第43話 【Sunlight hope】復活
「おーおー。凄い人の数だな」
「だろ? やっっっっっっっっと要も来てくれるようになったんだな」
「お前に殺されん勢いで誘われたからな」
「そこまでは……ねえよ、多分」
「そこは確定させてくれよ」
一月十五日。俺の誕生日。すっごく嬉しい事に、【Sunlight hope】のライブが重なったのである。
「でも残念だな。
「あー、うん。そうだな。残念だなー」
今日ライブがあるという事で、七海からチケットを一枚渡されていた。
俺が抽選に落ちた時のために、との事らしい。無事抽選にも当たっていたし、ファンとして受け取ることは出来ない……と言いたかったのだが、それだとこのチケットは無駄になってしまうようだった。
そういう訳で『一緒に行こうと思ってたが、熱が出て急遽行けなくなった』という理由で要を誘ったのである。
「ちなみにサイリウムは何色が良い?」
「……お前はどの色使うんだ?」
「全部使うが?」
「アイドル狩りのソロか」
「今日はソロじゃねえよ。語呂だけは合ってんのなんか腹立つな。あと別に咥える訳じゃねえからな」
サイリウムを三本ホルダーに固定するのである。俺もあんまり使わないけども。
「これが七海ちゃんの色で……そうだった。七海ちゃんは居ないんだった」
「鬱アニメの主人公みたいなことやってんなお前」
「まあこれ二本で行くんだけどな。公式が『ぜひ七海カラーのサイリウムも使ってね!』って言ってたし。要は津海希ちゃんと霞ちゃんの色で良いか?」
「じゃあそれで」
七海ちゃんが居なくとも俺はこのサイリウムを振る。所々に同じような考えの人が居るっぽいし。そんなに目立たないだろう。
「じゃあ後は待機だな。心を落ち着かせて叫ぶ準備をするんだ」
「俺はもうお前が何を言ってるのかわかんねえよ。落ち着くのか叫ぶのかどっちかにしてくれわ」
「俺も分からん。聞き流せ」
「一発殴ってやろうか」
久々のライブでテンションがハイになってきたな。それは俺だけじゃない。
この会場の盛り上がりよう。凄まじく――懐かしい。
夏秋はライブなかったし。ライブはゴールデンウィークの時ぶりか。
懐かしみつつも、ソワソワとする体を落ち着ける。
要に【Sunlight hope】の事を適度に語りながら、始まるのを待った。
そうしていると――会場が暗くなった。
そこで俺は黙り、ステージへと目を向ける。【Sunlight hope】のライブは初手曲で始まるのだ。
さて、ここで俺の特技お披露目と行こう。
俺の密かな特技として、最初の一音でどの曲かタイトルまで分かるのだ。ライブ用にアレンジされていても分かる。
今日はどの曲から始まるんだろうか。
先月先々月と連続で津海希ちゃんと霞ちゃんのソロ新曲が出たが、それだろうか。
それともその前に出た二人の曲か。
後者の方が確率的には高いだろうが、ソロ曲を二人で歌うというパターンもまた趣がある。
それとも思い切って新曲とか……可能性は低くないな。たまーに初手新曲発表とかあるし。
ああ、この時間も楽しいな。
そわそわとしていると――ポロン、というピアノの音が会場に響いた。
同時に俺は立ち上がっていた。
いきなり立ち上がったせいで要がビクッとし、こちらに小声で話しかけてくる。
「ど、どうした。いきなり」
「【初恋★ウィンター】」
「なんだって?」
俺がそれ以上言葉を紡ぐ前に舞台が強く明るく――太陽のように輝く。
『私が貴方を照らす、希望の光になります! 楠七海だよ! みんな――おまたせ!』
そこには【楠七海】の姿があった。
会場が一瞬だけ静まり返り――
うおおおおおおおおお! と鼓膜が破れんばかりの歓声で満たされた。
『それじゃあ早速一曲目、【初恋★ウィンター】いっくよー!』
【初恋★ウィンター】とは【楠七海】のソロソング。……しかしCDでしか売り出されず、その上諸般の事情があって絶版となった『幻の歌』である。
まさか……サプライズにサプライズを重ねられるとは。
ああ、もう。
「大好きだあああああああああああ! 七海ちゃああああああああん!」
こんなんもう、叫ぶしかないだろう。
七海ちゃんがこちらを見てニコッと笑いかけたような気がするが……多分、気のせいではなかった。
◆◆◆
それからはもう、もう……もうやばかった。内蔵が全部ひっくり返るレベルでコールした。
しかも【初恋★ウィンター】のラスサビで津海希ちゃんと霞ちゃんが参戦してきた時にはもう全泣きした。俺の体の水分よ全て目から出てこいという勢いで泣いた。隣で要がドン引きしてた。
そして一曲目が終わって――改めて【楠七海】が復帰したことを報告した。
想像よりかなり早い復帰だが、それを喜ばないファンなど居るはずがない。
数ヶ月のブランクなどなかったかのように、ダンスも歌も……なんなら前より凄まじくなっているんじゃないかと思う。
贔屓目とかはもちろんない。というか、推しの不調すら見抜ける俺が言うんだから多分合ってる。見えないところで練習いっぱいしてたんだろうな。
「……雪翔」
「なんだ?」
「いや、楽しそうだなって思って」
「楽しいぞ。誰よりも楽しんでる自信がある」
「そうか」
要の笑う声が耳に届く。彼の視線がステージではなくこちらに向いているのは見なくても分かった。
「良かった。お前が【Sunlight hope】に出会えて」
「……ああ。ありがとな、いつも」
「良いってことよ。親友」
色々あるが、要には……感謝してもしきれないものがあるのだ。
こうして元気な姿を見せるのも小さな恩返しになるだろうと連れてきたのだが、自信過剰ではなかったようで何よりだ。
それにしても――
「俺の最推し可愛すぎないか? え? 大好きって叫んでいい? 大好きだああああああああああああああ!」
「ここで雰囲気を求める俺も間違ってると思うけどよ。今シリアスな空気じゃなかった? あと許可求める必要あったのかよ」
だって、多少叫んだ所でファン達の声援に掻き消されるだろうし――と考えながらも、しっかりと
七海ちゃんはニコリと笑って――一度会場を見渡した。
『私もみんなのこと、大好きだよー!!!』
「すきいいいいいいいいいいいいいい!」
もうこんなの大好きと超好きを超えて神好きだな。
「七海ちゃんは神様だった……?」
「俺もう突っ込まねえからな」
「ありがとう」
「突っ込まねえのが正解なのか。ま、俺も雪翔がそうなる理由がちょっとは分かってきたよ。……待て。カバンからライブDVDコンプリートエディションを覗かせてくるな。物事には順序があるんだぞ」
「ちっ」
こっそり布教出来ないかと思って持ってきたが、まだ早かったか。
「てか怖ぇよ。目だけはステージガン見なのにちゃんと返事してくんの」
「【Sunlight hope】の曲を十曲流されても全部の曲のタイトルを当てられるくらいに鍛えてるからな」
「令和の聖徳太子ってこんなんなのか……」
そう言ってるが、要も大概である。
俺、周りの迷惑にならないよう声抑えてるし。多分八割か九割くらいは唇の動きで内容読んできてるぞ。
それはそれとして、七海ちゃん達に集中したいのも事実。話はこれくらいにしてステージへと目を向けた。
無尽蔵の体力を持っているかのように七海ちゃん達は動き回る。しかしそれも、日々の練習あってこそだ。
――ああ。本当に明るいな。眩しいくらいだ。
だけど、そこから目を背けたくない。彼女ただの放つ光をこの身全てに受けたいとすら思ってしまう。
「……君に会えて良かった」
会っていなかったら、きっと今ここに俺は居ない。
頬を伝う生暖かい雫を気合いで吹き飛ばし、俺は太陽がより強く輝けるよう声を張り上げた。
――誰にも負けないくらい、大きな声で。
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