31話 マモーン教の聖職者

 宿でチェックインを済ませた俺たちは、外に出てフィリップの町を歩いていた。


「お腹空いたから何か食べたいぜ」


 ファルの言葉に、ミューがコクコクと頷く。ニケも遠慮がちにこちらを見る。

 エルリンで朝食を摂って以来何も食べてないし、エドワードでエドワード倒したり大天使や勇者、騎士たちと戦ったりして色々あったしなぁ。


 言われてみれば、俺も腹が減っている。


 だけど町にはボロい小屋と吹けば飛びそうな藁葺きの家が立ち並ぶばかりで、出店や飲食店らしきものは見当たらない。


 宿もボロい小屋だった。


 修道者の町、というだけあって清貧を重んじているのか、それとも中世文明の田舎だとこれくらいが普通なのか。


「おっ、あっちに人の気配がいっぱいあるぜ! 人がいっぱいいるとこなら食べ物もあるんじゃねえか?」


 ファルがその場駆け足しながら斜めの方向を指さす。


「そうだな。行ってみるか」


 少し進むと、貧しい町には場違いなほど大きな建物が建っていた。

 ロマネスク様式というのか、石を積み重ねて作られた高く大きな建物の周りには、とても大きな広場があった。


 そこでは屋台や市場が開かれており、この町の人間が一堂に会してるんじゃないかってくらい多くの人で溢れかえっていた。


「串焼き! オーク肉の串焼きだよ!」

「これは、東方の町から仕入れた香辛料ね! 塩もあるよ!」

「畑で採れた新鮮な野菜ですよ!」

「新鮮な小麦で作った白いパンですよー!」


 市場では商売の声で賑わっている。


「串焼きだってよ!」


「暫く旅することになりそうだから、調味料は揃えたいわね……」


「そうだな。とりあえず腹も減ったし、飯買うか」


 とりあえず腹に何か入れたいので、串焼きの屋台に並ぶ。

 麻服を着た町人っぽい人たちの後ろに立って順番待ちをしていると、僧侶服を着た男が列の先頭に割り込んだ。


「オークのバラ串。1本だ」


「へ、へぇ。えっと……バラ串は一本銅貨一枚になりやすが」


「マモーン様のご導きだ。汝に祝福のあらんことを。――神父の祈りのお布施の相場は銀貨一枚だ」


「えっ……」


「串焼き分を引いて、銅貨9枚で良いぞ」


「ええっと、その、実は先ほど別の神父様に祝福は頂いたところでして……」


「そうか。では祝福も二倍になるな。良かったな。……それとも何だ? お布施を払えないと言うのか? それは背信行為と見做すが――」


「い、いえ! 滅相もございません! こうしてここで屋台を出させていただいてるのもマモーン様のお導き! 神父様にも神の祝福のあらんことを」


 僧侶服の男は、店主のおっさんから串焼きと銅貨9枚を強引にひったくって肩で風を切って歩いていく。


 広場は人でごった返してるのに、僧侶服の男が歩く場所だけ道が開けている。


「マモーン教の聖職者。いつ見てもロクでもないのです」


「ミュー止めなさい。聞かれてトラブルになったら迷惑を被るのはジタロー様なのよ」


 想像以上に横柄で理不尽だったマモーン教の聖職者の振る舞いにドン引きしつつ、暫く立っていると俺たちの順番が回ってくる。


「へい、いらっしゃい……って、また聖職者。いや、でもアンタマモーン教徒じゃねえな。それに亜人……」


 店主はニケ達に、露骨に目を細める。俺は優良通行者証を見せた。


「なるほど。他国の偉い聖職者と言ったあたりか。……じゃあ串焼きは一本銅貨2枚だ」


「えっ、さっき銅貨一枚って言ってなかったか?」


「へへっ、悪いな。それはマモーン教徒割引ってやつなんだ。異教徒には二倍――いや、半額セールが適用されないんでな。まあ、別に文句があるってなら他所の店に行ってくれて良いんだぜぇ?」


 禿げ頭の店主は、厭味ったらしい笑みを浮かべる。


「いや、ここで買おう。……そうだな。何本くらい食べる?」


「20本!」


「ミューは10本くらいで良いのです」


「私はその、12本くらい欲しいわ」


「結構大きかったけど、そんなに食えるのか?」


「余裕だぜ!」


 ファルが元気よく親指を立て、ミューとニケも頷く。そうか。まあ、この子たちの食欲は本当に凄いからな……。


「じゃあ、43本ください」


「はいよ……よ、四十三本!? まあ、出来なくはねえけど。一本銅貨二枚だからな。えっと、どれくらいになるんだ?」


「銅貨86枚。銀貨8枚と銅貨6枚だな。金貨一枚で払わせて貰おう」


 ニケから受け取って金貨一枚を支払うと、店主はぐっと握りこんで手首を捻った。


「へぇ、き、金貨一枚。釣りはいらねえよな?」


「え? いや、一応お釣りは銅貨14枚……」


「金貨税ってやつだよ。金貨で払うと銀貨一枚の手数料を払わないといけねえんだ」


「だとしても銅貨4枚はおつりで……」


「それは手間賃とか、異教徒税とかそういう奴だ。……なんだ? 文句あるのか?」


「いや……」


 へへっ。店主はニヤついてから串焼きを焼き始める。


 まあ別に、金貨1000枚以上あるし銅貨4枚くらいケチケチしなくても良いんだけどね?


 こう、マモーン教の僧侶に横柄されてた時に可哀想だなって思ってただけに、こういうがめつい対応されるとモヤッとした気持ちになる。

 ……虐げられてる市民が善人とは限らない、みたいなテーマは俺が好きなウェブ小説でも度々見て来たけど、いざ目の当たりにするといい気分にはならないな。


「……ダンナ、少し損したみたいだが良いのか?」


「銅貨4枚で無益な争いをせずに済んだと考えれば安いもんだろ」


 まだまだこの市場では日用品とか、香辛料とか色々買い出しをしたいのだ。

 ここで争って、他で買い物できなくなる方がよっぽど困る。……だが、多少ぼったくられるのは覚悟した方が良いだろう。


 そんなこんなで、店主が串焼きを焼く速度を超えてニケ、ミュー……特にファルの三人は串焼きを爆食いし、全ての串焼きが焼き終えるとの完食までのタイムラグは殆どなかった。


 串焼きは塩と臭み消しのハーブが振られたシンプルなものだった。

 オークがどんな生き物なのか見たことがないから少し不安はあったけど、オークの肉はファンタジーものだと定番だし、実際に食べてみると少し硬いがうまみの強い豚肉って感じで美味しかった。


 まあただ、二本目までは食いきらないけど。


 ミューとか、小さい身体によくもまあ10本も入るものだ。

 ニケもファルも、ウエストは細いのに。12本とか、20本とか……。

 いっぱい食べれるのは正直少し羨ましい。


 それから、塩とか唐辛子とかファルやニケがおすすめしてきたよく解らない名前のハーブとかの調味料や、パンを買い込んでいく。


 野菜は日持ちしなさそうだから少なめに。あと、俺は串焼きのこってり感をさっぱりさせたかったので、リンゴみたいな果物を購入した。

 ミューは流石にお腹いっぱいだったのか、1個だけ。ニケは3個、ファルは10個食べてた。ファルの胃袋、底なし過ぎる。


 買い出しで、更に金貨2枚吹き飛んだ。


 まあ1000枚から見れば微々たるものではあるけど。


 それに、そのお陰で精霊山に着くまで、食料の心配はあまりしなくてよさそうだ。

 いや、ファルのエゲつない食べっぷりを考えると少し不安かもしれない。道中でも調達できたりすると良いけど……。


「お願いします! このままでは、ケインくんが死んでしまうかもしれないんです! お願いします! 助けてください!」


 とりあえず必要な買い出しは終わったし、あんまり人ごみにい続けるのも疲れるのでとっとと宿に撤収しようと思っていたら、少し離れたところから女の人の声が聞こえた。


 野次馬根性を発揮して、少し見に行ってみる。


 魔法使いのような恰好をした女性が、串焼き屋で割り込んできた人よりも更に豪華な司祭服? を着た初老の男に土下座をしていた。


 土下座をする少女の隣には、肩に槍で開けられたような穴を開けた男性が横たわって苦しそうに息をしている。


 即死級の致命傷って雰囲気ではないけど、ほったらかしにしていれば失血死や破傷風が怖い感じの重傷だ。


 司祭服を着た男は冷徹に見下ろす。


「だから言ってるでしょう? その傷を治すには最低でも金貨3枚のお布施が必要だと」


「金貨3枚……。そんな大金、E級冒険者の私たちに払えるわけ……」


「でしたら、その男の命は諦めなさい。マモーン様の慈悲は、より多くのお布施をする敬虔な者にのみ与えられるのです」


「……くっ。で、では、必ず後日お支払いします。ケインくんと依頼を受けて、お金を稼ぎます!」


「ふむ。……なるほど。それを私に信じろと?」


「え、ええ。お願いします。必ずお支払いします。私は敬虔なマモーン様の信徒です。子供のころから毎日の祈りを欠かしたことはありません」


「ふーむふむふむ。なるほど。ですが、口先でだけなら何とでも言えます! 信じる心は言葉ではなく、行動! つまり誠意が必要なのです!」


「……誠意、ですか?」


「ええ、誠意です! 誠意とはつまり金であり、奉仕の精神である!」


「こ、こうして頭を下げています。これでは足りないですか?」


「ええ、足りませんね。まずはその野暮ったい服、全てを脱ぎ、私に、貴方の生まれたままの姿を曝け出しなさい!」


「服を……!?」


「おい、ミーナ。いいんだ。俺は。……こんな傷、唾つけて寝てりゃ治る」


「ケインくん……」


「治りますかねぇ? 神への祈りを、私へ誠意を見せることを怠ったものが助かりますかねぇ?」


 地面に額を擦りつけて土下座をしている少女を、司祭服の男は脅している。


 少女はわなわなと震えていた。

 司祭の声に釣られて、見物人も増えている。


「そうだ。司祭様の言う通りだ! 神に誠意を見せろ!」

「その男を助けたいって気持ちは本物じゃねえのか?」


 少女のストリップが見れると思った男たちがヤジを飛ばし始める。


「これだからマモーン教徒は……」


 ミューが憎しみの籠った目を司祭に向けていた。ニケもファルも、怒りに駆られたような顔をしている。


 俺も、あんまり見ていて良い気分ではない。


 トラブルにはあんまり巻き込まれたくないけど、一応買い出しはもう済ませたし。


 震えながら立ち上がり魔導ローブを脱ぎ始めた少女の方へ、つかつかと歩いて近づき、隣で倒れている青年に手を翳した。


「『治す』」


 青年の肩の傷があっという間に、治った。

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