第44話 【楠七海】はアイドルに戻り……?
【楠七海】が復帰した。
それはライブが終わる頃にはSNSのトレンドに入り、いくつものネットニュースに取り上げられた。
……あと、ちょっとだけ危なかったことがある。俺が『ぴょんぴょん』だとSNSでバレそうになったのだ。
理由は一曲目。【初恋★ウィンター】の時のあれだ。
あの一音で気づいて立ち上がったのは周りからかなり目立ってたらしい。
ネット上では『あれぴょん氏じゃね?』『いやでも高校生くらいだっただろ』『でも一音で気づけるのはぴょんさんくらいしか居ないっしょ』『普通の曲ならまだしも、あの幻の曲で気づいてるんだぞ。ぴょんぴょんさんしかいねえだろ』と波紋を呼んだのだ。
DMやらリプが飛んできたりもしたが、当然全スルーしましたとも。
こういうのは無視が一番だ。変に否定して後で身バレしたら面倒だし。ほとぼりが冷めるまでは大人しく推し活しよう。普段と変わんないな。
いや、しかし本当に嬉しいな。七海ちゃんが復活したのだ。ついに。
……だけど、同時に少しだけ寂しくもある。
――多分、これからは七海と会う回数も減る事になるのだろう。あの日ああ言われたけど。
七海がアイドルに戻る。
それはつまり……今までは割と結構やりたい放題やれていたが、これからはスキャンダルの目も注意しなければいけないということだ。
これから先、七海……【Sunlight hope】はトップアイドルになる。絶対に。日本だけでなく、きっと海外でも。
そうなると、七海含む三人はより一層スキャンダルに気をつけなければいけない。
彼女もそれは理解して――アイドルに戻ると決意したんだと思う。
あの日ああ言ってはくれたが、それも恐らく……本音だとは思うが。今までに比べれば、話す機会とか家に行くこともなくなるだろう。
俺としてはめちゃくちゃ寂しいけど、でも学校で会えない訳ではないんだし。程々の距離感を楽しんでいこう。
◆◆◆
「雪翔くん、今日も一日頑張ろうね!」
「あ、ああ……? ……???」
学校にて早速朝から話しかけられてしまった。
まあそうだよな。あれだよな。クラスメイトとは今まで通り関係を築くんだし、俺だけ話しかけない訳にもいかないもん……な?
いやでも、目を合わせてニコッとされたら四度目の仏も堕ちると思うよ? 初恋製造アイドルなの? 俺の初恋はもう奪われてるけど?
その後も七海は色んなクラスメイトと話していたが……その表情が愛想笑いと笑みの間という感じに見えたのは俺の願望か。
「要。俺に喝を入れてくれ」
「勢いで魂まで飛んでくと思うけど良いのか?」
「要って団扇で扇いでって言ったら鉄扇で殴ってくるタイプの人間だったりする?」
「試してみるか?」
「誠に申し訳ございませんでした要殿」
というやり取りをしてる間にも、七海が三回くらいチラ見してきた気がする。
本当に一瞬だし、皆の瞬きが重なるタイミングや視線を外した瞬間にである。何その神業。やっぱり神様なのか。
……なんだろう。なんか胸騒ぎがする。
「そういやお前、彼女とはどんな感じなんだ?」
「……ん? ああ、うん。元気にしてるぞ。うん」
「逆にどうやったらそんな怪しさ100%な返しが出来るんだよ」
「ま、まあまあ。元気だ。うん。最近は特に元気だ。ん? 誰だ?【Sunlight hope】公式か?」
丁度タイミングよくスマホの通知が鳴った。俺のスマホに入る連絡、店長か要か七海か【Sunlight hope】公式なんだけど。少し前からは二葉さんと五織さんもだな。
「そこはせめて彼女からって言ってくれよ」
「その可能性も無きにしも――」
スマホを見て口を閉ざす。そこには――
『今日もいつもの場所で待ってるね』
「――あー、うん。そうだったわ」
「このパターンでまじで彼女なことあんのかよ」
「俺が一番驚いてるんだけど」
「俺より驚いてんじゃねえよ」
多分あれだろうな。これからの話し合いをしたいのだろう。家に来るのは難しいよ的な。
もしかしたら――今日が最後の集まりになるかもしれないな。
◆◆◆
ということで放課後、空き教室に来た。誰も尾行してきてないこともちゃんと確認しながらな。
空き教室に入ると、七海がホッとしたように息を吐いた。
「良かった、雪翔くん。来てくれたんだ」
「七海の為なら火の中水の中草の中森の中どこへでも」
「……スカートの中はダメだよ? 私以外だと通報されちゃうよ?」
「もしその時が来てしまったら七海さんも俺を通報して極刑にしてくれ。……最近はこのネタが通じなくなってるって聞くけど七海は知ってたか」
「罪が重すぎるよ……それと、この曲は津海希が好きだからね。機嫌が良い時とかはたまに歌ってるよ」
「絶対急上昇乗るから歌ってみたを上げて欲しい」
「ふふ。後で貴船さんと津海希に相談しとくね」
「え、いいの?」
本気で言ったつもりではあるんだけど、本当にいいんだろうか。なんか友達特権というか……ああ、そうか。
「えっと、あの。前のあれのことなら全然気にしなくていいというか」
「……私の誕生日のことだよね。別に気にしてない、って言ったら嘘になるけどね」
七海がニコリと笑って、隣の席をぽんぽんと優しく叩いた。隣に座ってと言っているのだ。
少し迷いつつも隣に座ると、彼女が席を寄せてくる。いい匂いする……すき……。
「ほら、私達ってボカロとかアニソンの歌ってみたとか結構上げるでしょ? あれも別に流行りに乗ったとかじゃなくて、三人のうち誰かがハマったからとか多いからさ」
「そういえば、歌ってみた上がる少し前っていつも関連の話題呟くよな」
「そうそう。それで次に何が上がるのか予想されやすいんだけどね」
意外と……アニメのバズったOPやEDを知っているけど、本編は見た事ないみたいな人は居ると思う。表には出さないだけで。
それが一概に悪いとも言えない。事務所の意向とか生きていくためにはお金が必要なのは確かだし。
ただ、【Sunlight hope】にそういうのがなかったと知れて嬉しくなった。
「それで、津海希も次何歌おうか悩んでてね。折角だし、って感じかな」
「なるほど。納得だ」
そういうことなら納得である。ぜひ聞きたいな。
……と話してはいたが、どうしようか。どのタイミングで話せば良いんだ。
「でも本当に良かった。来てくれなかったらどうしようかなって思ってたから」
「……さすがに来るよ」
「ふふ。そうだよね。雪翔くんが来ないはずないもんね」
七海を無視する事自体ありえない。
食事よりも睡眠よりも呼吸よりも優先するべき事態だ。……こんな事を言ったらまた怒られそうなので、俺が死なない程度にと付け加えておく。
「じゃあこれからもよろしくね。雪翔くん」
「………………ん?」
何が? 誰が? どれが? という意思を込めて首を傾げるも、彼女はニコニコとした笑顔を崩さない。
「放課後と休日はいつも通りでね。……家にはたまーに霞と津海希が来るかもしれないけど」
「ちょ、ちょっと待って。え? ん? 続けるの?」
「……? うん。雪翔くんは嫌かな?」
「大好きですっごく嬉しいが!?」
「知ってる。だからよろしくね?」
「ちょっと待って待って。えっと、七海。アイドルに復帰したもんな?」
色々食い違ってるような気がする。
まず一旦話を整理しようとそう聞けば、もちろんと頷かれた。
「となるとほら、色々まずくないか? 二人で会うのは……ましてや家に行くのは」
「なんで? 今までもずっと一緒に居たよ? あと離さないって言ったよ?」
「それは……聞いたけども。ちょ、待って。腕を腰に回そうとしないで。ドキドキしちゃうから。……だ、だけどな? スキャンダルとか報道されたらまずいだろ? 実際は違うとはいえ」
「私の事務所、恋愛大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃなくてな?」
あれもあくまで方便みたいなものだろうし……じゃなくて。
「それにほら……心情的な問題もあるだろ?」
「雪翔くんは私のこと嫌い?」
「大好きだよ!」
「知ってるよ。誰よりも私のことが好きだってこと」
七海が楽しそうに笑う。ほんとにもう可愛いなぁ! 大好きだよ!
そして、彼女はどこかイタズラっぽく……でも、まっすぐとした視線が向けられていた。
「私はもう雪翔くんと離れるつもりはないよ。絶対に、何があったとしても」
「……でも」
「アイドルっていうのは欲張りなんだよ。雪翔くん」
七海がちょんちょんと指先で腕をつつきながら言ってくる。何それ可愛いんだけど。
「だから私はアイドルにもなるし、雪翔くんの傍にも居る」
「だ、だけど、その……そうか」
ダメだ。これ七海は絶対折れないパターンだ。となるとやっぱり……
「離れないし、離さないからね。雪翔くんが何を言っても」
「冬場のお布団くらい吸引力が強い……勝てない……」
手をパッと開いて、手のひらを押し当てるように腕を掴まれる。
そのまま彼女は更に距離を縮めてきた。もうほぼゼロ距離である。俺の血圧は急上昇である。そろそろ特保のお茶とか飲んだ方が良いかな。
そんな現実逃避をしている間にも
周りには誰も居ないはずなのに、耳元に口を寄せ――
「――それに、私も雪翔くんと同じだからね」
「――――」
ぐっばい俺の意識。
と全身から力を抜きかけたが、先んじて七海が支えてきて……感じた柔らかい感触に意識が引き戻された。気絶キャンセルだと!?
驚愕と同時に、七海が囁いてきた言葉が脳裏を掠めた。
「同じって……」
言葉の続きは出てこない。それは聞くものじゃないと心が叫んでいたから。
「同じだよ。雪翔くんとね」
「そ、そうか」
そこで会話を区切った。
ちょっと近すぎる……というかほぼ抱きしめられてる状態なので離れようと思ったのだが、彼女は離してくれない。
「また気絶するかもしれないからね。それじゃあ今日もお願い、雪翔くん」
「……その男心をくすぐるような気遣いとお茶目さが嬉しくて大好きです」
この関係はまだまだ続きそうであった。……少しだけ形を変えながら。
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