第38話 デート中のハプニング
さて、どうしようか。
七海とお出かけ中、要に遭遇した。
それはまだ、かなりまずい状況ではあるけど…………千歩譲って良いとする。
――わ、私は雪翔くんの恋人です
要に対してそう七海が言ったのである。え、これどうしよう。どうすればいいの?
「え、えーっとだな。要。これには空よりも高く海よりも深い事情があってだな」
「良かったなぁ!」
「要さん?」
「まさか俺以外の友達より先に恋人が出来るなんてな」
「……確かに」
「そこはお前も思ってたんだな」
俺だって要の次の友人が最推しになるなんて思ってなかった。というかどうしよう。このまま恋人で進めていいのだろうか。
そう思って七海を見ると、ニコリと微笑まれた。そしてその瞳が要へと向く。
「えっと、俺は雪翔の友達の野田要って言います」
「い、いつも彼から話を聞いてます。…………
名前は多分あれだな。霞ちゃんと津海希ちゃんから取ってるっぽいな。覚えておこう。
……じゃなくて。いや、もうここまで来たら一旦恋人で行くしかない。それならさすがの要でも七海だと気づかないだろう。
「櫛目さん、一個聞いて良いですか? 雪翔とはどこで仲良くなったんですか? ……うちの高校の生徒じゃない、ですよね?」
「……あ、その。わ、私、【Sunlight hope】の大ファンで。彼のバイト先で知り合ったんです」
「なるほど」
めちゃくちゃ上手いな七海。話もそうだけど、【櫛目香月】としての演技も。
声は小さく、少しだけ話に慣れてないように……そして、少しだけ声質も変わっていた。
本当に凄いな。アイドル業だけじゃなくて女優業も……そうなったら脳破壊されそうだから考えないでおこう。
とにかく、今の七海を七海だと気づける人はまず居ないだろう。……あの時の俺、なんで気づけたんだろうな。
「いやー、良かった良かった。やっと雪翔の良さについて分かってくれる人が居たんだな」
「要、さすがに恥ずかしいから」
「悪い悪い、つい嬉しくてな」
いやまあ……要はこういうときめちゃくちゃ喜んでくれるって分かってるけども。
「ふふ、雪翔くんはかっこいいですよ。……それに、いつも大好きって伝えてくれるから」
「櫛目さん?」
「おお……まさかここで雪翔の素直な部分が役に立つとは」
ちょっとそれは聞いてないんですが。いや、要が来るところから全部想定外だらけなんですけども。
「ほう? そんな素直な雪翔は恋人のどんな所が好きなんだ?」
「唐突なだる絡み。要じゃなきゃ肩パンしてるぞ」
「俺じゃなきゃ肩パン出来ねえだろ」
「ぐうの音も出ない」
無視してもいいけど……七海がそわそわと、どこか期待しているようにこちらを見ていた。
え、外で? 俺外で七海の好きなところ言わないといけないの? 全然いけるけど? 語れるけど?
ただまあ、さすがに外なので声量は控えめに行こうか。
「まず笑顔が可愛いところだな」
「ほう」
「あと気遣い。細かい気遣いとか優しさがとんでもない」
「ほほう?」
「凄いんだよ、もう。迷子っぽい子とか見つけたらすぐ声掛けるし。困ってる人が居た時もそうだな。さっき水族館に行った時も、近くに居た子供とも話して楽しんでて、それがもう可愛くて悶えた。もうあまりにも好きすぎる。大好きですほんと」
「お、おう?」
「ゆ、雪翔くん、私も聞きたいって思ってたけど、それくらいで」
七海の言葉にハッとなる。また熱が入ってしまっていたらしい。
見れば、七海が顔を真っ赤にして俯いてた。かわいっっっっ!?
「という感じだ」
「うん。お前がめっちゃ好きってのは分かった」
「あ、ああ」
とりあえず俺が好きということは伝わったようだ。うん、めっちゃ伝えたもんな。
「……なあ、やっぱあと一個いいか?」
「ん? 別にいいけども」
「大丈夫なのか?」
要の表情が真面目なものになる。その『大丈夫』とは多分、【楠七海】についてだろう。
「ああ、もう大丈夫だよ」
「……雪翔がそう言うんなら大丈夫なんだろうな。朝もSNSで呟いてたっぽいし」
ん? なんか上げてたのか?
そういえば今日は確認してなかったな。
目の前にずっと推しが居て、二人で居る時にスマホを出すのもあれだったから見てなかった。後で確認しておこう。
そこまで話して、要が小さく笑う。
「悪かったな、邪魔して」
「ん? もう行くのか? ……そういえば要は何でここに?」
「先輩の付き添いでちょっと靴をな。先輩はもう飯食ったらしいから俺だけ買いに来たんだよ」
「なるほど」
要は要で友達多いもんな。学校では俺とよく話すけども。
「それじゃあまた。……櫛目さん」
「は、はい!」
「雪翔のこと、よろしく頼みます」
「……もちろんです」
普通それを言われるのは俺の方だと思うんだけど……要から見ればそうなるよな。
「学校でまた詳しく聞かせろよ、雪翔」
「……ああ、分かったよ」
話せる範囲で、という言葉を飲み込んで頷く。
ニヤリと笑うのを最後に、要は手を振って去って行ったのだった。
「……緊張した」
「わ、私だってバレてない、よね?」
「多分。あいつ勘は良いんだけど、さすがにバレてないはずだ」
二人そろってほう、と息を吐く。一時はどうなるかと思ったが。
……そういえばなんで七海は恋人だって言ったんだ?
七海を見れば、俺が聞きたいことを察したのか背筋を伸ばした。別に緊張することはないんだけども。
「その、ね。こ、恋人って言った方が私だってバレなさそうだったし、元々今日は……恋人のつもりだったし」
「ンッッッスキッッ」
「だ、だから。ごめんね。ちょっと強引で」
「強引な七……櫛目も大好きなので問題ありません」
「ほんと?」
……ん?
「強引な私も好きなの?」
「え、あ、はい。大好きですが」
「……ふーん」
あれ? 七海さん? なんか空気変わりました?
「じゃあこれからはちょっと強引な面も見せていこうかな」
「もうめちゃくちゃ好きなんですけど」
「ふふ、じゃあもっと好きになって貰うね」
向上心の塊。そういうところが好きだ。
ただ、ちょっとだけ背筋にゾクリと何かが走って……先程、要が来る前のことを思い出した。
「そ、そういえば。さっき、ご飯食べたら行きたいところがあるって言ってたよな」
「……うん、言ったね」
「どこなのか聞いても?」
七海が一度ハンバーガーを置いて、柔らかく微笑んだ。
「病院だよ」
「……病院?」
その場所は思いも寄らぬもの。聞き返すより早く、七海が口を開いた。
「実はね。私のお母さんが入院してるんだ。雪翔くんにはいっぱいお世話になったから、紹介したくて」
それは――俺も初めて聞く話であった。
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