第18話 サプライズ

「お前って他のアイドルの曲とか聞かねえの?」

「どうした急に」


 朝、いつものやつをやっていると要が来て、唐突にそんなことを聞いてきた。周りを見るも、楠は居ない。


「いや、なんか最近後輩が勧めてきてな。【サイス】……えっと。【Silent spell】だっけか」

「ああ、【Suh】とほぼ同期のアイドルグループだな」

「おお。さすがに知ってたか」

「この二グループ、仲良いからな。たまにコラボ配信とかもしてるぞ」


 歳も同じだし、メンバーの人数も一緒。ほぼ同時期にデビューしたこともあって、SNSでも絡みがある。楠の活動休止の時にも『待ってるよ』という感じのコメントを送ってた記憶だ。


「へえ。じゃあ好きなのか?」

「……好きかどうか聞かれたら好きって言うけど。【Suh】とか【楠七海】が推し、最推しだからな」

「ふーん。そうか」



 急に返事が雑になったな。いや、これ俺に気を使ってるやつだな。……となると。


「最近勢いが凄いのか?」

「……らしい、って聞いた」

「良かったじゃないか」


 そう言えば、要が目を丸くした。


「複雑な気持ち、とかならないのか?」

「良いことだろ。アイドル界隈が盛り上がるのは」


【サイス】が盛り上がるなら、自然と【Suh】や他アイドルも見るようになるかもしれない。そうなれば界隈に活気も出てくる。


「人の不幸を願うほど落ちぶれてないし。【Suh】も楠が活動休止してるけど、かすみちゃんと津海希つみきちゃんが居るから大丈夫だ」


 多分、事務所もその辺を理解して俺……というか店に依頼を頼んだんだと思うし。


「へえ。お前が言うんなら本当に大丈夫なんだろうな」

「当たり前だ。なんせ、グループなんだからな」

「……ま、それもそうか」


 うむ。だから大丈夫だ。【Suh】なら絶対に。



 という会話をして朝は終わった。


 ◆◆◆


「最近、【サイス】人気ですね」

「そうだね。新曲がバズってるらしいよ」


 バイト先、【サイス】関係のグッズの品出しをしながら暇そうな店長に話しかけた。


 今までは【Suh】以外全然興味がなかったんだけど、確かに【サイス】関係のグッズの減りがかなり早くなっていた。


「新曲のサビの汎用性が高いらしくてね。ダンスとか動画のオチとかに使われて。そこから有名なインフルエンサーが取り上げたりして、【サイス】人気が高まったとか」

「なるほど」


 となると、後は【サイス】がどれだけ継続的にファンを呼び込めるかという話になるだろうが、あのグループなら大丈夫だろうな。


「……」

「やっぱり気になるのかい?」

「ん? ええ、まぁ。【Suh】もそんな感じにバズらないかなって」

「や、やっぱり君は【Suh】好きなんだね……そういえばPOPの件はどんな感じだい? 出来れば今週中には完成すると嬉しいんだけど」

「あ、ほとんど出来てるので明日には提出出来ます」


 一応完成してはいるんだけど、念のためにあと五回くらいは確認しておきたい。


「今回は自信作なので。調べても一件も出てこなかった小ネタ満載ですよ」

「……それは一周回って怖いんだけど」

「大丈夫です。ちゃんと小ネタとして信頼出来るものなので」

「いや、嘘を載せるとかじゃなくて、誰も見つけられなかった小ネタを満載に出来る君が怖いんだよ」


 ははっ。最古参ファンを舐めないで欲しい。これでも厳選に厳選を重ねたんだぞ。まだまだ表に出てない小ネタはたくさんある。


 ……というか、これだけ小ネタを忍ばせている【Suh】が凄いんだけどな。貴船さんか、他の人が企画してるのかは知らないけど。


「まあ、これでバズるかどうかも分からないんですけどね」

「それは大丈夫だよ。ほぼ確実にバズる」

「そんなにSNSは簡単じゃないですよ?」


 俺がPOPを作り始めてからはほぼ毎回バズってるはずだけど、次もバズるとは限らない。


 だけど、店長は不適な笑みを浮かべていた。こういうの似合うんだよなこの人。


「大丈夫。これでバズらなかったら誰がバズるの? って感じだから」

「店長がそこまで言うなら……というか俺にどうこう言う権利はないんですけど」

「あ、そうだ。あと今週の土曜、朝六時に来れる?」

「六時? また急ですね。その時間、まだ店開けてないですよね?」


 唐突にそんなことを言われた。なんでだろう。


「んー。秘密、ってことにしておきたいんだけど。三十分くらいで終わるし、その日はバイト入らなくて良いからさ」

「はぁ。どうせ暇ですし、早起きも得意なんで良いですけども」


 グッズ販売とかはいつも朝一で行くので、早起きは特技なのだ。


「じゃあそれでお願いね」

「うっす。分かりました」


 一体何の用事なんだろうか。


 ふと、頭の中に馬鹿げた考えが浮かんで――いや、さすがにないだろうなと首を振った。


 ◆◆◆


「……この時間に外出るの、久しぶりだな」


 まだ人通りも少ない。外もまだちょっと薄暗い時間帯。


 時間にそこまで余裕はないので、早足で向かう。そうしながらも今日の予定を整理する。


 今日は店の用事が終わったら一旦帰る。楠とは夕方頃待ち合わせをする形だ。


 家に帰って寝ても良いけど、あれだな。【Suh】のライブ配信のアーカイブ何個か巡っても良いな。



 そんなことを考えていると、すぐにバイト先についてしまった。そして……駐車場に見慣れない車があった。


「……?」


 まだ開いてないけど、なんでだ? 中に人は乗っていなさそうだし。


 もしかして、店長の用事に関係あるのだろうか。いやまさかな。まさか、うん。ないだろう。



 それは後で店長に報告するとして、従業員用の入り口から入っていく。当然だけど開いていて、控え室に店長が居た。……ん? 店の方からなんか聞こえる。


「やあ、来たね。神流くん」

「ええ、来ましたけど。誰か居るんですか?」

「ちょっと待ってね。すみませーん! 本人が来たのでこっちに来てください!」


 店長が店内に向かってそう声を掛けた。すると、奥の方から足音が聞こえてきて――



 ――え?


「すみません、色々見させて貰っちゃって」

「中々こんな所には来れないからね。いつも囲まれてしまうし」

「色んなグッズ買えて楽しー!」

「こらこら、あんまり騒がないでね。津海希ちゃん」



 こちらに来たのは四人。


 ――あれ。おかしいな。二人は凄く見覚えがあるぞ。残り二人も見覚えだけで言ったらめちゃくちゃあるけど。


「おかしいな。夢か。店長、一発殴ってください」

「嫌だよ。この店で殺人事件が起きるの」

「俺に何の恨みがあるんですか」


 試しに自分の腕を抓ってみて痛っっ!

 ……え? 痛い?



 ……ん?



 ん?????


「という訳で、紹介しよう。この子が【Suh】のPOPを作った神流雪翔かんなゆきとくんだ」

「へえ、雪翔くんって言う……え? 雪翔くん?」

「不思議だねー! 七海ちゃんの……あっ、これ言っちゃダメなやつだ!」

「……」

「……ふ、くく」



 あれ? 夢じゃない? おかしいなー?



 とりあえずこれ気絶して良いやつかな?

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