第50話 最推し家で最推し語りwith【Sunlight hope】
「はいここ。ここで一時停止します。まずは七海の表情に注目して欲しい。可愛い」
「うん、可愛いね」
「かわいいー!」
大きなモニターに映し出された七海の笑顔。今日も変わらず推しが可愛い。
「そしてこの笑顔に注目して欲しい。【ぴゅあはぴ♡ばけーしょん】のMVにある二分三十二秒で見せた笑顔と似ています。でもちょびっとだけ違います。口角が数ミリ、そして目もキラキラしているんです。そう。これで俺は気づいたんです。【からふる▶しんぎゅらりてぃ】は【ぴゅあはぴ♡ばけーしょん】と地続きの物語となっていることに。つまり、この崩壊した世界でも彼女たちは【アイドル】になることを諦めていない。泣ける。これに気づいた瞬間俺は泣いた。この物語は映画化すべき価値がある。映画化された日には全米が泣くだろう。俺も泣きに行く」
「……驚いたよ。まさか本当にこの誰が気づくんだってマネさんが突っ込んだ小ネタに気づく人が居るとは。映画化は言い過ぎな気もするけど」
土曜日。七海宅で俺は推し達に推し語りをしていた。何を言ってるんだと言われそうだが、俺が一番言いたい。
なんか流れでそうなったのだ。
「え、えっと。さすがに笑顔ドアップをこの画面で見られるのはは恥ずかしいかな」
「あ、ごめん。じゃあこっちで」
「変わってないね!?」
「そう。変わっていないんだ。これに気づいた時、俺は思わず暗闇の部屋の中スタンディングオベーションしたとも。――前の二曲は一周年記念MVである【わんすもあ!あいどる!】の世界に繋がっていたんだ。荒廃した世界でしかし、【Suh】は幸せを振りまく。その結果、世界は愛で満たされることとなった。これに気づいた瞬間俺は泣き叫び、喉を痛めて三日は声が出なくなった」
「喜んでくれるのは嬉しいけど体は大事にしてね……?」
一周年記念MVにも色々小ネタは隠されていたが、まさか未来に公開されたこの二曲が伏線となるとは俺でも思っていなかった。
「……私、それ初耳なんだけど。七海」
「私もそうだよ。でも監督さんから妙な指示飛んでたよね。雪翔くんが言ってたのと同じで、この時の笑顔再現してって」
「雪翔くんすごーい!」
ふふふ……凄いのは俺ではなくここまで小ネタを仕込む監督。そして、それを表現した【Suh】である。
「一つ聞いていいかな、雪翔くん」
「ん? 考察か?」
「それも聞きたいんだけど。『pn0115』というアカウント、もしかして君かな?」
「……ナンノコトカナー」
やっべ。バレた。いや、今更か。ぴょんぴょんだってこともバレてるし。
「考察スレでたまに現れてはとんでもない爆弾を落としていく。【Sunlight hope七不思議】にも数えられる謎の存在」
「今更だけど私達って結構特殊なグループだよね。七不思議があるアイドルグループってなんなんだろ……」
「それもまた【Sunlight hope】の魅力の一つだ」
MVを見て癒されるもよし、考察で楽しむのもよし。彼女達の歌とダンスに見蕩れるもよし。ガチ恋するのもよし。(ただし迷惑を掛けてはいけない)語り合うのもよし。
とにかく色んな層のファンが居るのだ。老若男女誰もが楽しめるぞ。
うんうんとしたり顔で頷いていると、貴船さんが部屋にひょこっと顔を覗かせてきた。
「本当に凄いよね。監督とプロデューサーにも話したんだけど、凄い喜んでたよ。監督に至っては顔のあらゆる穴から汁を垂れ流して喜んでたし」
「か、監督……確かにMVが出た後は誰が気づくかなってソワソワしては落ち込むを繰り返してましたけど」
「なんかよく分かんないけど喜んでくれたなら良かったです。俺も楽しませて貰ってますし」
というか今サラッと言われたけど、俺プロデューサーと監督にも認知されたの? 俺認知されたくないタイプのオタだったんだけども。
……今更か。本当に今更だな。
「ところで、さっきから気になってたんだけどさ」
「……? なにかな?」
「すっごい自然に手繋いでるよね、二人とも」
霞ちゃんの言葉に頬が引き攣った。うん、俺もずっと気になってたんだ。
俺がここに来て語っている間ずっと、七海が手を握っていたのである。ここに来て真っ先に手を洗っていて本当に良かった。いや、手汗はかなり凄いことになってるんだけども。
「うん、繋いでるよ」
「……俺も聞ける雰囲気じゃなかったから聞いてなかったんだけど、なんで?」
「好きだからだよ」
「あんまり簡単に好きって言わないで! 好きになっちゃう! もうなってるけど!」
「ふふ、それ雪翔くんが言うの?」
「何も言い返せません」
お前が言うな選手権があれば多分俺がノミネートされると思う。でも……違うじゃん。俺の言葉と七海の言葉はだいぶ違うじゃん……主に破壊力とか。
「本当に大胆になったね、七海」
「仲良くなって私も嬉しいよー!」
大胆とか……いや、大胆も大胆なんだが。
そういうのではない、はずだ。ちょっと色々分からないことが多くなってきているが。
七海もニコニコと……少しだけ頬を赤く染めながらも、否定の言葉を発さない。なんで何も言わないんですか七海さん。貴船さんも苦笑いしてるんですけど。
というか、やっばい。人に見られる羞恥心がやばい。いや、嬉しさもあるんだけども。
「な、七海さん。そろそろ……」
「嫌、って言ったらどうするの?」
「俺が困ります」
「雪翔くんを困らせるのって中々出来ない経験だと思うんだ」
「まずい。今までの行動が裏目に出た」
「ふふ」
七海の空気を含んだ笑みが耳をくすぐってくる。
「冗談だよ。雪翔くんを困らせるのは……たまにでいいかな?」
「たまにするんですか。それ自体は別にいいんだけども。……別に嫌って訳じゃないし」
「知ってるよ」
言葉を弾ませながらも彼女は手の力を緩める。そうして離れ、俺はホッと息をついた。
……ついたものの、やっぱり慣れない。この体に体温やら感触やらが残ってる感覚は。
「ちょ、ちょっと御手洗に行ってきます」
「う、うんっ。行ってらっしゃい」
この場に居ると、火照りが鎮まるまでしばらく時間が掛かるだろう。
熱の篭った息は、部屋を出てから吐き出した。
「……ちょっと、本格的にまずくなってきたな」
心臓がドクンドクンと胸を強く打ち付けている。それはいつもと同じ。そのはずなのだが――
――その高鳴りは、以前まで感じていたものとは何かが違う。
目を瞑り、自分の胸に手を当てる。また熱のある息を吐いたものの……全てを吐き切るには今しばらく時間が掛かりそうだった。
◆◇◆side.楠七海
「……ふぅ」
「ふふ。まさか本当にハグをするとはね」
「七海ちゃん、嬉しそうー!」
「……そうだね。嬉しかったかな。彼を抱きしめられるようになったのは」
体にはまだ彼の熱が、そして匂いが残っている。
頬はだらしなく緩んでいて……とても人に見せられる顔ではない。霞と津海希、マネさんと雪翔くんくらいだ。
「――本当に、良い
「マネさん。止めるなら今のうちですよ?」
「ふふ、止めないよ。上からも言われているからね。好きにさせろって」
マネさんの上というと、プロデューサーさん達だろう。
事務所としても、無理に縛り付けてアイドルを辞められるよりはその方が良い。多分そういうことだ。
「まあ、上が辞めさせようとしても私がどうにかしてたけどね」
「ふふ。そう言うと思ってました」
マネさんは誰よりも私たちのことを考えてくれてる。
「貴船さんがマネさんで良かったです」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな」
ニコリと笑うマネさんに微笑み返し――私は視線を彼が出ていった扉に向けた。
「雪翔くんは色々なものを抱えてる。……特に私たちには見せないようにすると思う」
「ああ。話してたね」
三人には簡単に話していた。彼の事情を考えて、本当に簡単だけど。
「だけど、私はもう決めてるんだ」
三人に言うようにしながら自分自身にも誓う。
「私は絶対に雪翔くんと家族になる」
「手伝うよ。友であり、仲間である――七海が幸せを掴むために。いや、幸せになるためにと言った方がいいのかな」
「私もー! 雪翔くんにもっともーっと七海ちゃんのことを好きになって貰えばいいんだもんね!」
「ありがとう。二人とも」
私達のやり取りを見て、マネさんが薄く笑う。
「雪翔くんが三人に勝てる未来が全く見えないな」
小さく呟かれた言葉に私達も微笑んだ。
野田くんは雪翔くんを救って欲しいと言った。
それはつまり――今でも彼は過去に囚われ、苦しんでいるということ。
一秒でも早く雪翔くんを助けたい。そのためにはまず、彼のことを知らないといけない。彼に私の気持ちを知って貰わないといけない。
そのために私は何回だって伝えるよ。貴方のことが好きだって。
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