第51話 神流雪翔vsガチ恋距離ふわふわハグ
御手洗から戻ってくると、津海希ちゃんがあっ! と声を上げた。
「雪翔くん雪翔くん!」
「何でございましょうか津海希ちゃん」
「七海ちゃんってふわふわなんだよ!」
「津海希?」
いきなりの言葉に霞ちゃんが目を丸くして名前を呼んだ。
俺は一瞬何が? と言いそうになったが、ギリギリで堪える。
「雪翔くん、膝枕して貰ったんでしょー?」
「し、して貰ったが……」
「じゃあふわふわも気になって触ったでしょー?」
「ひゃっ!」
津海希ちゃんが七海のふわふわに手を重ねた。俺は全力で目を背けた。
「ふわふわ!」
「つ、津海希? あ、あんまりそういうのは……」
「なんでー? 学校だとふわふわな子、みんな触られてるよー?」
「そ、それは、みんな女の子だったからで……ひゃん!」
まずい。目だけじゃダメだ。鼓膜を潰すべきか――と本気で悩み始めた頃。
「ゆ、雪翔くん。べ、別に見てもいいんだよ?」
「七海さん?」
「それとも見たくない?」
「七海さん?」
ちょっと何をおっしゃってるんですか。本当に。理性さんをくすぐらないで。今全力で耐えてるんだから。
「そうだよー! ふわふわは目にするだけで健康にいいってさっちゃんも言ってたよー!」
「さっちゃんは一体何を教えてるんだ……」
いや、聞いたことはあるけども。それが本当かどうかは知らない。
――今まで言葉にしたことはなかったが、七海は大きい。ふわふわが大きいのである。
ただ、俺自身そこはあんまり気にしてない。ふわふわの大きさよりも彼女の持つ概念的な美しさを俺は推してるわけだからな。
別にそこが大きくなくても推してる。霞ちゃんも推してるからな。
「……雪翔くん、今私以外の女の子について考えてなかった?」
「いきなりヤンデレみたいなこと言わないで七海さん」
そろそろ大丈夫かなと思って目を戻すも――まだ津海希ちゃんがふわふわを触っていた。七海は抵抗していない。
「ンッッッッッ」
「雪翔くんがすっごく複雑で名状しがたい表情してる……」
七海の優しさと困惑と恥ずかしさとその他諸々が混じった表情に心が反復横跳びを始めた。
ありがとうございますと叫びたい。でもさすがにそれはかなりドン引かれる未来しか見えないので自重だ。
「どーかなー? 雪翔くん」
「どうかなではなく。警察とファンに圧殺されてしまいますので」
「……?」
「Help 七海」
「……通報したりしないよ?」
「七海さん?」
いやあの、そういうことを聞いてるんじゃなく。というか通報してくれ。
「ゆ、雪翔くんがさ、触りたいんだったら……」
「霞さん。通報を。俺の理性が残っているうちに……!」
「闇落ち寸前の聖騎士みたいなこと言うね。しないよ」
「えっ」
じりじりとにじりよってくる七海さん。ちょっと、え、助けて。推しが。推しが近い。
「あ、あの? 七海さん。一回落ち着いて。心音がbpm300を奏で始めてますから」
「血管の消耗具合凄そうだねそれ」
「そう。消耗具合凄いから。ね? 七海さん? ちょ、あの。良い匂いします」
「……ふふ」
「楽しんでるよね!? 楽しんでますよね七海さん!? そういう所も大好きですが!?」
くすくすと笑う七海。しかし止まることはない。そして――
「雪翔くん、結構体幹強いんだね」
「七海さんが蝶の羽よりも軽いだけ、です……ガチ恋距離……」
受け止めることも出来ず、七海が寄りかかってきた。
体が密着するように……なんか凄い体勢になってる。顔が、顔が近いです七海さん。顔が良すぎます。
「ふわふわ柔らかいでしょー?」
「言わないで津海希さん! 今自首するところだから!」
近い。柔らかい。良い匂いする。リアルガチ恋距離の破壊力がとんでもない。
「えいっ」
「ンギュプルゥ」
「私から行ってるから良いんだよ、雪翔くん」
「良くないです。色々と、情操的なあれこれが」
「ふふ」
くすりと漏れた笑みと共に、吐息が胸をくすぐってくる。
じっと俺を見ている瞳は宝石のように輝いていて、しかしその頬は朱色に染まっていた。
その表情は恥ずかしがってるというか……考えるな考えるな。違う、そういうのじゃ……うん。考えない。
「ねえ、雪翔くん」
「……なんでしょうか」
なんとなく、次に来るであろう言葉を察しながらもそう返せば――
「大好きだよ」
――予想通り、しかしそれ以上に破壊力を持った言葉が返されてきた。
顔に上る熱が別の熱さに変わっていき、目を逸らしてしまう。
「……お」
言葉を返そうとしても、声は空気となって途切れてしまった。一度顔ごと逸らし、咳払いを挟む。
「……俺も、大好きだ」
「……知ってる」
想定以上に声が小さくなってしまっていた。でも、この距離だと聞き逃すこともないはずだ。
一瞬だけ目を向ければ、七海は柔らかい笑みを浮かべていた。ぎゅっと、抱きしめられる力が強くなる。
そうして、二人に見守られる中俺達は――しばらくの間、そうしていたのだった。
◆◆◆
またもや俺は部屋から出て、リビングの方で呼吸と心臓を整えていた。
「大変そうだね? 雪翔くん」
「……大変、というと少し違うかもしれませんが」
先程から貴船さんはここで仕事をしていたのだ。
「その、貴船さんは止めないんですか」
「ふふ、同じことを聞くね。君たちは」
「ん?」
「いや、なんでもないよ」
貴船さんがPCからこちらへ目を向けた。その表情は暖かく優しげだ。
「うちの事務所は恋愛禁止じゃないからね」
「でも、それって方便みたいな感じじゃ……」
「ふふ。確かに居ないけど。でも、前例は作るためにあるんだよ」
「……そもそもそういうのじゃありませんから」
「今はまだ、ね」
意味深に呟き、貴船さんが一つ伸びをした。
「近いうちに雪翔くんも考えが変わるよ。絶対に」
「……」
その瞳はまっすぐに俺を見つめていた。しばらく視線を合わせていたが、俺の方から外した。
「……そうだと良いですね」
「うん。なんせ、あの子が唯一心を許した男の子だからね」
「だ、だから、そういうのじゃ……」
ない、という言葉は出てこない。あれだけあの言葉を向けられたら何も返せない。
……好きだって言われた方の気持ちってこんなだったんだな。
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