第17話 最推し鑑賞Withマネージャー&最推し

「ここ。七海ちゃん達が最初に出した【恋夢】のPVの最後が再現されててめちゃくちゃ好き」


「この髪がふわってなるところ好き……ウインクファンサ助かる」


 俺は今、楠と貴船さんの前でライブ鑑賞をしていた。


 もうここ好きポイントが止まらない。全部好きなので全部伝えないといけない。口増えろ俺。



「七海ちゃんの歌、力強いのに透き通ってていつまでも聞いてられる……高校受験の時はお世話になりました。夢の中でも聞いてました」

「それって逆に嫌にならない……?」

「この身が【Suh】に染まっていく感覚が心地よかったです。……ここ! 三人で目合わせるところ大好きです!」

「ほんとに大好きなんだね……」


 やばい。サイリウム振りたくなってきた。



「あー! ここ好き! 会場の奥の方にもファンサしてくれるの神!」

「えっ、今のファンサだったの? 全然気づかなかったんだけど」

「……私もびっくりしてる。よく気づいたね、小さくピースしてたの」

「七海ちゃんに関することなら誰にも負けない自信があるので。あと、家で見返してる時に『こっそりギャルピして♡』って団扇持ってるファンの人を見つけてまさか……と思って十週して気づいたから」


 その団扇を持っていたのが女性ファンというのもあって、少し目立っていた……というのもある。さすがにファン一人一人を覚えてたり見たりはしないし。



「それと、歌の合間に二人と仲良くするの好き。尊い。好きと好きが相まって――」

「……相まって?」

「あ、いや。俺の最推しは七海ちゃんだから。【Suh】は箱推しだけども」

「……なら良いよ」


 そうしてお許しを貰ったので、また語っていく。


 純粋に好きだと伝えられるのもそうだけど、見つけた小ネタを発表していく度に二人が驚いてくれるのが嬉しい。



 もうめちゃくちゃに語って――ライブが終わった。



「……このライブが終わった後の寂寥せきりょう感。でも、この後SNSで感想を送り合うのも好きだった。二次会感あって。ライブの感想もみんなリプくれるし」



 リアルはともかく、SNSなら……友達っていうか同志って感じだけど。



「ライブ見る度に思うよ。俺、【Suh】が本当に好きで……【楠七海】のことが大好きなんだなって」

「……そっか」

「あ、勘違いしないで欲しいんだけども。俺、本当にどうしようもないくらい楠のことが好きだから。今は休んで欲しいって思ってるよ」


 このままだと早く戻ってきて欲しいアピールになるので言葉を付け加える。

 楠が楽しくないと俺も楽しくなれないから。


「いっぱい元気になって、やりたくなったら戻ってきて欲しい。いつまでも待つし、ずっと【Suh】も推し続けるよ」

「……雪翔くん」


 楠がじっと俺を見て、眼を瞑る。



「頑張るよ、私」

「ああ。頑張る楠も好きだよ」

「……うん。だから、頑張る前にいっぱい休む。また前を向いて、霞と津海希と一緒に頑張る」

「その時は俺も見に行くよ。PVでも、動画サイトの生配信でも。握手会でも、ライブでも」


 大きく、深く頷く楠。


「……良かったね、七海ちゃん。こんなに良い人に巡り会えて」

「ほんとに良かったって思う。マネさんもそう思うでしょ?」


 貴船さんが俺をじっと見て、強く頷いた。



「本当に……ここまでの熱量があって、【Suh】と【楠七海】という一人の女性を愛している人は……



 お? 俺と同じくらい楠のことが好きな人が居るのか? 是非とも会って語りたいんだけど。


「それはそれとして、改めて気付かされたよ。君が本当に――七海ちゃんのことが大っっ好きなんだって」


 あっ、教えてはくれないんですね。多分ファンの情報だろうし、当たり前だとは思うけど。



 ニコリと微笑んでくる貴船さん。【Suh】のマネージャーだから……とかはないのかもしれないが、改めてこの人めちゃくちゃ綺麗だな。


「雪翔くん? 変なこと考えてない?」

「カンガエテマセンッ!」



 背筋をピンと伸ばしてそう返すと、貴船さんが楽しそうに笑った。


「ふふ。まさか七海ちゃんが男の子とこんな風に話せるようになるなんて思わなかったな」

「……男の子じゃなくて、雪翔くんだからですよ」

「そうかもしれない……いや、そうなんだろうね」


 また、その瞳が俺を射抜く。微笑みながらも、その中には真面目な色も含まれている。



「任せたよ、雪翔くん。君が居るなら七海ちゃんはもう大丈夫そうだ」

「……俺に出来ることは少ないですけど、やれる限りは頑張ります」

「出来ることは少ない、ね。……それが出来るのは君しか居ないんだけどね」



 俺にしか出来ないかぁ……そう言われるとすっごいやる気出てくるんだけど。褒めの段階あと三つくらい上げて良い?


 いやダメだダメだ。ギリ引かれないくらいで行かないと。


「よし、それじゃあ七海ちゃん達の様子も見たし。私みたいなおばさんは帰らせてもらおうかな」

「マネさん、もう帰るんですか? あとまだまだ若いですよ」

「あと三年で三十路なんだよ私……仕事もあるからね」


 そう言って貴船さんが立ち上がった。


「それじゃあまた連絡入れるね。七海ちゃんも、何かあったらすぐ私か二人に連絡を取ること。雪翔くんにもね」

「はい、ありがとうございます。またいつでも来てください」



 玄関まで二人で見送る。俺も帰ろうか迷ったが、まだちょっと早いな。


「雪翔くんも、ありがとうね」

「こちらこそありがとうございます。まだまだ感謝は伝えきれてないんですが……」

「頑張ってるのは私じゃなくて【Suh】のメンバーだよ。感謝はそっちにしてあげて。特に七海ちゃんにね」

「過剰な程に感謝します。大好きなので」



 貴船さんが満足そうに頷き、手を振った。



「うん。それじゃあまた」

「また連絡しますね」


 挨拶の代わりに俺は深く頭を下げた。色々遠慮してるけど、やっぱり貴船さんが居なければ【Suh】は生まれなかったか……メンバーが違っていたかもしれない。




 そうなると、俺は――ここに居なかったんだろうな。


 感謝の気持ちを込めて、俺は頭を下げ続けた。



「ふふ、雪翔くんらしいね」



 隣から楽しそうに弾む声が聞こえるまで、ずっと。




 ◆◇◆◇◆



 車に乗りこみ、彼女は小さく呟く。


「……まさか、ここで会えるなんて思わなかったな。『ぴょんぴょん』君」



 思わぬ収穫があったように、その表情はニコニコとしている。


 今、彼女の脳内には【Suh】に送られてきたファンレターの数々……そして、SNSで定期的にバズを引き起こしている一つのファンアカウントの存在が浮かんでいた。




 ――俺、本当にどうしようもないくらい楠のことが好きだから。


 ―― いっぱい元気になって、やりたくなったら戻ってきて欲しい。いつまでも待つし、ずっと【Suh】も推し続けるよ。




「あの言葉は……の呟きとほぼ同じだったね」



 あのアカウントはよく『どうしようもないくらい七海ちゃんが好き』と、呟いていた。


 また、活動休止の報告の際は『休む時はいっぱい休んで欲しい。いつまでも【Sunlight hope】を推して待ってるから』と言っていたのだ。



「それに何より、あんなに七海ちゃんのことが大好きな人は彼しか居ないからね」



 確信を持ったように頷いた彼女は、ポケットからスマートフォンを取り出して操作を始める。



「七海ちゃんの復活もそう遠くないかもしれない。そうなると――」


 じっと画面を見つめ、眉間に皺が寄る。



「七海ちゃんの連絡先を流した元凶、早く見つけないと。罠に引っかかってくれたら楽なんだけど……まだ、か」


 メールを確認し、彼女はため息を吐いたのだった。

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