い距離を一瞬で移動してきた茶髪の勇者が、逃げていたミネルヴァたちの前に立ちふさがったからだ。


「ホムラの奴が戻ってきたからな、俺はお前らを追いかけるように、ってな。まあ、俺も勝負に一区切りはつけられてたしそれ自体は文句ねえんだけどな」


 そう言って茶髪の勇者は、白い毛並みの生首を地面に放り投げ踏みつけた。


「ハハッ、何が借り物の力に負けるほど弱くない、だよ。瞬殺だったぜ、あんまりにも弱すぎて笑っちまうよなぁ!!」


 死んだニケの父の生首を踏みつけながら、茶髪の勇者は高笑いする。


「嘘、あなた……」

「パパ……」

「父様……」


 必ず生きて戻って来ると約束した父が死んだ。首だけになって、しかもそれが目の前の外道に辱められている。


 呆然、怒り、悲しみ、嘆き。あらゆる感情が、彼の妻、娘たちの胸の内を支配した。


「まあ、いいや。俺は年増の中古には興味ねえけど、そっちの娘は小さいしまだ処女だよなぁ? ロリは嫌いじゃねえし、そもそもお前らはどうみても精霊人じゃないから、頼めば俺の奴隷ハーレムに加えさせてくれるよな? そうだよなぁ!? その猫耳たちは俺の性奴隷として一生飼ってやるぜ!!! 『縮地』」


「うがぁああああ!!」


 瞬間移動した茶髪の勇者は、ニケ達の後ろにいた精霊人の男の腕を切り落とす。腕を切り落とされた精霊人の男は痛みに悲鳴を上げた。


「ニケ、ミューを連れて二人で逃げなさい。……こいつは、命に代えても私が殺す」


「は? 俺はお前に用はねえよ。お前に用があるのは、ミチルの方だ」


「……私には、あるのよ。絶対に殺してやるわ」


 最愛の夫を殺され、娘までをも凌辱しようとしている目の前の男は絶対に殺しておかねばならない。涙を流したミネルヴァは極大の魔法を唱える。


「ミネルヴァ、儂の心臓を使ってくれ。さっきので魔力は尽きたし、儂のせいでこやつらの魔力を悪戯に消費させ、お前の夫まで殺してしまった。……精霊人の心臓は、魔法の効果を増大させる。ミネルヴァ、せめて儂の命を有効活用してくれ」


「里長!?」


「……どの道、このままでは状況が不利。ミネルヴァ、お前が負ければ儂らの心臓はあいつらに悪用されるのじゃ。頼む」


「ニケ、ミューを連れて逃げなさい」


 里長が懐から取り出した刀で自らの腹を刺すのと同時に、ミネルヴァは叫んだ。

 ニケはミューの手を取り、一目散に逃げだす。ニンフィの方へ。


「ミネルヴァさん、俺たちの心臓も使ってくれ。……里を焼いたあいつらを殺すために使って欲しいんだ」


 爆発音が響く。ニケ達を追いかけていた騎士達が爆発四散していく。


 精霊人の心臓を犠牲にした超極大威力の魔法が、騎士たちを大量に殺戮する。


「……仲間を犠牲にして、儀式を。追い詰め過ぎたか。精霊人たちが自爆戦法を取り始めた、このままでは被害の方が大きくなる。撤退だ」


「なっ!?」


「逃げるな、卑怯者ぉぉおおおお!!」


 カイマン王子の判断は早く、精霊人たちがミネルヴァに心臓を託すために自らの腹を斬り裂いて倒れたタイミングで撤退の判断を繰り出した。


「タクトも撤退だ。深追いをするな!」


「チッ、クソが『縮地』」


 間一髪で、ミネルヴァの大魔法から逃れた茶髪の勇者はカイマン王子の指示に従って撤退する。


「逃がすわけ、ないでしょ……! 融合交霊術式――真精霊化!」


 ミネルヴァは、腹を斬り裂いた精霊人たちの覚悟を無駄にしないために全ての心臓を使って、自らの精霊人としての血筋を覚醒させ、その存在を一時的に本物の精霊に近づける。


 ミネルヴァは、巨大な水の塊となってカイマンたちを追いかける。


 一歩進むごとに、氷の槍の雨が降った。


「……あんな姿になっても、自棄にならないのか。大質量の魔法を放ってきたら、倍にして返せるのに」


 眼鏡の勇者がぼやく。しかし、彼がいるせいで圧倒的な魔法の力を得ても大質量で圧し潰せなくなっていた。それでもミネルヴァは、仲間と夫を殺された無念を晴らすためにカイマン王子たちを追い回し続けた。


 一方で、熾烈な戦闘から逃れてニンフィを目指すニケとミューは、その道中で、奴隷商人の私兵団に遭遇していた。


「カイマン王子の、精霊人の里焼き討ち作戦。精霊人は高く売れるから、おこぼれの一匹でも拾えればと思って来てみたけど、来たのは子猫二匹か……」


「確か、精霊人と猫獣人の冒険者の夫婦がいたはずです。このタイミングで逃げだしてきてるってことはもしかしたら……」


「半精霊人ってことか……」


 ニケは、自分を逃がすために戦った父の遺志を継ぐために、そして大魔法を使ってカイマン王子と戦ってるミネルヴァに代わってミューを守り通すために死力を賭して奴隷商人の私兵団に抗った。


 しかし、奴隷商人の私兵団はB級冒険者相当の実力者が10人。


 それにニケとミューは、今まで里で平和に暮らしていて、死んだ父親の生首が散々踏みつけられたり、優しかった里の人たちが死んでいく凄惨な光景を見せられて、心も疲弊していた。


 ニケは片腕を片脚を失いながらも、3人を殺した。ミューは、自分を守るために戦っているニケと助けるために魔法を使って2人殺した。ミューの魔法は強力で、あまりにも危険だったために、拘束するために四肢を切り落とさざるを得なかった。


「クソッ。雇ってた冒険者5人を失って、得たのが四肢が欠損した奴隷2匹。大赤字た!」


「……まあ、半精霊人なら素材や奴隷として高く売れるやもしれません」


 純精霊人と違って半精霊人の魔術素材としての適性は低く、四肢欠損していて愛玩用としても需要がなかった彼女たちは様々な町の奴隷商人をたらい回しにされて、最終的にファリウス奴隷商店に並べられ……


 後は知っての通り、ジタローに買われ欠損を治され、今に至る――

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