第53話 神流雪翔vs最推しの猛攻
「……あの」
「なあに?」
「これは一体何がどうなってこうなってるんでしょうか」
「なんのことかな?」
「なんのことかな? でどうにかできる範囲はとうに越してるのです。七海さん」
「……ダメだった?」
「ダメとは言ってないです」
リビングで七海が作ってくれたクッキーをみんなで食べていた……のだが、近い。物凄く近い。近いと言っていいのか分からないくらい近い。
七海は今俺の隣で……肩に顎を乗せ、じっと食べている所を見つめていたのである。
「食べてる所を見られるのは嫌かな?」
「それはいいんですが」
「それはいいんだ」
「ただその、近すぎる弊害が出てると言いますか」
何がとは言わない。というか言えない。
お願いだから気づいてくれ……という念を込めながら視線を向ける。
しかし――
「……? なんのことかな?」
「フワッッッッッッ」
ふわふわの当たる感触が強くなって、背筋がピンと伸びた。
「な、七海さん……」
「ふふ」
楽しそうに笑う七海。完全に小悪魔モードが出てる。勝てない。勝てるはずがない。
助けてという意思を込めて霞ちゃんと津海希ちゃんへ視線を向けた。
霞ちゃんは楽しそうに俺達を見つめており、津海希ちゃんはクッキーを食べて目を輝かせていた。美味しそうで何よりである。
ちなみに貴船さんはバリバリ仕事中である。
これは……自分でどうにかしなければいけないやつだな。
「な、七海さんは食べないんですか?」
「んー……そうだね、ふふ。いいこと思いついた」
いいことって何でしょうか七海さん。さすがにそろそろ俺から離れてくれるんでしょうか。
「雪翔くん、私ね。クッキー作り頑張ったんだ」
「あ、ああ。……対価か? 俺の命何個で足りる?」
「そういうのじゃないよ。食べさせて欲しいなって思って」
「ん?」
「あー」
俺の返事を待つより早く、七海が小さな口を開けた。
あの? え? と困惑しながらもクッキーを一つ取る。
口を開ける最推しも可愛いけど、大切な口や喉を乾燥させる訳にはいかない。
それはそれとして、口はデリケートな部分である。絶対に触れないようにしなければ――
「あむっ」
「キョンッッッッ」
指にすっごく柔らかいものが触れた。え、唇ってこんなに柔らかいの……?
と、というかこれって指にキ……いや。それは誇張しすぎだ。うん。妄想をやめろ俺。
「……ん、おいし」
「そ、そうか。それなら良かったです?」
「あ」
「七海さん?」
親鳥に餌をねだる雛のように口を開ける七海さん。次が欲しいのだと言われなくても伝わってきた。
「んむ」
「ピョッッッッ。あ、あの、七海さん」
「んぐんぐ」
クッキーの先っちょを掴んでいたはずなのに、必ず指先へ唇が触れる。
もぐもぐと七海が咀嚼する度に肩がぐにぐにと揉まれる。美味しそうに食べてるの可愛いな(現実逃避)
こくんと口の中にあるものを飲み込んで――七海がくすりと笑った。
「食べる時、指にキスしちゃうね」
「――」
「ふふ。ダメだよ、雪翔くん。……気絶したら違う所にもキスしちゃうよ」
「俺の扱い慣れてきましたね七海さん!?」
引き剥がされそうになった意識が戻される。
俺の
「な、七海さん。そういうご冗談は……」
「……さっきまでのはしてた内に入らないのかな?」
「ノーコメントにしたいです」
「ダメ」
「ダメでしたか」
じーっと七海の瞳が見つめてくる。細く白い指がそっとその……目を惹く桃色の唇を撫でた。
「……ふふ。アイドルのファーストキスは高くつくよ?」
「二十本の指とおよそ二百の骨でどうでしょうか」
「雪翔くんが軟体生物になっちゃう。……物理的な代償は要らないよ?」
「この心は全て数年前から七海に捧げております」
「ふーん? ……どっちかと言えば責任を取らないといけないのは私なんだけどね」
「……? どういうこと?」
「なんでもないよ」
ちょっと言っている意味が分からなかったが、七海は楽しそうにジーッと俺を見つめていた。なんでもないならいいか!
「……あ」
そしてまた口を開けた。少しだけ悩んだが……もう二度三度と繰り返しているのでいいかとクッキーを一枚取り、近づける。
すると、七海がクッキーを咥えた。
唇が指に触れることもなく、どうしたんだろうと思うと……彼女は顎を肩からどけ、手を器にしてクッキーを
そして、もう片方の手で半分齧ったクッキーを取り――俺の口の中へクッキーを入れてきた。
「!?」
口の中が甘さに満たされていく。
脳内がクエスチョンマークで満たされる。
それでも口の中に入れられた物は反射的に咀嚼してしまう。
至近距離で七海と俺がもぐもぐとしている。なんだこの時間。もぐもぐ七海ちょっとかわいすぎるな。
「……美味しい?」
「美味しい、です」
「良かった」
いや良かったんですけど。美味しかったんですけどもね?
「えっと、七海さん。今のは……」
「ん? 雪翔くんのことが好きだからやっただけだよ」
「ちょ、あの、至近距離でそういうこと言われると気絶しちゃいますので」
「……ふふ」
七海が微笑み、腕を回してきた。そのまま抱きしめられ――
「でも、雪翔くん。少しずつ気絶しなくなってきてるよね」
――そう言われて気づいた。
そういえば……確かに気を失う感覚がなくなってきている。
ちょっと前までは意識を失う一歩手前は日常茶飯事だったというのに。多少強引に引き戻されることはあったけども。
とにかく、前までの俺なら今の状態は確実に気絶していた。抱きしめられるだけでも気絶しかけるんだぞ。
「今の雪翔くんならどこまでいけるのかな?」
「ちょっと恐ろしいこと言わないで七海さん」
「ふふ」
「……冗談ですよね?」
「どうなんだろうね?」
イタズラを企てる子供のように七海は笑う。可愛いから全部許しちゃう……。
「それはそれとして、雪翔くん。一つお願いがあるんだけど」
「……なんでしょうか?」
「今日、うちに泊まっていって欲しいな」
七海の手が動き、手を握られる。それに勝てるはずもなく……。
「……道路で寝れるなら」
「何言ってるのかな? ちゃんと私の部屋で眠って貰うよ?」
「あ、はい。……はい? いや、それはさすがに」
「私の部屋でね」
「……分かりました」
妥協案を出そうとしたのだが、ニコニコとした笑顔に一蹴される。多分これ、七海が一歩も引かないやつである。
――そうしてこの日は七海の家へ泊まることになったのだった。
「あ、あと今日は霞と津海希、二人とも帰るからね。マネさんも」
「……つまりどういうことでしょうか?」
「二人でお泊まりってことだね」
「えっ」
衝撃の事実が知らされながらも、今更やっぱり無理ですとは言えなかったのだった。
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