21話 神託と姉妹の絆

「財布は空になったけど、悔いはないぜぇ。俺様は五体満足なんだ。明日からいっぱい稼ぎゃぁ良いだけさァ。ケヒヒヒ」


 酔いつぶれたセッカマを冒険者たちに任せて、俺たちは昨日も泊まった宿に戻る。


 良い宴会だった。

 この町に来てから、ニケたち亜人に対する差別はあまりにも酷くて何度もうんざりさせられてたけど、あの宴会は種族間の軋轢や溝をお酒が良い感じに緩和していた。


 そりゃ、それなりに距離があるのは見て取れたしぎこちなさもややあったけど、それでも一緒の食卓を囲んで、一緒の話題で盛り上がれるというのは良かった。


「……ジタロー様のお陰で、楽しかったわ」


「そうか」


 俺のお陰かは解らないけど、ニケがそう言ってくれるなら俺も嬉しい。


「もう何も食えないぜ」


 ベロベロに酔ったファルが幸せそうな顔で言う。

 ファルに肩を貸しているニケは、鼻を摘まんで顔を顰めた。……ファルの食欲は相変わらず旺盛だったのに加えて、酒も浴びるように飲んでいたからな。


 ファルの飲みっぷりには、冒険者たちも大盛り上がりだった。

 

「……ファルをベッドに寝かしてくるわ」


「ああ、また明日な」


 部屋に戻った俺は、法服を脱いで椅子に掛けてからベッドに転がる。


 風呂に、入りたいな。


 この宿――中世レベルの世界っぽいからおかしな話でもないんだろうが――水道すら通ってない。


 身体の汚れは『治す』で綺麗に出来るし、今日一日着てみた感じ法服も汚れないっぽい(宴会の時、ちょっと飲み物溢しちゃったけど一瞬で綺麗になった)けど、やはり日本人としてはお湯でさっぱりしたい。


 そう言えば、ミューは色んな魔法を使えるって言ってたけど、お湯とかも出せるのだろうか? ……明日、聞いてみるか。


 椅子に掛かっている法服を見る。


 あの後、宴会中にも『ジタロー教団』じゃなくて、『神聖アストレア教団』だって訂正を試みたんだけど、全然聞き入れてもらえなかった。


「アストレア? そんな名前の女神、聞いたことないっすね」

「ジタロー様って、そのアストレアって女神様の使徒なんですよね? だったら、ジタロー様を崇めても一緒じゃないですか?」


 とか、そんな感じで全然話にならなかった。


 絶対一緒じゃないだろ。……あ、アストレア様じゃなくて俺が崇められるの、あまりにも畏れ多い。

 アストレア様の機嫌を損ねたらどうしよう……。


 ――我は、そのようなことで機嫌を損ねたりせぬ。


 !?


「あ、アストレア様!?」


 アストレア様の声が頭の中に響いて、驚いた俺はそのまま飛び起きた。


「その、アストレア様、すみません。アストレア様のことを布教しようとしたのですが――」


 ――ああ、見ていたぞ。ジタロー教団なるものが設立されていたな。


「は、はい、すみません。その、わざとじゃないんです……」


 ――良いではないか。


「ひぃ、ごめんなさい! 許し……えっ?」


 ――我と使徒であるジタローは一蓮托生だ。信徒の崇拝の対象が其の方であるか、我であるかは大した違いではない。引き続き励め。


「は、はい」


 俺はアストレア様の使徒だから、俺に対して捧げられた祈りはそのままアストレア様への祈りにもなるってことなのだろうか?


 引き続き励め、って言われたから褒められてはいるんだろうけど……。


 ――そういう解釈で構わぬ。それとジタロー、そう一々怯えるでない。ジタローは我にとって唯一人の使徒なのだ。急に裁き、罰することはない。


 そう告げるアストレア様の声色は、少し寂しそうにも感じられた。


 城に降臨し、禿げジジイと縦ロール姫を処刑したアストレア様は明らかに人智を超えた存在で畏れないというのは不可能だけど、アストレア様はずっと俺の味方でいてくれているのも事実だ。


 助けられ続けているのに、必要以上に怯えるのは失礼だろう。


 ――それよりも、ジタローよ。我が与えた使命を覚えているか?


「え、も、勿論です! ……信者を増やすこと、世界の理に反したものを裁くこと、それから勇者を探して開放すること――ですよね?」


 ――そうだ。特に我が最も重要とするのは、勇者の解放である。


「は、はい」


 ――神託を授ける。……エドワードの街へ行け。そこには、勇者がいる。


「エドワード……ですか?」


 ――うむ。今、ジタローがいる町からそう離れているわけでもない、大きな街だ。其の方の祈りによって少し力を取り戻せたから、居場所を見つけることが出来た。


「そ、そうですか。解りました。エドワード、ですね」


 ――うむ。ジタロー。其の方の働きには、期待している。


 そう言い残して、アストレア様の厳かな気配は霧散した。


 エドワード……。大きい街らしいし、遠いわけでもないらしいから、ニケ達に聞けばきっと知ってるだろう。


 明日になったら、相談しようと心のメモ帳に書き込んで今日は眠りに就いた。




                   ◇



 ――三人称視点――



 部屋に戻ったニケは、酔いつぶれたファルをベッドに寝かせると、俄かに服を脱ぎ始めた。


 やせ細っていた身体の肉付きは、昨日よりほんの少しだがマシになり血色も良くなっている。ニケの容姿は、美少女と言って差し支えないものであり、彼女の下着姿はやや細すぎとはいえ目にした異性の劣情を煽るだろう。


 だけど、この部屋にいるのは妹のミューと爆睡しているファルだけで、ニケに厭らしい視線を向ける者はいなかった。


 ショーツに包まれたニケのお尻には、ジタローに叩かれた痕の赤い手形がまだ少し残っている。


 ミューもニケに倣って服を脱いでいた。


 黒いコートと紫のワンピースを脱ぎ、更にキャミソール型の下着も脱いだ。


 それから、宿に備え付けられていた2枚のタオルを水魔法で濡らし、火魔法で良い感じの温度に温める。

 ミューは魔法で、即席の温タオルを作り出していた。


「これ、姉様の分なのです」


「ありがと」


 ニケはミューからタオルを拭き取り、身体を拭いていく。

 ミューも身体を拭いていく。


「ミュー背中ちゃんと拭けてないじゃない。ちょっと貸して」


 ニケはミューのタオルを少し強引に奪い取って、ミューの身体を拭いていく。


「あひゃひゃっ、く、くすぐったいのです、姉様」


「我慢して」


「あひゃひゃっ、ひぅっ」


 背中を拭かれ、最後に尻尾を拭かれたミューはちょっと艶めかしい声を漏らす。思いの外大きい声が出てしまったミューの顔はほんのり赤かった。


「ミュー、可愛い声出すじゃない」


「……うるさいのです。次は姉様の背中を拭くのです」


 ニケに揶揄われたミューは、照れ隠しをするようにニケからタオルをひったくる。


「姉様、背中を向けるのです」


「い、良いって、自分で拭くから!」


「ミューは、久しぶりに姉様と再会できたから、背中くらい拭かせてほしいのです」


「うぅ……じゃあお願いするわ」


 ニケは諦めてしゃがみ込み、ミューに背中を向ける。

 ミューはニケの背中を拭き始めた。ニケの白い毛並みが生えた背中を、タオルで拭く。ブラの中に手を突っ込んで、そこまで念入りに拭いていく。


「ちょ、そこまでは、ひぅっ、く、くすぐったいじゃない」


「ぐっ、仕返しのつもり?」


「そんなんじゃないのです。でも、姉様の声は、すっごく可愛いのです」


 そう言ってミューはニケの背中をタオルでなぞり、尻尾を掴んで吹き上げる。


「んっ、」


 ニケの腰がビクッと跳ねてお尻が持ち上がる。ミューの前に、赤い手形が着いたニケのお尻が突き出される。


「……姉様、これ、どういうことなのです?」


「へ?」


 ミューは、ペロリとニケのパンツを下げた。ニケのお尻は薄っすらと叩かれた痕がついていて赤かった。


「これ、お尻叩かれた痕なのです。誰にやられたのです? ……もしかして、ご主人様……?」


「ち、違うの!」


「違うって、何が違うのです? 姉様のお尻を叩く人なんて、ご主人様しかあり得ないのです。ご飯を食べさせてくれて、装備も買ってくれて、優しかったから信頼できると思ったのに……姉様に酷いことをするなんて許せないのです!」


 ミューは目に怒りの炎を灯して部屋のドアに手を掛ける。

 大好きな姉の尻をあんな赤くなるまで叩いたジタローに、報復をするためだ。


「ち、違うの!」


 そんなミューを、ニケは抱くようにして止めた。


「わ、私からお願いしたの! ジタロー様に!」


「……そんなわけないのです。自分からお尻を叩いてほしいとお願いするなんて、まるで変態なのです」


「うぐっ……ち、違うの」


「……何が違うのです?」


 ミューに直接『変態』と言われて軽く泣きそうになったニケは、しかし、説明に困ってしまう。


 ニケがジタローに罰を与えるように頼んだのは、ニケがジタローに脅すような真似をしたケジメの為だが、ニケが脅すようにした理由の最たるものはミューを助けたかったからというものである。


 ……それを直接伝えると、ミューが、自分のせいで私がお尻を叩かれる羽目になったと思うんじゃないか。そう思ったニケは言葉に詰まった。


「い、いや、その、本当に違うのよ」


 ただ、ミューがジタローに報復に向かうのは何としてでも止めなきゃならない。


 縋るように、泣きそうに止めてくるニケを見て、ミューは何かを察したように肩を落とした。


 ミューは姉であるニケのことが大好きだ。生まれた時から13年間、ずっと一緒にいるから、ニケが本心を隠して辛いのを我慢しているとかそう言うのは見れば解る。


 ……今日一日、ミューから見たニケは幸せそうだった。


 ジタローを様付けで呼び、崇拝するような態度は別に強制されたようなものではないように見えた。


 ミューは、ニケが少し遠くに行ってしまったような気がして寂しくなった。


「……解ったのです。ミューには姉様の幸せを否定する権利はないのです。デビクマ、こっちにくるのです」


「クマー!」


 ミューは使い魔のデビクマを抱き、そのままベッドに入る。


「ええ……」


 ミューの誤解を解く言葉を見つけられずにいるニケは、まだ少しジンとした痛みの残る自らのお尻を撫でた――

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