22話 エルリンからの旅立ち

 今日も、ニケのドアノックで目が覚めた俺は部屋の外に出る。


「おはよう、ジタロー様」

「おはようだぜ、ダンナ!」

「…………」


「おはよう」


 ニケが澄まし顔で挨拶をし、ファルは昨夜酔いつぶれてたのが嘘みたいに朝から元気溌溂だ。ミューは……昨日ちょっと打ち解けられたと思ったんだけど、デビクマをぬいぐるみみたいにぎゅっと抱いてむすっと黙り込んでいる。


 その視線はニケのお尻と俺の手に交互に向けられている気がした。


 …………?


「とりあえず、朝飯食いに行こうか」


「飯、やったぜ!」

「ありがとう、ジタロー様」


 ファルが大袈裟に喜び、ニケが頭を下げる。ミューも目をキラキラさせていた。


 今日でこの町は出ていくつもりなので、宿を引き払ってから外に出た。


「「「ちゃーっす! おはようございます、ジタローさん!」」」


 宿を出ると、町を歩いていた冒険者たちに頭を深く下げて挨拶される。


「お、おはよう」


「おい、お前、早くセッカマさんを呼んできやがれ! ドヤされるぞ」

「おはようございます、ジタローさん。今から、どちらに?」


 気の弱そうな冒険者が走ってどっかに向かう。もう一人の冒険者は、ニコッと媚びたような笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。


「朝飯を食おうと思ってな」


「それでしたら、俺たちで買ってきますよ!」

「任せてください」


「そうか。助かるよ。パンと牛乳と、あと適当に肉系の奴。4人分買ってきてくれ」


 俺はそう言いつつ、ニケの腰のポーチから取り出した銀貨を冒険者たちに渡す。


「え、ええ、金を俺たちに渡してくれるんですか!? それもこんな大金!」


「買って来てくれるだけで助かるしな。お釣りは取っといてくれて良いぞ」


 渡した銀貨は7枚。昨日のニケ達の朝食代は5枚だったから2枚は冒険者たちの取り分だ。


「でっけぇ。ジタローさん、いや、親分、器でけーっすアンタ」

「おい、お前、釣り貰えるからってケチな買い物すんじゃねえぞ。ジタローさんの顔に泥を塗ったらセッカマさんに殺されちまうからな!」

「わかってらぁ!」


 冒険者たちはお金を握りしめて、朝の市場に買い出しに出かけた。


 昨日は、亜人に食わせるものはないとか言われて朝飯を買うだけで一苦労だったけど、今日は冒険者たちが買ってきてくれたからすんなりメニューが揃った。


 俺たちは、落ち着いて食べれる場所を確保するために冒険者ギルドに向かった。


「おはようございます、ジタロー様」

「「おはようございます」」


 冒険者ギルドに行くと、昨日助けた三人の女性たちがいた。


「ああ、おはよう。……何で冒険者ギルドに?」


「ジタロー様の計らいのお陰で、ここで働けることになりました」

「ジタロー様の奇跡のお陰で身は清らかな状態に戻りましたが、盗賊に攫われた娘に居場所何て本来ないはずでした」

「ジタロー様のお陰で壊れた心や、失われた処女を治していただいただけでなく、社会復帰まで助けてくれるとは……」


「「「ジタロー様、ありがとうございます」」」


 三人の女性たちは膝を着き、まるで神様に祈るみたいにしてお礼を言ってきた。


「い、いや、これも全てアストレア様のお陰ですから!」


「「「本当にありがとうございます、聖者ジタロー様。この恩は一生忘れません」」」


 聖者!? 別に俺、特別善人とかいうわけでもなんでもないのに聖者とか聖人とか分不相応な称号が何故か定着しつつある……。


 って言うかさらりと聞き流したけど『治す』って失われた処女まで戻せるの?


 いや、でも膜を治したとしてもそれは処女と言えるのか……?


 まあ、別にそれに関してはどっちでも良いか。

 彼女たちは喜んでいるみたいだし、敢えて水を差すこともないだろう。


「ところでジタロー様、今からご朝食ですか?」


「あ、ああ、そのつもりだけど」


「でしたらその、ジタロー様が差し支えなければお手伝いをさせていただきたいのですが」


「……お手伝い?」


 朝食のお手伝い、とは?


「私たちが、ジタロー様にあーんして食べさせて差し上げるのです」

「食事中のマッサージもさせてください。私と彼女で肩と、足を揉ませていただきます」

「少しでも、ジタロー様のお役に立ちたいのです。……ダメ、でしょうか?」


 三人の女性に、肩と足を揉まれながらあーんして食べさせてもらう?


 それ、なんてハーレム?


 女性たちはニケやミューファルのような絶世の美少女たちに比べれば少し見劣りしてしまうものの、日本人の基準からすると綺麗なヨーロッパ系の女性って感じの容姿をしている。


 特に俺にあーんして食べさせてくれると言っている女性はファルほどじゃないにしてもおっぱいが結構大きかった。


 朝から三人の美女に至れり尽くせりされながら、朝食を食べるのはきっと楽しいだろう。


「もちろんダメじゃ――「ダメに決まってるでしょ!」……」


 ニケの大声がギルドに響く。ミューの冷たい視線が俺に突き刺さる。デビクマも、ミューに同調するようにクマーと鳴いた。


 いや、なしだな。うん。冷静に考えて。

 女性三人に囲まれて至れり尽くせりハーレム気分を味わうって言うこと自体は最高の体験になるだろうけど、人目を考えたらなしだ。


 例えるなら、キャバクラで女の子にデレデレするのは楽しいけど、それを仲の良い女友達とか姪っ子とかに見られるのは恥ずかしすぎるし耐え難い。


 そういうことだ。


「あら、貴方には聞いてないんだけど?」


「じ、ジタロー様にあーん、なんて、そんな羨ま……はしたない。ジタロー様は紳士だからそう言ったことは是としないわ!」


「どうかしら? 今、ジタロー様は頷きそうだったわよ」


 ニケと、女性たちが言い争っている。


「なあ、ダンナ。何でも良いけど早く飯食いたいぜ」


 道中先に渡していた串焼きを既にぺろりと平らげていたファルが、言う。


「そうだな」


 言い争いをしている三人の女性と、ニケの仲裁に行くのは恐ろしいので素知らぬ振りをして机に行き、もそもそと朝食を食べ始めた。


「こっちもおいしいのです」


「クマー!」


 ミューは牛乳に浸したパンの切れ端をデビクマに与えていた。デビクマは、ミューに与えられたパンを美味しそうに頬張る。


 昨日の今日で、既にミューとデビクマはとっても仲良しになっていた。


 あとで俺にも撫でさせて貰えないか聞いてみよう。


「クソッ、ジタローさん全然いねえじゃねえ……あ、ジタローさん!」


 餌を食べてるデビクマをほっこり眺めていると、少し乱暴にギルドのドアを開けたセッカマが俺の方に駆け寄ってくる。なんだか犬みたいだ。


「おはようごぜぇます、ジタローさん。朝食ですか?」


「まあ、俺は食べ終わったけど」


「え? もう!?」


「「「そんなぁ……」」」


 俺のは軽めに牛乳とパンだけだったしな。

 俺が朝食を食べている間ずっとニケと言い争っていた三人の女性は、がっくりと肩を落とす。


「それで、ジタローさん今日はどうしやすか? とりあえず“エルリンにジタロー教団あり!”って触れて回りますか?」


「いや、やらないよ。あと、ジタロー教団じゃなくて、神聖アストレア教団って名乗らない?」


「アストレア……? それが精霊なのか女神様なのかも俺様よく解んねぇですけど、実際にこの世界ですげぇことしてるジタロー様の名前を広めた方が解りやすくないですか? ケヒヒヒ」


「ほうね! わたひもほう思うわ!」


 セッカマの言葉に、頬がパンパンになるほど食べ物を詰めているニケが同調した。


 アストレア様は使徒の俺の名前が広まっても、俺を通じてアストレア様への信仰が回復するから問題ないって言ってたけど……。

 俺の名前が尾ひれ付きのエピソードを伴って広まっていきそうで、胃が痛い。


 とはいえこれはもう、昨日から散々説得を試みてるのに頑なに受け入れてくれないから一旦諦める。


「……今日は、もうこの町を出ようと思う」


「……ッ、も、もうこの町を発たれるんですか!?」


「そ、そんなっ、ジタロー様! 私たち、まだ全然恩を返せてないのにっ!」

「も、もう少しゆっくりしていきませんか? 十年くらい!」

「そ、そんな、ジタロー様、行ってしまわれるのですか?」


「ジタローさんほどのお人だ。こんな小せぇ町に収まるような人だとは思ってなかったけどよぉ、あまりにも急すぎやしねぇか?」


 三人の女性たちが嘆き、セッカマにも引き留められる。

 気持ちは嬉しいけど……。


「アストレア様から神託が降りたんだ。使命を果たすために、エドワードの街に急がないといけない」


 時期を指定されたわけじゃないけど、アストレア様から直接仰せつかっているのだ。早いに越したことはないだろう。


「……使命。そう言われちゃ、俺様にゃ引き留められねぇよ」


「そんなっ、ジタロー様、私たちも連れて行ってください!」

「雑用でも、なんでもこなします!」

「私たちを!」


 セッカマが俯き、三人の女性たちが縋ってくる。


「無理言って困らせるんじゃねぇよ。お前らじゃ、ジタローさんの足手纏いになる。……俺様だって同じだ。本当はついて行きてぇけどよぉ」


「セッカマさん……」


 この町で最強の冒険者であるらしいセッカマの言葉に、女性たちは押し黙り、冒険者たちは感心していた。


「ちょっと待っててくれ」


 セッカマがそう言ってどこかに走っていく。


「ジタロー様、私たち、まだ何も出来てないのに」


「……俺に、恩を返したいと言うのであれば日々を懸命に生き、幸せになってください。それが、俺の助けた意味にもなります」


 そもそも、俺の『治す』は召喚された時に貰っただけの力だし、これで大層な恩を感じられても困ってしまう。

 俺は、胡散臭くもそれっぽいことを言って煙に巻いた。


「ジタロー様、やっぱりジタロー様は聖人様」

「私たちは、この町でジタロー様の考えを引き継ぎ、広めることにするわ!」

「私たちに出来る範囲で、ジタロー様へ恩を返して見せます!」


 ……あれ?


「いや、別に恩とかそんなに気負わなくても良いんだからね?」


「流石ジタロー様、あれだけの奇跡を与えてくださりながら私たちを慮ってくださるなんて、なんとお優しい方」

「聖職者なのに、こんなに謙虚でお優しいなんて信じられないわ……」

「私、感動で涙が、ううっ」


 本当に気を遣わないで欲しいだけなのに、何か言うたびに反応がどんどん大袈裟になって収拾がつかなくなってくる。


 困り果てていると、セッカマが戻ってきた。


「ジタローさん、エドワードに行かれるんでしたらこれ、使ってくだせぇ」


 セッカマに渡されたのは一枚の古びた巻物。


「これは……」


「エドワード行の転移スクロールです。ジタローさんから受けた恩を考えれば微々たるもんですが」


「いや、本当に助かるよ!」


 エドワードまでどれくらいの距離かは解らないけど、移動時間が短縮できるなら本当にありがたい。


「いえ、俺様がジタロー様に出来ることなんてこれくらいですので。ケヒヒヒ。今の俺様じゃ力不足でジタローさんについて行けやせんが、いつかジタローさんの助けになれるよう頑張りますんで、そんときゃよろしくお願いしやす!」


 セッカマはそう言って深々と頭を下げる。


 続いて女性たちや冒険者たちも頭を下げた。


 最初は差別も酷かったし、絡まれたりして色々と大変だったけど、たった一日で態度が変わり過ぎである。


 だけど、そう悪い気もしなかった。


 俺はスクロールをニケに手渡……そうとしたけど、ニケはまだご飯を頬張ってる最中だった。ミューがスクロールを俺からひったくる。


「“エドワードの街へ”『テレポート』なのです!」


「ありがとう、また来るよ」


「「「「「はい! ジタローさん(様)、ご達者で!」」」」」


 浮遊感に包まれると同時に、俺たちの足元に幾何学模様の魔法陣が展開される。


 俺たちは、勇者のいる街エドワードに転移した――

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