第二章

29話 メイドのメリーナ

「……なんじゃ、お前は」


 金貨の山を集めて作られた悪趣味な玉座に腰掛ける、尊大な存在は満身創痍の大天使を汚物でも見るような目で見下ろす。

 その存在は、【強欲】の女神マモーン。


「わ、私は、げべふっ!?」


「誰の許しを得て喋っておる。誰が今、お前に話して良いと言った?」


 主の問いかけに答えようと上げた大天使の頭は、容赦なく踏みつけられた。


「も、申し訳ありません。マモーン様」


 ファルニーフの猛攻から、天使の特殊な身体の構造でなければとうに死んでいたほどの重傷を負いながらもなんとか逃れた大天使は悲鳴を上げる身体の痛みに耐えながら這いつくばるように頭を下げる。


 王国に突如現れたジタローという脅威の報告と、放置し続ければ死んでしまう身体を治してもらうために主の元へ帰還したのだ。


 マモーンは落ちているゴミを拾うような面持ちで大天使の光輪に指先で触れる。


「ふむ。お前は、エドワードの護衛に出した大天使か。……ふむ。妾の命であった護衛任務を果たせずエドワードを殺され、召喚者二人まで失った挙句にお前だけはおめおめと逃げ帰ってきたわけか」


「ももも、申しわふげっ」


「妾の許可なく喋るなと何度言えば解る? 役立たずの大天使風情が」


 マモーンはボロボロの大天使を蹴りつける。


「……いや、お前のような役立たず。最早天使としての価値もないな」


 そして大天使の光輪と、翼を強い力で握った。


「ま、マモーン様! お許しを! じ、慈悲を!」


 ブチブチッベリリッ。


 慈悲はない。マモーンは容赦なく大天使の光輪と翼を引きちぎる。


「うあぁぁあぁあああ!」


 大天使は激痛に叫び声を上げるが、頭を強く踏みつけられているのでのた打ち回ることもできない。


「すぐに死なれても興醒めだな」


 マモーンは、大天使がギリギリ死なない程度に傷を癒やす。


「おい、お前たち。この役立たずを下界へ捨て置け」


「「はっ」」


 天使が、大天使を連れて人間界へと飛び立った。


「……ジタロー。滅びた女神の使徒か。無能の王子と大天使を倒した程度で脅威とも思わぬが、一応始末させておくか」


 ――神託を授ける…………。


 マモーンは、第一王子と第二王子、そしてこの国の国王とマモーン教の司教たちにエドワードの死と、殺害した犯人がジタローであることを告げた。




                    ◇



「もうっ、ミューのせいでジタロー様に誤解されたじゃない!」


「姉様がお尻を叩かれて悦んでたのは紛うことなき事実だったのです! 耳を引っ張るのはやめてほしいのです!」


 ニケがミューとじゃれ始めたのを尻目に、俺はアストレア様の神聖なオーラに当てられて気絶してしまっている九十九さんの方へ向かった。


 騎士や天使、勇者たちを応援していた市民の野次馬たちも気絶してるか時が停止したみたいに固まっている。

 アストレア様を直接見て、腰を抜かしただけで済んだニケとファルは結構メンタルが強いのかもしれない。


 市民たちが起き出して騒ぎになる前にここを去りたいので、ぺちぺちと九十九さんの頬を叩いて起こす。


「おーい、起きてくれ」


「んんー」


「『治す』」


 倒れた時に頭とかぶつけてるかもしれないので、とりあえず『治す』を掛けておく。九十九さんの目がぱっちり開いた。


「おはようございます。……私、何時間くらい寝てました?」


「数分くらいかな」


「……凄く綺麗で、恐ろしいものを見ました。あの人は、女神様ですか?」


「うん。アストレア様。この世界の法と理を司ってる神様だ。この世界に召喚されて縦ロールの王女様に奴隷にさせられそうなところを助けて貰ってから、俺は女神様の使徒をやらせてもらってる。使徒になってからも、色々助けて貰ってるな」


「な、なるほど……。その、谷川さんはアストレア様って女神様に召喚されてこの世界に来たってことですか?」


「いや、それはないと思う。世界の壁を破る勇者召喚の儀式は本来世界のルールで禁止されていて、それを破った姫を裁くためにアストレア様が降臨して――って感じの流れだったし」


「だったら、どうして私の時は助けに来てくれなかったんでしょうか?」


「俺は『治す』で『絶対服従紋』を自力解除出来たんだけど、その時に俺とマモーンの間にあった干渉的なのが消えたから介入できた、みたいなことをアストレア様は言ってた」


「治す、ってのは谷川さんの能力ですか?」


「うん。怪我を治したり、絶対服従紋みたいな呪い? の類も解除することが出来る能力っぽい」


「なるほど……。じゃあ、私たちはマモーン様の力で召喚されたんですか?」


「それは、解らない。姫が、俺を奴隷として戦争に投入しようと企んでたのは知ってるけど、勇者召喚自体がどんな感じで行われたのかは知らないんだ」


「そうですか……」


 九十九さんは、目に見えてしょんぼりする。


「そんなことよりも、気絶してる市民たちが起きる前にこの場を去りたい。仮にも王族を殺しちゃったし、市民たちが起きれば騒ぎになると思うから」


「……そうですね。それで、谷川さんはこれからどうする予定なんですか?」


「とりあえず、アストレア様の神託があったから精霊山ってとこを目指そうと思うんだけど」


 精霊山がどこにあるか解らないし、どうやって行くのかも俺はよく解ってないんだよな。都合よく精霊山行の転移スクロールとか落ちてれば便利だけど。


 その辺詳しそうなニケ達にも相談したかったので呼ぼうとしたら、既に集まって来ていた。


「とりあえずこの街を出て、そこから歩いて向かうことになるわね」


「それ、どれくらい掛かるんだ?」


「精霊山はかなりの辺境にあるから、エドワードの街からだと馬車で3日は掛かるわね」


「3日。……因みにこの中に馬車を運転できるのは?」


「私は無理ね」


「無理なのです」


「無理だな!」


 当然俺もできない。……馬車で3日掛かるなら、徒歩だともっと時間が掛かるな。


「転移スクロールとかあれば良いんだけど」


「それなら適当な魔法具店探して買いに行くとか?」


「うーん」


 俺は周囲の死屍累々を見る。

 騒ぎが広がる前に魔法具店見つけられれば、売ってもらえるかな……。


「とりあえず魔法具店探すか。誰か場所解るか?」


「私とミューはこの街に来るのは初めてだから」


「オレもだな」


 九十九さんの方も見てみるけど、彼女も首を振った。まあ操られてたんだから、この街を自由に歩いたこととかなさそうだ。


「ハイハイ! それならワタシ、知ってるのデース!」


 どうしたものかと困っていると、急にメイド服を着た女性が話に入り込んできた。


「だ、誰?」


「ワタシ、リン様のメイドのメリーナデース! 故郷からこの街に上がって数年は経っているので、案内出来ると思うのデース!」


「そ、そうか、それは助かるが……」


「アンタ、変わった喋り方ね」


「これは、故郷の訛りデース!」


「訛り……」


 訛りならしょうがない、のか? なんか似非外国人みたいな訛りだ。


「それで、魔道具店に案内してくれるのか?」


「いえ、それよりももっといいところがあるのデース! 王城デース!」


 メリーナはビシッと、この街で一際目立っているお城の方を指さした。


「エドワード様が死んだことで、あの城の主はいなくなったデース。つまりあの城の宝物庫の中身の持ち主もいなくなったってことデース! ってことはつまり、ワタシたちが貰っても問題ないってことなのデース!」


 ……それは、発想の飛躍が過ぎるんじゃないか?


「っていうか、そのメリーナ?さん的には良いのか? エドワード王子は、メリーナさんにとって主だったわけで……」


「呼び捨てで結構デース! えっと、タニガワ?様は、ワタシの命の恩人デスし、これからはワタシの主デスからね!」


「えっと、じゃあメリーナも俺のことは様付けとかじゃなくて普通に呼び捨てとかで呼んでくれて良いぞ。俺は堅苦しいのとか苦手だし」


「それは出来ないデース。メイドの矜持デース」


 きっぱり断られてしまった。


「その、メイドの矜持的には死んだ主の財宝を奪うのはアリなのか?」


「タニガワ様、ワタシもう一度死んでるのデース! ソウイチ様のスキルで身代わりにされて首が飛んでるのデース! 主君の為に、命を捧げた。メイドの忠誠として、これ以上はないデース!

 でもワタシ、タニガワ様に生き返らせてもらったデース。つまり、今のワタシにとっての主君はエドワード様ではなくタニガワ様デース!」


「な、なるほど……」


「それにそもそもワタシ、故郷に仕送りをするためにこの街に上がってメイドをしていたのであって、命を賭けるつもりは最初はなかったのデース。なのに脅され――。まあエドワード様に誠心誠意尽くしてきたワタシが、エドワード様の遺産をちょびっと貰ったとしてもバチは当たらないと思うのデース」


 そう明るいトーンで言うメリーナの目は一切笑っていなかった。


 なんかそこはかとない闇を感じる。まあ、メリーナの言ってる理屈はめちゃくちゃなようで筋は通ってるし、俺としてもエドワード王子の宝物庫からスクロールとか便利アイテムとか先立つものとか手に入れられたら助かるので素直にメリーナの提案を受けることにする。


「じゃあ、案内よろしく頼む」


「任せるのデース!」


「ミュー、隠密の魔法も使えたわよね。お願いできるかしら?」


「解ったのです。認識阻害アテンションチャフ


 ニケの言葉に、ミューが魔法を使う。


「隠密の魔法が使えるのなら、この街に入るときに使えばあんな苦労しなかったんじゃないか?」


「この魔法は、すれ違う人の目に留まりにくくするだけの魔法で、がっつり守ってる門番の目を欺ける類のものじゃないのです。完全に姿を消せる魔法もあるけど、それも欠点が色々あってあの場で使える感じのものではなかったのです」


「そうか」


「た、谷川さん。何かみんな凄く乗り気のようですけど、強盗ですよね? 女神様の使徒的に、その……大丈夫なんですか?」


「九十九さん。これは、アストレア様の教えの一つなんだけど――“正義の執行者が悪人から財を奪うのは略奪でなく徴収である”……つまり、世界の法を犯したエドワード王子の遺産を俺たちが貰うのは、アストレア様の名の下に許されてるんだ」


「な、なるほど。……まあ、アストレア様が良いっていうなら大丈夫ですね」


「そう言うことだ」

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