第36話 お誕生日デートのお誘い
「おはよう、みんなよく眠れたかな?」
「気絶するように眠ってました」
「君は本当に気絶してたからね……」
色々あったものの、どうにか起きることが出来た。
……どうにか、である。
七海が……慣れないな名前呼び。
とにかく、あれからも七海がまた腕を抱こうとしたりなんだったりで、凄く大変だった。しかも霞ちゃんと津海希ちゃんはずっと眺めたままだったし。
そういうのが色々あったけど、どうにか起きることが出来た。
……本当にもう、今日の七海はどうしたんだろうか。
「というか俺、なんで気絶してたんですか?」
「……言ってないのかい?」
「は、はい」
「……そっか」
「待って待って、俺何したんですか。怖いんですけど」
「いや、雪翔くんは何もしてないよ。うん。雪翔くんはね」
すっと目を逸らす貴船さん。ほんとに何があったんだ。
これでも、少しずつ七海に慣れてきている……と思っている。少なくとも、手を握られたくらいならギリ半死半生くらいで済む。
逆にどこから俺は気絶するのだろうか。うーん……。
「まあいっか。そのうち思い出すかもしれないし」
「……そうだね」
今はとりあえず置いておくとして。
「さて、じゃあ改めて私からも。七海ちゃん、誕生日おめでとう。これ、プレゼントね」
「あ、ありがとうございます」
貴船さんが七海に渡したのは小さな箱。なんだろうか。
「開けてみていいですか?」
「もちろん」
許可を取って七海が開けると――中には一つの瓶が入っていた。俺でも見たことのあるロゴ……ブランドだ。
「……! こ、これ、いいんですか!?」
「もちろん。この前みんなで行った時、欲しがってたもんね」
それは香水のようだった。多分この感じだと、七海が欲しがってたものっぽい。
「でも高かったんじゃ……」
「いいのいいの、これくらいどうってことないし。私も安月給って訳じゃないからね」
「……ありがとうございます!」
七海が嬉しそうで何よりである。推しが笑顔なら俺も嬉しい。
「私達からは明日、だね。七海が好きな服とか一緒に買いに行こう」
「一緒に買いに行こうね!」
「うん! ありがとう!」
霞ちゃん達とは明日行くらしい。……明日、か。
「……あー、その。七海って今日は予定とかあったりするのか?」
「今日? ないと思う……マネさん、ないよね」
「うん、今日と明日は何もないよ。二人もね」
にっこりと微笑んで答える貴船さん。なんか全部見透かされてそうな気がする。
「じゃあ、その……七海が良かったら一緒に出かけないか?」
「――」
七海が俺を見て目を見開く。そして、ニコリと嬉しそうに微笑んだ。
「うん! いっしょにデート、行こ!」
「でっ、でーと……」
「……違うの?」
「て、定義によります」
「ふふ、そっか」
本当なら昨日聞いておきたかったんだけど、大丈夫そうで良かった。
デート……七海が楽しめるよう頑張らないとな。
◆◆◆
「ど、どうかな。似合う?」
「思わず拝んでしまいそうなくらい可愛いです」
「そ、そうかな? えへへ」
「具体的にはスカートのフリルが付いた感じとか、眼鏡と三つ編みの可愛さがとんでもないです。大好きです」
「ふ、ふーん。良かった」
ということで、俺と七海は出かけることになった。
霞ちゃんと津海希ちゃん、そして貴船さんは一度帰宅した。親御さんや事務所への報告のためだ。今日までは泊まるらしいので、着替えなんかも取りに行くらしい。
「それにしても、変装すると本当に雰囲気変わるよな。また違うベクトルの可愛さで脳が溶けそう」
「変装は得意だからね。……雪翔くんが気に入ってくれて良かった」
「どの七海も別ベクトルで七海してて大好きです」
「そ、そっか」
顔を真っ赤にするの可愛い。名前呼びで照れてる……なんてことはなさそうな気もするけど。
「というか俺大丈夫? 名前呼びキモくなってない? 全然慣れないんだけど」
「そんなことないよ。……慣れるまでいっぱい呼んでね」
「そんなこと言われたらもっと好きになっちゃいます」
もう外だけど大好きって叫びたい。頑張って自重しなければ。変装してるとはいえ、目立つのは良くな…………いや、目立つには目立つか。変装しているとはいえ、可愛さは国宝級だし。
「本当に可愛いよな。どうやってこんな別ベクトルでも可愛くなれるんだろう」
「褒めすぎだよ、って言いたいけど。……本心で言ってくれてるもんね」
「俺、推しには可愛さ関係で嘘つかない。というか嘘ならこんなに語れない」
「それもそうだね」
変装した七海は【アイドル】としての七海とはかけ離れている。それでも俺の大好きな七海なのである。本当に凄い。
そんなことを考えながら歩き始める。
「今日はどこ行くの?」
「……先に言っておくけど、俺女の子と出かけるの初めてだから。期待はしすぎないで欲しい」
「ふふ、大丈夫だよ。私も男の子と出かけるのは初めてだから」
「そんなこと言われたらドキドキしちゃいますけど」
俺のちょろさを舐めない方がいい。それだけで嬉しくなってしまうぞ。
……初めて出かける男の子が俺でいいのか、と思いつつも。やめるという選択もない。
良い思い出になるよう頑張ろう。
「……と、ところでさ」
「ん?」
しかし、歩き始めたのも束の間のこと。七海がぴたりと立ち止まった。
「わ、私達さ。その、男女二人で歩いてたら……か、カップルに見えると思わない?」
「そ、そうか? 案外――」
「見えると思うんだ」
「は、はい」
まあ実際……見えなくもない、かも。
高校生男女二人で歩いてたら自然とそう思う人が居てもおかしくない……気はする。
「そ、それにさ。カップルに見えた方が身バレも防ぎやすくなる、と思うんだ」
「ふむ。確かに」
誰も……とまでは言わないけど、確かにその辺を歩いているカップルがアイドルだとは思わないと思う。この変装なら尚更だ。
「そういうことだからさ――」
七海がすっと。右手を差し出して来た。
「手、繋がない?」
「――」
――危ない。また意識飛ばしそうになった。
「……」
手を繋ぐなんて畏れ多い、と言いたいところなんだけども。
「わ、分かった」
「……!」
一番怖いのは七海の身バレ。そして――七海が不安そうにすることだ。
七海にはずっと笑顔で居て欲しいから。そのためなら腕の三本四本は差し出せる。
……手を繋ぎたかった、という思いも確かにあったけど。それを表に出さないよう頑張る。
けれど――
「繋ぐなら、こっちの方がいいかな」
「ィュルッ!?」
一度手を離されて、また繋がれた。……指を絡めた、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれるもの。
や、やややややっっばい。手汗大丈夫かな俺。
「それじゃあ行こっか、雪翔くん」
「ワ、ワカッタ」
そうしたやりとりを終え、今度こそ俺達は歩き始めたのだった。
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