23話 エドワードの街

 その建設にはどれだけのコストを割いたのか、大きな街をぐるりと取り囲むような大きい防壁はまるで要塞みたいだった。


「ここが、エドワードの街なのか?」


「そうね。私も初めて見るけど、聞きしに勝る見事な防壁ね」


「昨日、アストレア様からの神託が下った。この街には勇者がいるらしい」


「勇者! 勇者がいるのか!?」


 ニケとミューがコクリと頷く傍らで、ファルが目を輝かせて食い気味に聞く。


「ああ。俺の使命は勇者を『絶対服従紋』から解放することだ。ファル、ニケ、ミュー。力を貸してほしい」


「任せろ!」

「必ずジタロー様の役に立って見せるわ!」


 ファルが親指を立て、ニケが力こぶを作って見せた。頼りになる。


「エドワードは第三王子が運営する街なのです。……勇者がいるとすれば王族の側。殺してやるのです」


 ミューはメラメラと燃えていた。や(殺)る気は十分のようだった。


 勇者を解放し、世界の法に背いた王族を殺すという俺の使命は、三人の意志と合致している。俺たちはコクリと頷いて、街の入り口――城門へ向かった。



「この街は原則亜人の立ち入りは禁止だ」


 門番に、いきなり出鼻を挫かれた。

 酷い亜人に対する差別はこの世界に入ってから何度か見てきたけど、そもそも街に入れないなんて想定外だった。


 初めての勇者の解放。

 王族もいるらしいし、戦闘も予想される。アストレア様の加護があっても、俺は戦闘の素人だしやっぱり護衛というか仲間はいた方が安心できる。


 長期戦も考えられるから、ニケ達を外で待たせるわけにもいかないし……。


 いや、待って? 今、原則って言った?


「原則ってことは、例外もあるんですか?」


「まあ、そうだな。奴隷である場合に限って通行税として亜人一人に対し銀貨5枚を支払ってくれれば入れるぞ」


「銀貨5枚!?」


 ……高い、けど払えない額ではない。


「あとは一応、C級以上の冒険者証があれば無税で入れるぜ」


 スッ、とC級の冒険者証を見せた。門番の人は驚いた顔をする。


「アンタ、ひょろいし護衛目的で奴隷を連れてる金持ちだと思ってたんだが……。いや、その格好もしかして他国の聖職者か?」


「まあ、そんなところだ」


「なるほどねぇ……。神聖アストレア教団、聞いたことねえ宗教だが――」


「と、ところで、どうしてC級以上の冒険者だと無税なんだ?」


 怪しむような反応をされたので、質問をして話を少し反らす。


「ん? ああ、亜人大粛清以降どこも冒険者不足だからな。元々冒険者をやるのは亜人が多かったてのもそうだし、亜人の盗賊が増えて冒険者の仕事が増えたってんのもそうだな。全く、迷惑な話だよ」


 衛兵は肩を竦めながらニケ達を見た。


「通って良いのか?」


「ああ、いや待ってくれ。C級冒険者なら無税で入ることは可能だが、亜人が装備品を着た状態で入るのは不可能なんだ」


「どういうことだ?」


「武器を没収して、服を脱がせろ」


「なっ!?」


「アンタ、あの亜人奴隷たちの主人なんだろ? 『絶対服従紋』で言うことを聞かせれば、服を脱がさせるくらい簡単なはずだ」


「…………」


「それとも何だ? その亜人共は奴隷じゃないのか? ……俺たちも王国に仕える兵士何でな。奴隷じゃない亜人を見逃してやることは出来ないぞ?」


 衛兵が剣を抜く。気が付くと、後ろにも槍を構えた衛兵が4人ほど控えていた。


 どうしよう、困ったな。


 俺たちには、この街にいる勇者を探し出して解放する使命がある。

 この衛兵たちを無理やり暴力で突破してこの街に侵入することは可能だろうけど、騒ぎを起こせば勇者を探すのは難しくなる。


 なるべくなら穏便にことを済ませたいが……ニケ達の方を見る。


 絶対服従紋は『治す』で既に解除しているけど、そうでなくたって、こんな衆目の中で服を脱げなんて命令は俺には出来ない。


 とりあえず一旦離脱をして、作戦を立て直そう。

 手の動きで三人にそうジェスチャーすると、ニケが服に手を掛け白いシャツを脱ぎ始めた。簡素なスポーツブラに包まれた、細身の身体が露わになる。

 次に革製の半ズボンに手を掛ける。白いショーツが見える。


 ニケは、止める暇もなく下着だけの姿になった。

 

 手をお腹の前で『こんな感じ』に組んで恥ずかしそうにしながらも、その眼光は初めて会った時みたいにギラついていた。


「お、おい、ニケお前が脱ぐことなんて――」


「ジタロー様の使命を果たすには、ここで騒ぎを起こすわけにはいかないでしょ? 私たちが少し恥ずかしい思いをするくらい、大儀の前には小さなことよ」


「ま、オレは別に裸見られても恥ずかしいとは思わねーけどな」


 男前なことを言ったニケに続いて、ファルも皮の鎧と腰巻を脱ぎ捨てる。


 露出度はあまり変わらないけど、それでも下着姿だ。さらしと無地の地味なパンツで色気のある格好とまでは言わないものの、大きなバストやむっちりとした太もも、鍛えられた筋肉はエロ格好良くて少し目のやり場に困る。


「……姉様が脱ぐなら、ミューもこの辱めに耐えるのです」


 ミューも、黒いコートと紫色のワンピースを躊躇いながらも順々に脱いでいく。

 キャミソールタイプだから露出は他の二人よりも小さいが、華奢な太ももや細いボディラインはちゃんと見て解る。


 ミューは身体を隠しながら、俺を睨みつけた。


「あんまりジロジロ見るな、なのです」


「あ、ああ、すまん。…………これで良いか?」


 慌ててミューの方から視線を反らしながら、門番に尋ねる。


「ほぅ、服従紋を使わずとも自ら服を脱ぐとは、随分懐かれているようだな。でも、まだ装備は残ってるようだが?」


 門番がゲスな顔で、下着姿の三人を指す。


「もう十分だろ! 鎧は脱がせた。武器は俺が預かった。女の子三人を下着姿にまでさせたんだ。これ以上辱めることはないだろ!」


 ニケたちは、使命の為に騒ぎを起こすまいとこんな真っ昼間の外で下着姿にまでなってくれた。


 そんな彼女たちを、全裸にして街を歩かせるわけにはいかない。


 俺は声を張り上げた。


 兵士の一人が、門番の肩を叩いた。


「その通りだ。俺たちは、誇り高きエドワード殿下直属の兵士。亜人の脅威から街を守る努力はしても、辱め、弄ぶようなことはしてはならない。品性を見せろ」


「そうだな。本来『絶対服従紋』で縛られてる奴隷から装備を取り上げる時点でも、安全策としては十分過ぎるくらいなんだ。これ以上は必要ない」


「チッ」


 良識ある兵士二人の言葉に、門番はガラ悪く舌打ちをした。


「まあ、安全は確認した。通って良いぞ」


「ああ」


 正規ルートではこの街に入れなくなることを覚悟したけど、無事に通過が認められる。下着姿のニケ達を引き連れて門を通る。


 ニケ達の装備全ても収納されたマジックポーチは、流れ的に俺が持つことになったけど20kg以上ありそうでとても重い。


「ああ、そうだ」


 門を通り過ぎようとしたところで、さっきの門番が声を掛けてくる。


「なんだ?」


「この街じゃ、亜人が人間様と同じ目線で歩くことなんて許されてないからな。亜人共は四つん這いにして歩かせろ」


「……は?」


「これはこの街の法で決まってるんだ。『絶対服従紋』を使って、そうさせてくれ」


 誇り高い兵士も追従した。

 どうやら、あの門番の嫌がらせってわけではないらしい。


 ニケが俺の前に歩み出て、地面に両手と両膝を着けた。白い尻尾が生えたお尻が向けられる。


 ファルが両足を地面につけたまま両手を地面に着ける。

 野生児のような或いは類人猿のようなその四足歩行スタイルは、ちょうど股間の前くらいに大きなお尻が突き出されるような形になっていて唯の四つん這いより却ってエロい。


 太い尻尾がぶんっと降られる。


「……復讐の為なら、こんな屈辱いくらでも耐えられるのです」


 ミューは震えながら、小さく呟いてニケの隣で四つん這いになった。

 デビクマがミューの背中に乗っている。クマーっと鳴いて手を振った。


「亜人共が暴れたら、主人のお前の責任だからな。間違っても目を離すなよ」


 下種な門番はそう吐き捨てて、持ち場に戻って行く。俺たちは何とかエドワードの街の中に入ることに成功した。


 ニケ、ミュー、ファルが、俺の前を四つん這いで歩いている。

 歩く度にフリフリとお尻が揺れ、尻尾が揺れる。紳士としてなるべく目を反らす努力をしてはいるが、男の性なのかどうしても視界に入ってしまう。


 俺は、街を見渡した。


 通りを歩いているのは、人間だけ。亜人種っぽい人は見当たらない。

 そう言えば、俺が召喚された城からすぐ出た通りも亜人はファリウス奴隷商店でしか見かけなかったな。


 王族が運営する街は、そうなのだろうか?


 街を歩く人たちは、四つん這いで歩くニケ達に蔑みの目を向けていた。

 とても嫌な気分になる。……早く勇者を見つけ出して解放して、こんな街とはさっさとおさらばしたいところだ。


「なあ、これだけ大きい街だし美味い飯とかあんのかな?」


「……さっき朝食を食べたばかりなのです」


「新しい街に来たんだから別腹だろ!」


「クマー!」


 さっき食べたばかりだから俺も全然腹は空いてないけど、ちょっと歩いて勇者の手掛かりを見つけたら、三人にはいっぱいご飯をご馳走しようと決意する。


 亜人に対する扱いがエルリンよりも更に厳しいから、確保には苦労しそうだけど。


 下着姿にさせた上に、四つん這いで歩かせてしまってるからな。その分、ちゃんと彼女たちを労ってあげたい。


 暫く歩いていると、人が多く集まっている場所を見つける。


 その人だかりの中心には、全身鎧の騎士達に神輿のように担ぎ上げられた台の上で演説をする豪華な紳士服を着た男がいた。


 男の隣には、仮面をつけた黒髪短髪の男と、同じく仮面をつけている黒髪長髪の女が真っ白な鎧を着て立っていた。


「私の名前は、エドワード! この国の第三王子にして、この街『エドワード』の主である! 私は、女神マモーン様のご加護により『勇者召喚の儀』を成功させたことを、ここに宣言するのであーる!!」


「「「「「「うぉおおおおお!! エドワード様ァぁああ!!!」」」」」」


 神輿の上に担ぎ上げられた――エドワードと名乗った男が手を上げて力強く宣言すると人だかりから歓声が上がる。


「さぁ、挨拶するのであーる! 勇者たちよ!!」


「「…………」」


 エドワードの言葉によって一歩前に出た、仮面の男女は無言でぺこりと頭を下げた。


 あの黒髪や、所々見える肌は明らかに俺と同じ日本人のそれだった。


 ……エドワードという男が言っていた通り、彼らは俺と同じく異世界から召喚された勇者なのだろう。


 ――ジタローよ。


「ええ、解ってます」


 勇者を解放し、あのエドワードを断罪することが俺の使命。

 まさかこの街に入って、こんなすぐに見つかるとは思わなかった。


 王子が勇者を引き連れてパレードをしている最中に出会わすなんて運が良いのか、それともこれがアストレア様のご加護なのか。


「ニケ、ミュー、ファル。着替え終わったら、すぐに助太刀してくれ」


 俺は持っていたマジックポーチをニケの前に放り投げる。ニケは頷いてから素早い動きでポーチに収納していた装備品を取り出して、ミューとファルに配る。


「『裁量の天秤』『断罪の剣』」


 その傍らで、俺は天秤と剣を出した。

 天秤は金に、剣は銀に輝いていた。アストレア様が、縦ロール姫を裁いたときに見せたのと同じ色、同じ輝き。


 心強い。


 ――ジタロー。まずは法を犯した不届き者に、然るべき裁きを与えよ。


 アストレア様の言葉が、俺の動きを助けてくれる。勇気が、力がどんどん湧き出てくる。


 自分でも信じられないほどの速さで駆け出した俺は、あっと言う間に演説をしているエドワードの目と鼻の先まで肉薄し、そのままエドワード王子の首を刎ね飛ばした――

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