第37話 最推しと水族館デート……からの?

「わあ! 綺麗だねー! 熱帯魚がたくさん!」

「うん、めちゃくちゃ綺麗。それと可愛い」

「ゆ、雪翔くん。私じゃなくてお魚さん見よ?」

「お魚さん呼び可愛すぎないか? 大好きで溢れるが?」


 俺と七海は水族館へと来ていた。出かけることを考え……すぐ思いついたのがここだったからである。


 ありきたりすぎるかな、と思ってたけど……水族館を選んで正解だったな。



「雪翔くんってこういう解説は読む方かな? 私は全部読んじゃうんだ」

「俺も読む方だ。規約とか隅々まで目通すし」

「ちょっとベクトルが違ったね……でもそっか、いつも規約守ってくれてるもんね」


 楽しそうにする推し可愛い。目に入れても痛くないどころか入れたくなる。水族館を選んだ俺を褒めてあげたい。



「ねえねえ、あっちではヒトデとかなまことか居るらしいよ! 見てみよ!」



 うんうん、可愛いの擬人化かな? ちょっと可愛すぎて倒れそうだぞ俺。もっと楽しんで笑顔を見せて欲しい。



 あと、急ぎながらも走ったりしない辺り本当にお行儀が良いというか……周りに気を使いながら歩くので、こういうのがなんて言うか凄く良い。


 ……でも、どれだけ急いでいても絶対に手は離さないんだよな。



「楽しいね、雪翔くん。初めて見るのがいっぱいだよ」

「ああ、すっごく楽しい。なな……こほん。櫛目は水族館来るの初めてなのか?」

「うん、初めて。色々忙しかったり事情があってね。雪翔くんは?」

「……小さい頃に一度だけ。あんまり覚えてないんだけどな」



 多分来てたはず。俺は覚えてないけども。



 そう返すと、七海がニコリと嬉しそうに笑う。



「それなら、今日はいっぱい思い出作ろうね!」

「今の言葉で俺が五人くらい惚れた」



 もういっぱい思い出を貰ってるけど、もっと作らないとだな。



 ◆◆◆


「し、深海魚ってちょっと不気味だね。夜に見たらびっくりしちゃいそう」

「……ソウダナー」


 あの、すみません七海さん。怖いのは分かるんですけども。俺もホラー映画見た後とか要に鬼電してたし。人の温もり欲しくなるよな。


 だけど、それとこれとは話が違うと言いますか。


「……く、櫛目さん。ちょっと近いなーって言いたいんですが」

「や、やだ。離れたくない」

「今の録音して睡眠用BGMにしたいところだけども」



 あのですね。当たってるんです。何がとは言えませんが。その。俺が考えてはいけないものが当たってるんです。



 ――という思いは届かず。ぎゅっと、腕を抱きしめる力が強くなる。



「クシメサンッ!?」

「や、やだ。離れないで……」

「離れません! 離れませんから!」



 なんでこんな可愛いのかなこの子は! という思いと、腕に感じる柔らかさと温もりが強くなって……理性がぐちゃぐちゃにかき乱されてしまう。


「つ、次のコーナー行こ!」

「わ、分かった。分かったから櫛目さん、力緩めて」

「……やだ」



 涙目でそう言われてしまっては何も出来なくなる。……それからしばらくの間、七海に抱きしめられていた。


 ◆◆◆


「おっきい水槽、すっごい迫力だね」

「凄いな、ほんと」


 本当に可愛い。驚いてる姿も怖がってる姿も、目をキラキラさせている姿も。全部推せる。


「ダメだよ、雪翔くん。私だけじゃなくてお魚さん達も見ないと」

「櫛目を見る用の目が六つ欲しいです」

「目の数が蜘蛛とお揃いになっちゃうね」


 目が圧倒的に足りない。というか推しを見て語る用の俺がもう一人欲しい。永遠にもう一人の俺と推し語りしてそうだな。



「でも、私は雪翔くんと一緒に見たいな」

「この愚鈍な脳みそと節穴な目を今からくりぬきたいと思います」

「誰もそこまで望んでないから」



 ちょっと反省しないといけない。いくら推しが可愛くても自重しなければ。



「ほら、綺麗だよ。あのお魚さんとか」

「あっちょっ」


 七海が肩を寄せてきて、いつもとは違う上品なシトラス系の匂いが鼻をくすぐってくる。貴船さんから貰った香水の匂いだろう。



 ……あと、腕がなんか柔らかい気がするけど気にしない。気にするな俺。



「あっちも凄いよ。ふふ、仲良さそうに泳いでる」

「そ、そうだな」


 仲良さそうに泳いでるのはとても良いんだけども。ちょっと今日いつもより近くないですか七海さん。


「あっちで色んなお魚さんの解説もしてるみたいだよ。見に行こ、雪翔くん」

「仰せのままに」


 という感じで七海に先導されながら、俺達は水族館を楽しんだのだった。




 ……あれ? 本来エスコートするべき立場は俺なのでは? と思いながらも、七海が楽しそうだったのでよしとしておきたい。


 ……うん。反省します。次があれば頑張ります。



 ◆◆◆


 ハンバーガーを小さな口いっぱいにほおばり、目を輝かせる七海。可愛い。


「美味しい!」

「美味しいなら良かった。……いや、良かったのか? ここで」

「うん! あんまり来ないからさ、こういうところって。人が多いし、栄養バランスとかカロリー的にもね」


 お昼は某有名ハンバーガー店に来ていた。お昼はここで食べたいと七海が言ったのでここにしたのだ。


「あ、他に行きたい所とか予定してた所とかあった……?」

「いや、そういうのは……ないというか、お昼は何でもいいって言われた時だけ行こうかなって場所だけな。元々櫛目が行きたい所にする予定だったしな」



 そう返せば七海がホッとしたように微笑んだ。守護まもりたい、この笑顔。



「あ、お昼食べたらちょっとだけ行きたいところがあるんだけど……時間大丈夫かな」

「もちろん大丈夫だよ」

「ごめんね、あんまり時間は取らせないから」




 ――と、話していた時。




「……あれ? 雪翔?」



 ピタリと空気が固まる。俺の心臓まで止まったかのように体が動かなくなった。


 全身から汗が一気に噴き出して――動かない体を無理矢理に振り向かせると、見慣れた姿が目に入った。



「――か、要? なんでここに?」

「なんで、って、そりゃこっちのセリフ……え、どなた様でしょうかそちらの女の子は」



 要の目が俺から七海へと向く。


 まーっずいぞこれ。要、妙に勘が鋭いし……いや、さすがにこの変装状態なら大丈夫か?



 とりあえず、友人ってごまか――



「わ、私は雪翔くんの恋人です」

「…………櫛目さん?」



 気がつけば七海が俺のすぐ隣に来ていて、彼女は手を握りながらそう言ったのだった。



「……へ? 恋人?」



 虚を突かれたように間の抜けた声を上げる要。




 ――え、どうしようこれ。

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