16話 結成! アストレア教団
「――それならとりあえず、冒険者ギルドに登録してみるのはどう?」
お金を稼ぎたいけど何か良い方法はないかと尋ねたら、ニケがそんな返答をした。
冒険者ギルド。
俺がよく読んでいた小説でも、転生主人公の金策と言えばコレのイメージがあった。
この世界にも、ちゃんとあるらしい。
「冒険!? 戦いならオレに任せろ!」
「ミューも早くこの魔導書の試し打ちがしたいのです」
ファルはシャドーボクシングを始め、ミューもふんすと荒く鼻息を漏らす。二人とも乗り気の様子だった。
俺としても断る理由は特にないし、ニケの提案をそのまま採用することにした。
以前にもこの町に来たことがあるらしいニケに、ギルドの場所まで案内してもらう。
冒険者ギルドは、町のはずれの治安が悪そうな荒れた通りにある、場違いなほど立派な二階建ての建物だった。
「ここ、前に来たときは亜人村があったのに……」
ニケが少しショックを受けたような声で呟く。どうやらこの荒れたスラム、以前は亜人の居住区だったらしい。
「たのもーう!」
ニケに掛ける言葉を見つけられずにいると、ファルが乱暴に扉を開けてギルドの中へ入って行った。
俺たちも後に続いていく。
ギルドの中は、血と酒と汗の臭いで充満していた。
周囲を見渡すと、武器を持ったガラの悪そうな男たちが豪快に酒を飲んだり、下品な笑い声を上げたりしている。
俺たちを値踏みするような視線を向けている人もいた。
コンビニ前のヤンキー理論で、目が合ったら絡まれる可能性があるから、なるべく視線を合わせないようにしながら真っすぐと受付へ進んでいく。
受付は、美人とまではいかないけど小綺麗な感じの赤茶髪の地味っぽいお姉さんだった。
こんな臭くて治安の悪そうな職場、若い女性の職場としては不向きに思えるけど給料が高かったりするのだろうか?
「あの……」
「はい。こちら冒険者ギルドエルリン支部の受付です。……他の町から来た冒険者の方でしょうか?」
「いえ、冒険者になりたいから登録したいんですけど……」
「なるほど、ご登録ですね。……この国では、亜人を個人として冒険者登録することが不可能になっているのですが、そちらの方々は奴隷でありますでしょうか?」
「はい」
「でしたら主人である貴方だけ冒険者に登録して、そちらの奴隷たちはパーティメンバーとして申請する形になると思いますがそれでよろしいでしょうか?」
「それでお願いします」
地味な見た目に反して、テキパキした感じの人だった。
「登録には手数料として銀貨一枚が必要となりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
ニケに目で合図をすると、銀貨を一枚渡してくれる。それをそのまま支払った。
「はい。銀貨一枚お預かりします。では、登録しますのでまずお名前を教えてください」
「ジタローです」
「了解です。ジタロー様ですね。では次にパーティ名をお願いします」
「パーティ名、ですか」
「はい」
どうしよう。特に考えてなかったから、パッと思いつかないな。俺は助けを求めるようにニケ達の方を見る。
ファルがはいはい! と元気よく手を上げた。
「『オレたち世界最強チーム』はどうだ?」
「なんだその小学生みたいなネーミングセンスは」
「しょうがくせい……ってのはよくわからねえけど、格好いいだろ?」
「いや、特に」
自分たちのことを自信満々に『オレたち世界最強チーム』って名乗れるのは、流石に恥ずかしい。そこはかとなく『チャリで来た』感がある。
却下すると、自信満々に大きな胸を張っていたファルはシュンと肩を落とした。
「私は『聖者ジタロー様とその下僕たち』を提案するわ!」
「絶対却下なのです!」
「却下で」
「ジタロー様まで!?」
俺に却下されるのが予想外だったと言わんばかりに、ニケはショックそうな顔をした。
「却下するなら、ミューはどんなパーティ名が良いのよ……」
ニケが少し恨みがましそうに見ると、ミューは指を顎に当てて考える。
「銀の天秤とかどうなのです? ご主人様がさっき出した天秤、とても印象的だったし、それにこれなら無難でパーティ名っぽくもあるのです」
「むむむ。悔しいけど、良いセンスね……」
「銀の天秤、さっきのダンナは色々と凄かったからな」
ミューの提案に、ニケとファルは唸っていた。
裁量の天秤を出すと、あの城で本物のアストレア様が降臨した時ほどじゃないにしても、それなりの
まあ確かに『銀の天秤』は、異世界もののモブ冒険者のパーティ名として出てきそうな感じで悪くない。
無難っぽいしそれにするか、と思ったところでふとひらめいた。
俺たちが冒険者として活躍すれば、パーティ名を売っていくことになるだろうし、その時にアストレア様のことを布教できれば一石二鳥じゃね?
なら、パーティ名にはアストレア様の名前を入れた方が良いな。
「パーティ名は『アストレア教団』にしようと思うけど、どうだ?」
三人はギラリと目を光らせながら、コクリと頷いた。反対意見はないらしい。
「悪いな、ミュー。折角良い名前考えてくれたのに」
「別に気にしなくても良いのです。ご主人様のパーティ名の方がずっと素晴らしいのです」
ずっとツンだったミューが急に熱心に肯定してくるのが少し怖いが、不満はなさそうだし、アストレア様の信仰を集めるのにも便利そうだし、決定する。
「受付さん、パーティ名はアストレア教団で登録お願いします」
そう言うと、受付嬢は凄く微妙そうな顔をしていた。
「えっと、『アストレア教団』でよろしいでしょうか?」
「あ、やっぱり神聖を前につけて『神聖アストレア教団』にしてください」
「は、はい……」
受付嬢は少し引いたような顔で、パーティ名を書類に書き込んでいく。
「ダンナ、やっぱりアンタ最高だぜ!」
「ジタロー様は恐れ知らずね。感服するわ」
ファルは笑顔で親指を立て、ニケに至っては感極まったように咽び泣いていた。
え、何? 神聖アストレア教団って何かダメなの? 受付さんのドン引きしたような表情も相まって凄く怖い。何か選択を誤ってしまったような気がしてならない。
「では最後に、血判をお願いします」
受付嬢はナイフを手渡しながら、書類の一部を指さした。
指を切るのは抵抗があるけど、三人の女の子に見られている手前、こんなのでビビってる格好悪い姿を見せられないため一思いに指を切って、血判を押した。
「(痛ってぇ……)『治す』」
「これで、登録は完了です。適正ランク試験は御受けになりますか?」
「適正ランク試験?」
「はい。本来ならFランクから始めるんですが、適正ランク試験を受けるとその成績次第で上のランクからスタートすることが出来るシステムです」
「つまり、最高のSランク相当だと認められれば最初からSで始められるってことですか?」
「いえ、Cランク以上は依頼達成実績が必要なので最大でDランクまでです」
「なるほど……」
ランクは、下からFEDCBASと7段階に別れているらしい。
そして、受けれる依頼は自分のランク±1のものまで。依頼達成の報酬はランクが高くなるほど大きくなるシステムらしい。
ここら辺のルールは、俺が好きだったWEB小説のものと同じだったのですんなり理解することができた。
……ん~。暫く分の貯金があるからそんな急いでランクを上げる必要はないけど、Fから地道に薬草採集とかしていくのも面倒くさいし、受けるだけ受けてみても損はないだろう。
「解りました。では受けさせてください」
「試験料は銀貨5枚掛かりますが、よろしいでしょうか?」
「……はい」
「ケヒヒヒ。話は聞かせてもらったぜぇ~」
銀貨を5枚支払うと、下品な声と共に俺の右肩に肘が置かれる。
振り向くと、耳と鼻と出された舌にピアスをつけているガラの悪そうな大男が俺の目の前で抜き身のナイフをひらひらとさせていた。
「その試験官、俺様にやらせてくれよぉ~。ケヒヒヒ」
「……セッカマさん。確かに貴方はCランクなので、試験官の資格はありますけど」
「良いじゃねえか。コイツ、パーティ名で教団を名乗るような世間知らずだぜ? 俺様が教育してやった方が、ギルドとしても助かるんじゃねえかぁ? ケヒヒヒ」
「……まあ、そうですね。では、セッカマさん。試験官をお願いします」
「それで良いんだ。ケヒヒヒ」
「そう言うことですので、彼が今回の試験官になりました。試験内容は、セッカマさんと模擬戦をして貰って、どれだけ戦えたかを我々が判断し貴方の適正ランクを測らせていただきます」
なんか、急に割り込んできたセッカマとかいう三下臭い冒険者が、あれよあれよと言う間に試験官になった。
「おいおい、アイツ。適正ランク試験受けるらしいぜ」
「銀貨5枚もするアレを!? 金持ちか?」
「でも試験官、あのセッカマだぜ」
「ギャハハ! そりゃ運がねえな! セッカマは素行最悪だから冒険者ランクはCだけどその実力はB……いや、Aにすら匹敵するって言われてんだ!」
ギルドの外の広場に案内されている俺は、道中で冒険者たちに嘲笑されていた。
どうやらあのセッカマってやつは、素行が悪く、しかもランクより強いらしい。
だけど、アストレア様のご加護がある俺に不安はなかった。
「模造剣などはないので、真剣でやり合ってもらいますが、あくまでこれは試験。殺しはご法度とします」
空いた場所に出ると、受付がそういう。
俺とセッカマは3mほど離れて正面を向き合っていた。周りには見物人の冒険者たちが結構いて、ニヤニヤと笑っている。
中には、嫌らしい視線をニケ達に向けている人もいた。
「なぁ、これは取引の提案なんだが、お前の奴隷、中々見た目は良いからさぁ、俺様……いや、俺様たちに丸一日貸し出してくれよ。そしたら手加減してやってもいいぜ! ケヒヒヒ!」
セッカマがそう言うと、周りの冒険者からギャハハハと下品な爆笑が起こる。
「そりゃ最高だぜ! セッカマ!」
「今度酒驕るぜ!」
「どうせセッカマはちっこいの目当てなんだろ? 残り二人は俺たちのだぜ!」
セッカマはピアスの空いた舌を垂らし、下卑た視線をミューに向けていた。
「断る、って言ったら?」
「そん時は、お前が俺様達に奴隷を貸したくなるまで痛めつけるだけだぜぇ! ケヒヒヒヒヒ!」
「……『裁きの剣』」
セッカマが下品な笑い声を上げている間、隙だらけだったので俺は銅色の剣を出現させてそのままセッカマ目掛けて振り下ろした。
「ケヒヒヒ! そんな遅い太刀筋当たるかよぉ!」
輝きのない銅の『裁きの剣』は、攻撃を受けるために差し出されたナイフの刃をバターのように切り裂いて、そのままセッカマの右腕を切り落とした。
「う、腕がぁぁああ! あぎゃぁぁぁあああああ!」
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