第16話 推しハウスWithマネージャー

「初めまして。神流雪翔かんなゆきとと申します。ありがとうございます」

「え、えーっと……?」

「七海ちゃん……【Suh】のマネージャーということは実質【Suh】の母とも呼べる存在……それはつまり国民栄誉賞が三つくらい与えられるべき御方」

「と、とりあえず初手土下座はやめよ? 雪翔くん」

「そのご尊顔を拝見する事すらも烏滸おこがましいです」

「私は平安時代の貴族か何かだと思われてるのかな……?」



 さて、そろそろ本当に迷惑になりそうなので土下座を解こう。


「という感じの性格です。神流雪翔です。よろしくお願いします」

「す、すごいデモンストレーションだね? よく分かったけど。よろしくね、雪翔くん」


 改めてお辞儀をした。正直脚まだがっくがくなんだけど。え、マネージャー? マネージャーってあの?


「ちょっとやっぱりもう三回くらい土下座して良いですか?」

「それは困っちゃうな……」



 困らせるのは本意じゃないので心の中に留めておこう。


「えっと。とりあえずリビング行こっか。私も着替えてくるね」


 ◆◆◆


 リビングにて。俺は貴船さんと二人になった。こういう時って何の話すれば良いんだろうか。


 ……と、普段ならなるものだが。いざとなれば全力で感謝を伝えれば良い。それか楠について語っても良い。



 しかし、そんな俺の考えは必要なかったようで……貴船さんから話しかけてきた。



「早速だけど聞いて良い?」

「なんでしょうか?」

「君は七海ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「大好きですけど」


 脊髄で答えていた。思考すら必要ない。


 しかし、それは多分どう考えても悪手である。



【Suh】のマネージャーということは、当然【Suh】……【楠七海】という人物を大切にしているのだろう。大切にしていて欲しい。


 その大切にしているメンバーが家に男を連れ込んでる。しかもその男は迷うことなく彼女のことを『大好き』と答えた。


 ……あれ? これまずくね?



「あー……はい。うん。大好きです」



 一瞬迷ったが、やはり自分に正直であるべきだと考え直す。



「……へぇ。凄いね、私相手にそんな言い切れるの」

「だって大好きですし。好きな人のことで嘘はつきたくないです」



 その瞳が俺を射抜く。

 何を考えているのか、俺の言葉の裏を見ようとするように。



「その『好き』は一体どういう好きなんだい? ……友愛か、恋愛か。それとも敬愛とか――君くらいの年頃だと性欲を好意と勘違いしている場合もある、ね。君がそうだとは言わないけど」

「……俺は、自分の感情の全てを把握出来てる訳じゃありません。その中のどれ、とは言えません」



 人間の感情は複雑である。しかも相手はクラスメイトではなく、有名人だ。最推しだ。


 自分のこととは言え、全て理解してるとはとても言えないし。



いて言うなら、全部が混じり合ってるというのが正しいです」

「へえ、性欲も否定しないんだ」

「それだけ楠七海という一人の女性が魅力的、ということです。――それはそれとして、勘違いして欲しくないことがあるんですが」



 俺が楠に抱いてる気持ちはかなり大きい。それは自分自身でも思う。


 だけど――



「俺は、楠に出来るだけ幸せな日々を過ごして欲しい。……幸せに過ごすために俺の力が必要なんだったら、いくらでも手伝う。だけど、見返りは何も求める気はないです」


 そのスタンスは最初から最後まで絶対に変えないつもりだ。


「ただ好きでやってることです……信じて貰えないかもしれませんが」


 心の底から思っていることだ。でも、向こうからすれば信用ならないだろう。


 んー。難しいな。これは証明とか出来るものじゃないし。……どうしたものか。



 もしここで『これ以上楠七海と関わるな』と言われたら困るのは俺ではなく楠……だと思ってしまうのは自意識過剰じゃないと信じたい。



「……ふふ。本当に、あの子の言う通りだ」

「ん?」



 予想外の言葉と笑い声に顔を上げると……貴船さんが微笑んでいた。


「ごめんね、急にキツい詰め方して」

「い、いえ……マネージャーという立場なら当然かと」


 というか、詰めてこない方がおかしい。普通なら問答無用で『もう関わるな』と言われるだろう。



「あー……でも本当にごめん。雪翔くん、七海ちゃん」

「別に謝らなくて――え?」

「……聞いてるの、分かってたんだね」


 予想もしていなかった名前が呼ばれると同時に、後ろから子猫をも魅了するかわいらしい声が聞こえてきて。



 振り向くと、顔を真っ赤にした楠の姿があった。



「……楠? いつから?」

「……雪翔くんが『大好き』って言ってくれたところから」

「かなり早い段階」

「私、着替えるのは早いんだ。変装は結構してきてるから」


 え、待って。ということはあれやこれやも聞かれてたんだよな。


 少し不安になって楠を見るも、彼女は小さく首を振る。



「私は雪翔くんのこと信じてるから、気にしないで」

「俺がめちゃくちゃ気になるんですが!?」

「……それはごめんね」


 もー! 可愛いから許す!



「……それで、マネさん」

「あ、あはは……ごめんね?」

「もう少し言い方とかなかったんですか」

「く、楠? 俺はあんまり気にしてないし、貴船さんも立場とか――」

「それは分かってる」


 あ、分かってるんですね。


 ……というか楠、めちゃくちゃ怒ってる? 恥ずかしくて顔を赤くしてたと思ってたんですが。



「分かってるんだけど――友達が、私を助けてくれてる大切な人が疑われてるのは、凄く面白くない」



 いやめちゃくちゃ怒ってますね!?



 貴船さんはと言うと、凄く驚いた表情をしていた。やっぱり楠が怒るのは珍しいのだろう。



「何回でも言うよ、マネさん。雪翔くんは私を助けてくれた、今日も私を助けるために来てくれた……とっても優しくて、大切な人なの。大切な人を疑われた私の気持ち、分かる?」

「……ごめんなさい」

「マネさんの立場も分かるんだけど。せめて私に一言欲しかったな」



 おぉ。迫力が凄い。俺も怒られたい。割と最近怒られたけども。



 そこで、楠がふぅと息を吐いた。表情が可愛い怒った表情からいつもの可愛い表情へと戻っていく。


「……雪翔くんもああ言ってくれたし、怒るのはこれくらいにするね。マネさんも分かってくれたでしょ? 雪翔くんが安全な子だって」

「うん。話してみて分かったよ。本当に素直で七海ちゃんのことが大好きな子なんだって」


 あ、また楠の耳が赤くなってきた。可愛い。



「君になら七海ちゃんを任せられそうだ」

「なんか方向がおかしなところに行ってません?」

「そんなことないよ、多分」


 さてはからかわれてるな? と思うも、その表情には真面目な色も含まれていた。



「なんせ――休止するって決まってから、今が一番良い顔してるんだよ。七海ちゃんは」

「……そうなんですか?」

「うん。君に出会った時からね。『教室に大ファンが居た』って聞いたときは焦ったけど、その後「そのファンの子、すっごく面白くって』って言われてね――」

「ま、マネさん!」

「あはは、ごめんごめん」



 おお、良かった。俺が変人で。

 まさか自分が変人なことに感謝する日が来ようとは思わなかったけど。


 貴船さんがじっと目を合わせ、手を差し出して来た。


「改めてごめんね。そして、ありがとう。七海ちゃんの傍に居てくれて」

「ファンなら当然のことですよ」

「そんな風に返せるところ、なんだろうね」


 その手を握り返すと、貴船さんは安心したように微笑んだ。本当に美人な方だな。



「……」


 それをじっと楠が見ていたような気がするが……まだ怒ってるのだろうか。それともただの気のせいか。

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