第41話 希望の光

 あれから、どうにかこうにか誤解を解いた。


 ……多分解けたはずだ。なんか二葉さんが看護師さんにお赤飯を頼んでたような気がするけど。恐らく信じて貰えたはずだ。



 そして、誤解を解いた後。二葉さんが目を爛々と輝かせて俺に聞いてきたのだ。


「雪翔くんは七海のどんなところが好きになったのかな?」


 ――と。



 お? 良いのか? 語るぞ? 病院なのに語っちゃうぞ?


 うきうきしながらも一応七海に確認を取ると……恥ずかしそうに顔を赤らめながら頷いた。



「うん、いいよ」

「まずこういうところが好きです」

「分かるー!」

「……お母さん、病院だから出来るだけ静かにね。あと、体にも響くから」



 いや、もう今のワンポイントに可愛いが詰まっている。



 まず七海。可愛い。照れている姿。めちゃくちゃ可愛い。


 そして――この照れている姿。二葉さんが聞きたいからと、恥ずかしいのを我慢しているのだ。



「推せる要素しかない。大好きですほんと」

「分かってるわね、雪翔くん。他にはどう?」

「語りたいところが多すぎて迷いますが、俺は子供好きな一面も好きです」

「分かるわね……入院してる子供とかすっごい話しかけて励ますのよ、この子」

「なんですかその大好きすぎる尊みエピソードは」


 え、まだ俺の事大好きにさせるの?

 大好きの伸びしろがまだあったことに驚いてるんだけど?



「う、うぅ……ちょ、ちょっとだけ恥ずかしい。でも、ちょっと嬉しいって思っちゃってるのが……」

「な、七海も色々変わってるんだね」


 七海がぎゅーっと手を握ってきて、五織さんが苦笑いをしている。



「七海がお話してた子、退院してから時々手紙を送ってくれるのよね」

「登場人物全員優しい」


 七海がここでも七海してたの、なんか嬉しくなるな。



「ここでも七海は誰かを助けてたんだな」

「わ、私は私がやりたい事をやっただけだよ」

「結果としてそれがたくさんの人を助けてる。ほんと凄い。偉い。好き」

「ほ、褒めすぎだよ」



 全くもってこれは過大評価じゃない。だって――



「現に、七海に助けられたのが俺なんだからな。人生の二つや三つは捧げたくもなる」

「……雪翔くん」

「ん?」



 七海が手を引いてきて、何かを聞きたそうに俺を見てきた。



「雪翔くんって、私に助けられたってよく言ってくれるけど……何があったのか、聞いてみてもいい?」

「……いいけども。でも話したら長くなるから軽くな、軽く」



 ちょっと最近過去を押し出しすぎたかもしれないな。反省せねば。



「……まあ、そうだな。家庭の事情であって、中学に入ってすぐの頃に精神を病んだんだよ」


 このの部分は話すと本当に長くなってしまうので、割愛だ。いつか話す機会があれば、だな。



「もう人生なんてどうでもよくなるくらい。……要が居なかったら俺はもう居なくなってたかもしれないな」


 あの時、要が居てくれたから俺は首の皮一枚で生きることを……いや、死ぬことを選択しなかったと言った方が正しいか。



「大変な日々を送ってる時にたまたまSNSで流れてきたんだよ。【Sunlight hope】の自己紹介動画が。今はもう見れなくなってるけど」



 本当にたまたまだ。その積み重ねのお陰で俺はここに居るのだから、本当に感謝しなければならない。



「一目惚れだった」


 そう言うと、七海がピクンと跳ねた。可愛い。好き。



 ……本当に、あの頃からずっと大好きだ。



「それで、動画を開いて。もっと好きになった」



 何百、何千回再生しただろうか。今でも簡単に思い出せる。




 ――私が貴方を照らす、【希望の光Sunlight hope】になります



「俺にとって、七海が【希望の光】だったんだよ。あの頃からずっと。今も、これから先もずっと」

「……」



 そして、その時決めたのだ。出来る限り、彼女が成功するよう頑張ろうと。


 ただの一ファン。出来ることはもちろん少ない。それでも俺は、全力を尽くしてきた。



「ありがとう、七海。俺に生きる希望をくれて」

「……雪翔くん」

「だから、七海が疲れた時は俺が支えになるよ」



 七海がふう、と小さく息を吐いた。そして――俺は七海が手を手繰り寄せるように近づいてきて。



 鼻腔に届く甘く爽やかな香りが強くなる。全身が暖かく、柔らかなものに包み込まれた。



「私、誰かの……雪翔くんの光になれてたんだ」

「ああ、もちろん。ずっと照らしてくれたよ。俺だけじゃなく、たくさんの人を」

「……そっか」



 小さく七海が呟いて、更にぎゅっと抱きしめる力を強めた。



 ……真面目な場面だぞ。気絶するなよ、俺。


 あと、ガッツリご両親に見られてるんですが。良いんでしょうか七海さん。



 その言葉を飲み込んで、俺はただ彼女の背に腕を回していたのだった。



 ◆◆◆


「雪翔くんが居てくれて良かったよ。……私ももう、凄く反省している。七海が辛い時に傍に居られなかったことを」

「……そうですね。これからはもっと七海との時間を作れれば、喜ぶと思います」



『そんなことありません』なんてことは言えない。実際、もうちょい七海に目を向けて欲しいなーという気持ちもあったから。


 それでも、こうして反省している所を見ていると本当に七海のことが好きなんだなと伝わってくる。たくさん両親に愛されて育って欲しい。



 ちなみに七海は二葉さんのリハビリに付き添っている。リハビリと言っても散歩なんだが。



「……一つ、良いですか? 五織さん」

「いいよ」

「二葉さん、昨日は体調を崩していたと聞いてましたが……」



 それにしては、今日はかなり体調が良さそうに見える。七海と出た時も足取りが軽そうに見えた。



「ああ、薬の副作用で昨日までは悪かったんだ。今日からは大丈夫ということと……七海が来る時は元気になるからだね。病は気から、ってやつだよ。空元気とかではないから、安心して欲しいな」

「なるほど」


 それなら安心だ。……気を使わせてしまうのが一番良くない。特に俺という部外者のせいでそうなってしまうのは。



「今日は雪翔くんも、という話だったからね。七海のことが不安なのもあったけど……エレベーターで楽しそうにしてる二人を見て、元気になったんだと思うよ」

「その節は大変申し訳ございませんでした」



 あれはちょっと油断をしすぎていた。密室ということで回避方法がなかったのもある。



「別にいいんだよ。七海からしてたことだろうし」

「……でも」

「いいかな? 雪翔くん。私も二葉も、君達二人の関係に口出しをしたりしない。七海の意思を尊重するからね」



 ……そういうタイプなんだろうな、とは思っていた。七海のことを心の底から信頼しているのだろう。


「だけど、一つだけお願いがある。雪翔くん」

「仰せのままに」

「そんなにかしこまらなくても……」


 五織さんがまた苦笑いをした後、まっすぐに俺を見つめてくる。



「七海のことをこれからも頼む」

「お任せ下さい」




 この身を――などとはもう言わない。それは七海が悲しんでしまうから。



「俺に出来ることはなんでもします。もちろん、自分も大切にしながら」

「うん、その言葉が聞ければ私は満足だよ」


 五織さんが柔らかく微笑む。


 さっきまでは七海のお兄さんに見えてしまいそうなくらい若々しい印象があったが……こうして見ると、本当にお父さんだったんだなと感じる。



「そうだ。私にも学校での七海のこととか聞かせてくれるかい?」

「分かりました。では英雄叙事詩風に」

「いや、普通でいいよ。普通で」

「……む。分かりました」



 という感じで――その日は七海の両親と色んな話をした。


 俺が思っていた以上に優しい人達で本当に良かった。

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