30話 フィリップの町

 エドワード王子の宝物庫への侵入は、拍子抜けするくらいあっさり成功した。


 あの演説会場の護衛にかなりの人員が割り当てられていたのか、王城内の見張りの兵士の数はとても少なく、その僅かな兵士は叫び声を上げる間もなくニケとファルが見つけ次第率先して気絶させていった。


 ちょっと勢い余って殺してしまった感じのもいるけど、流石に宝物庫の財宝強盗――もとい、徴収のために兵士を殺すのは倫理的にアウトだと思ったので『治す』で生き返らせておいた。


「おおっ、金貨がいっぱいあるぜ!」


「スクロールや魔道具、魔導書もいっぱいあるのです!」


「魔法が掛かった武器もあるわね」


「これだけいっぱいあるのデース。ワタシもちょっとは貰って良いデースよね?」


「あ、ああ。それは勿論だ」


 縦ロール姫の城よりも更に規模の大きい宝物庫には、金貨や武器、魔道具が乱雑に並べられていた。目がチカチカする財宝の山に、ファル、ミュー、ニケ、メリーナは大はしゃぎだった。


「金貨、見た目の割に重いです!」


 宝物の徴収に抵抗を見せてた九十九さんも、楽しそうに金貨を掬いあげている。


 アストレア様の名の下に許されてるって教えたから、罪悪感が軽減されたのかもしれない。


 この世界で生きていくなら、時に人殺しが必要な場面も来るだろう。

 現代日本の倫理観だと、罪悪感や恐怖で圧し潰されて却って不幸な目に遭うこともあるだろう。


 その点俺は、アストレア様の許しがあったから随分と救われた。


 だから九十九さんには、どんどんアストレア様の言葉を教えてあげたい。


「ジタロー様! マジックポーチがあるわよ!」


「転移スクロール、流石に精霊山行はないけど『フィリップ』行はあるのです」


「ダンナ! マジックポーチあるなら、ここの金貨全部持って行けるのか!?」


「いや、マジックポーチは中身の重さがそのままだから全部は厳しいんじゃないか?」


「大丈夫! オレは力持ちだからな!」


 そう言ってファルは、グググッと手を大きくして金貨を山盛りになるほど救い上げ、ニケの持つマジックポーチにジャラジャラジャラと注ぎ込んでいく。

 1000枚以上はありそうだった。


「重っ。……これ、持ち上げるだけなら兎も角、持ち続けるのは厳しいわ」


「ちょっと貸してみろ。……そうか? これくらいなら全然余裕だぜ!」


 ニケからマジックポーチをひったくったファルは、軽々と片手で持って見せた。


「じゃあそのポーチはファルに任せるよ」


「本当か!? 良いのか?」


「ああ。ファル以外には持てなさそうだしな」


「じゃあもっと金貨を詰め込むぜ!」


「ファル、重さに余裕があるんだったら金貨よりもこっちの武器とか装備の方を入れさせて欲しいんだけど」


「スクロールとか、魔導書も入れたいのです!」


「えー」


 更にジャラジャラと金貨を掬いあげたファルに、ニケとミューが待ったをかける。


 ファルが助けを求めるようにこちらを見てきたが、俺も首を横に振った。

 1000枚もあれば、十分だろう。どれだけ豪遊しても、暫く使いきれない。


 ニケが服やローブ、靴を取って次々にファルのポーチに収納していく。


「服とか装備は、ここで着替えて行った方が良いんじゃないか?」


「どの装備も魔法が掛かってるのです。……効果次第ではデメリットが大きいこともあるから、調べずに装備するのはリスクが高いのです」


「なるほど」


 確かにゲームとかでも王城の宝箱から呪いの装備が出ることはあったし、高い攻撃力に惹かれるままに装備したら外せなくて大変なことに……みたいな経験はある。

 まあ、呪いとかだったら『治す』で解除出来そうだけど、戦闘が始まって呪われていたことに初めて気づいた、とかだと危ないしな。


 ゲームと違って取り返しのつかない現実だからこそ、慎重になった方が良いのかもしれない。


「に、ニケ、ミュー。いくら力持ちのオレでもそろそろ重くなってきたんだけど」


「これまで、これまで行けない?」


「うー、それまでだぞ?」


「ミューもこれまでお願いしたいのです」


「じゃあそれまでだからな!」


 次々と装備や魔導書を持ち込むニケとミューにファルが少し涙目になってた。


「金貨がたくさんデース! リン様、見て……あれ? リン様? タニガワ様、リン様を見てないのデース?」


「え、九十九さん?」


 言われてみれば、いつの間にか九十九さんがいなくなってる。

 慌ててキョロキョロ探していると、閉めていた宝物庫の扉が開く。


「九十九さん、どこ行ってたの?」


「すみません。部屋に、制服と鞄を取りに行ってました」


「あー」


「日本にいた頃の思い出の品なので」


 そう言う九十九さんは、走って来たのか息を切らしていた。


「ご主人様、ミューたちは準備完了なのです! 転移スクロールの準備をして良いのです?」


「え? あ、ああ。……九十九さんとメリーナさんは、もうこの城に忘れ物とかはないよな?」


「はい」


「大丈夫デース!」


「ニケとファルも?」


「少し名残惜しいけどね」


「欲を言えば、もっと金貨持っていきたいぜ」


 ニケは装備品に、ファルはまだまだある金貨に目を向けながら肩を竦めた。

 重量制限はどうしようもない。


「じゃあ、転移するからミューの側に集まるのです! “フィリップの町へ”『テレポート』なのです!」


 全員がミューの側に集まると、ミューがスクロールを開く。

 そして、身体が浮遊感に包まれると同時に景色がぐるりと変わった。



 一面に広がる青々とした麦畑と、立ち並ぶ質素な家々。中には竪穴式住居のような藁葺きの家も混ざっている。


 簡素な木製の塀に囲まれた、小規模な町。


 入り口には『修道者の町、フィリップ』と書かれており、僧侶のような恰好をした人が二人、門番をしている。


 他に、町に入りたそうな人は見当たらないので、順番待ちとかなく真っすぐと門番のいる方へ向かった。


「こんにちは」


 とりあえず町に入りたいので、愛想よく挨拶をする。僧侶二人は目を細めて、ジロジロと俺たちを見てから、ニケ達を見て露骨に嫌そうな顔をする。


「そこの亜人共は、当然奴隷なんですよね?」


「ええ。護衛として買いました」


「なるほどねぇ。……貴方の恰好、神職者のソレではありますけどマモーン様の信徒のとは違いますね。異教徒の方ですか?」


 その視線からは、嫌悪と軽蔑が見て取れた。

 修道者の町、フィリップ。マモーン教の影響が強そうな町。既に入りづらい雰囲気ではあるけど、エドワードであれこれやったから疲れてるし今日寝泊まり出来る宿はなるべく確保したい。


 精霊山に向かうために、食料とか日用品も確保したい。


 だから、なるべく町には入りたかった。


「ええ。ですが、神に仕えるという意味で解り合えることも多いと思います」


「見ての通りここはマモーン教の修道者の町ですからねぇ。奴隷とは言え、汚らわしい亜人を引き連れた異教徒を入れるのは――」


「はいはーい! ちょっといいデース?」


「……メイドか?」


 門前払いされそうになってたところに割り込んできたメリーナに、門番は目を細める。メリーナは、後ろでおずおずと様子を伺っていた九十九さんの手を引いて、門番の前に突き出した。


「見てください、この鎧の紋章を!」


「ん? なんだ? ……こ、これは!」


「これは、第三王子エドワード様の紋章デース! リン様は、エドワード様が召喚した勇者様なのデース!」


「勇者……。確かに、王族たちが競るように勇者を召喚しているという噂を聞いてはいるが、エドワード王子も成功したのか」


「いや、でもなぜ勇者様がこんな町に?」


「勇者は、強くなるために旅をするものなのデース! こっちのタニガワ様も、リン様と同じで召喚された、異世界の聖職者様なのデース!」


「なるほど。確かに、見たことのないタイプの司祭服。異世界の聖職者というのであれば納得はいく、な」


「勇者様と聖者様、二人は強くなるため、そして国内の悪を挫くための旅の真っ最中なのデース! 道中で見つけた悪しき亜人をこうして奴隷として改心させているのもその一環デース!」


「なるほど……。勇者様とそのご一行。そのような事情があるのであれば、我々としてもこの町に入るのを拒むわけにはいかないが……」


「しかし、そこの方が勇者という証拠が……」


「今示せる証拠は多くないのデース。ただ、エドワード様は勇者を快く受け入れた町には相応の褒美を与えると仰せデース」


 そう言ってメリーナは胸の谷間から金貨を一枚取り出し、門番に渡した。


「な、なるほど。……確かに、これだけの寄付は一般人には出来ない」


「この素晴らしい心がけ。勇者様御一行でこそできる素晴らしい行いだ。優良通行者証を発行しよう」


 そう言って、門番はサインの入った紙を渡してくれた。

 見た感じ、これがあればこの町だと色々と便宜を図ってもらえるパスポートのようなものっぽかった。


「ありがとうメリーナ。助かったよ」


「お役に立てて良かったデース!」


 メリーナが門番に支払った金貨一枚を渡しながらお礼を言う。メリーナはぺろりとメイド服を捲って胸の谷間を見せつけてきた。


「入れて良いデスよ?」


「い、いや……普通に受け取ってくれ」


 谷間に金貨入れたかったけど、ニケの視線が怖かったので普通に手渡しした。

 メリーナは可笑しそうにクスリと笑った。


「ありがとうデース。ちゃんと補填してくれるタニガワ様は良いご主人様デース!」


「そりゃあな」


 この世界のことをよく知らない俺や九十九さんではあんな風な器用な嘘は吐けないし、被差別階級の亜人であるニケやミュー、ファルには発言力がない。


 だから今の俺たちにとってメリーナさんみたいな人材は貴重だし、ここで補填しないと後々却って損すると思ったのだ。

 仕事の為に自腹切らされると、やる気がかなり失われるってのは派遣社員時代に身をもって体験してるしな……。


 それから、俺たちは良い感じの宿を探して、俺の部屋、九十九さんとメリーナの部屋、ニケ、ミュー、ファルの部屋の3部屋を取った。


 優良通行者証のお陰で、ニケ達がいてもすんなり部屋を取ることが出来た。

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