第52話 神流雪翔vs理想の奥さん
現在、七海がクッキーを作ってくれている。津海希ちゃんは楽しそうだからと七海についていった。
そして、部屋には俺と霞ちゃんが取り残された。かなり珍しい組み合わせである。
「ところで雪翔くん」
「何でしょうか霞さん」
「七海って結婚した後はどんな奥さんになると思う?」
「全人類が夢に見るような奥さんですかね……?」
「相変わらず七海の評価凄いね。いや、過大評価って訳じゃないんだけどさ」
七海が奥さんはもう全人類の夢なんだよな。ほら、帰ってきて「おかえりなさい」って出迎えてくれるのを想像してみて欲しい。脳が溶けるから。
「ちなみに雪翔くんは七海ちゃんと結婚したら何をしたいとかあるの?」
「けけけけけっけっけけけっけっ」
「雪翔くん。笑い方が魔王の手下に居る三下参謀みたいになってるよ」
「霞ちゃんって結構この手の話題食いつくよね。良いと思います」
実は霞ちゃん、結構漫画やアニメも見てるのだ。それもオタク向け……というか、可愛くてちょっと過激な女の子がいっぱい出てくるようなやつ。
「おっと、話は逸らさせないよ。それで何をしたいのかな?」
「……拝む?」
「崇拝対象になってる」
「貢ぐ?」
「やっぱり崇拝対象だね」
「崇め奉る?」
「崇拝の熟語制覇しちゃったね」
どう足掻いても崇拝してしまう。でもしたいんだから仕方ない。
「ほら、例えば……そ、添い寝、とか」
「不敬罪で極刑を食らってしまいます」
「どこの独裁国家かなそれは」
考えることすらおこがましい。
「でもあの時は添い寝みたいな感じだったよね」
「腹を割きます」
「志が武士。でも七海が悲しむからダメ」
「……ちょびっとだけは?」
「ダメ」
「ぐぬ」
「一つ気になったことがあるんだけどさ」
早々に話が打ち切られた。とはいえ俺は推し至上主義。なんでも答えるぞと意気込んで霞ちゃんを見た。
「七海が今日も泊まってって言ったら雪翔くんはどうするのかな?」
「道路で寝ます」
「家ですらないんだ」
あの日は……色々と特別である。そもそも俺、前日で気絶して意識なかったし。
というか俺、なんで意識無くしたんだ? 多分七海関係な気はするが、まだ思い出せない。
「ちなみに七海が一緒に眠ろうって言ったらどうするんだい?」
「…………極限まで渋りながらも七海が悲しそうな顔をしたらなし崩しに隣に行くかと」
「おお、自己理解が出来てる。……七海のことを理解してるって言った方がいいのかな?」
「七海の意思が硬いところが好きですから」
「ふふ、分かるよ」
とはいえ、それはさすがに妄想である。そもそも二人が居るんだし、その未来はないはずだ。ないよな?
「一回話を戻そうか」
「……というとどこまで?」
「七海が雪翔くんと結婚したらかな」
「ちょっと俺の記憶にその情報はないです」
「あれ、違ったっけ」
くすくすと笑う霞ちゃん。絶対に故意である。でも可愛いのでよし。
「雪翔くんと七海、お似合いだと思うんだけどね」
「……俺よりもかっこいい人はいっぱいいますよ。特に芸能界とかだと」
「雪翔くんもかっこいい方だと思うんだけど」
「多少身嗜みは整えるようにしてるけども、差はめちゃくちゃありますので」
推し活をする者として、そして最近は七海と居ることが多いので格好は気をつけている。
それはそれとして、自分がテレビに出るようなアイドルや俳優に並ぶと思うほど自惚れてはいない。
「……確かに彼らは自分に掛けられるお金は段違いにあると思うけど」
「それも含めて武器ですよ」
実際、大人になったら自分にお金が掛けられるくらいお金持ちであることも武器となる。お金は武器なのだ。見た目より重要視する人も居るだろう。
「だけど、七海を一番知っているのは雪翔くんだよ」
「……分かりませんよ」
「いいや、分かるさ」
絞り出したように押し出した声を、即座に否定される。
……それは自分でも分かっていたはずなんだが、つい言ってしまった。
「誰よりも傍であの子を見てきたんだ。誰があの子を支えたのか……もちろん私と津海希も君の言葉に支えられてきたんだ」
優しく、暖かな声。柔らかな微笑みと共にそれが向けられた。
「君は誰よりも七海のことを知っているよ。私が断言する」
「……それなら嬉しいです」
まっすぐな言葉に頷くと、霞ちゃんが大きく頷いた。
と、その時。扉が開かれ、津海希ちゃんが顔を覗かせてきた。
「二人ともー! そろそろクッキー出来るよ!」
「ん? ああ、ありがとう。行こうか、雪翔くん」
「分かった」
……良かった、呼びに来てくれて。
このまま話し続けてたら、自己肯定感が上がりすぎて爆発してしまいそうだったから。
◆◆◆
「あ、雪翔くん。そろそろ出来るからね」
「――ヴッッッッッ」
キッチンに顔を覗かせれば、そこには女神が居た。
エプロン姿の七海、本当に破壊力が凄まじい。可愛いとか美しいとか、そういう言葉で表せない。
「ふふ、どう? 雪翔くん。これお菓子用のエプロンなんだ」
「大好きです」
七海のエプロンはお菓子作り専用らしく、クッキーがたくさん描かれていた。シンプルなエプロンも良いけど、こういうのも大好きだ。
「二人は何の話してたの?」
「ん? ……七海の話とか七海の話とか七海の話とか」
「私の話しかしてないね。……私のどんな話してたの?」
「あー、その。うん。だな」
さすがにあの話をする訳にはいかない。隣に居た霞ちゃんへ目を向けると、任せてと言いたげに頷かれた。すっごい頼りになる。
「七海と結婚したら何したい? って話をしてたんだ」
「へえ、そうだったん……へ?」
「霞ちゃんさん?」
すっごい自然に暴露されましたが。何で? 何で言っちゃうの? しかも誤解を生みやすい方向に。
「えー! 雪翔くんが七海ちゃんと結婚したいってー!?」
「噂はこうやって尾ひれが付いていくんだなって。一を聞いて十を知ろうとしないでください津海希さん」
即座に返しつつ、七海へ視線を戻すと――彼女は顔を真っ赤にしていた。
「……け、けっこん。ゆきとくんと」
小さくうわごとのように呟きながらも、七海の目はじっと俺を見つめていた。
そろりそろりと、七海が近づいてくる。七海の匂いにクッキーの匂いが混じった甘い匂いに、胸がドクンと脈打つ。
「……雪翔くんは、どんな呼ばれ方が良いのかな」
「え、あの、七海……さん?」
「雪翔さん……はちょっと遠くなった感じするよね。そ、そうなったら思い切って……雪翔、とか」
「オグュッッッッッッッッ」
「そ、それか、その後の呼び方をする期間の方が長いんだし……思い切って、お、おとう……う、ううん。ちょ、ちょっと気が早かったね、ご、ごめん」
今なんて言おうと……という言葉は出てこない。呼吸が止まり、思考も止まっていたから。
「あ、クッキー取り出さなきゃ! ゆ、雪翔くんたちはリビングで待っててね!」
「て、手伝う、ぞ?」
「だ、だいじょぶだよ。別に重くないから」
「……分かった」
肺の奥から空気を絞り出し、やっと呼吸が再開される。
リビングに戻って七海が来るまでずっと、先程の言葉が頭の中から離れてくれなかった。
もし七海と結婚なんて出来たら、毎日が楽しくなるんだろうな――と。一瞬だけそんなことを考えてしまうくらい、俺の頭は七海のことでいっぱいになっていた。
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