第42話 最推しの覚悟
「ありがとう、雪翔くん。今日は来てくれて」
「いえ、俺も話せて良かったです」
「雪翔くん、後で七海の小さい頃の写真送るわね」
「本気ですか……? 俺が何人死ぬと思ってるんですか……?」
「雪翔くんは一人しかいないよ?」
「オタクは何回も死んで生き返る生き物なんだよ」
あんまり病院に長居する訳にもいかない。七海なら良いだろうが、俺は他人である。
二葉さんはめちゃくちゃ元気に見えるけど、他人が同じ部屋に居るストレスがあるかもしれない。
あと、『まだデートの続きだからね』と七海に言われた事もある。デートは帰るまでがデートって古事記にも書かれてたし。
「と、というかしれっとお母さんと連絡先交換してるんだね」
「なんかノリと勢いで」
「これで七海の可愛い写真いっぱい送れるわね。七海の写真もいっぱい撮って送ってね、雪翔くん」
「それは俺じゃなくて七海に送って貰った方が良いのではないでしょうか」
「ダメよ。この子、写真ってなったらすぐアイドルモードに入るんだもの」
「アイドルモードですか」
オウム返しにしてしまったが、なんとなく言いたい事は分かる。確かにアイドルの時と学校で会う時は雰囲気とか色々違うもんな。
「そう。だから、この子が油断してる時とかに一枚ね」
「……いやいやいやいや。それもう盗撮じゃないですか。俺は最推し関係の事でもNOと言えるタイプのファンなので」
「良いよ、雪翔くん」
「七海さん?」
ちょっと予想外な所から追撃が来たんですが。
「私もお母さんにいっぱい写真送りたいし。雪翔くんならお願い出来るかなって」
「お、俺は最推しにもNOと言える男……五織さんは反対してくれますよね?」
「……」
「あの? 五織さん?」
「……七海の元気な姿を見たら、お母さんはもっと元気になると思う。それに、私も雪翔くんの事は信用してるから」
「えっ」
ちょ、ま、家族総出で撮ってって言われるのは想定してなかったんですが。
少しだけ腕を組んで考える。七海はじっと、少しだけ不安そうに俺を見つめていた。
「お父さんもこう言ってるし。ダメかな」
その表情はずるい。というのは抜きにしても、三人に信頼されている事は分かる。……二葉さんが元気になるかもしれないから、というちゃんとした理由もある。
……三人に大丈夫と言われたし、そんなに拒否する事でもないか。ただ七海の笑顔の写真を撮れば良いだけだ。
「…………分かった」
「ほんと!? じゃあよろしくね、雪翔くん。七海の写真いっぱい送ってね」
「出来る範囲で頑張ります。あと、送る前は七海にちゃんと確認取るので」
「気にしなくて良いのに」
「気になるよ!? それはさすがにちょっと俺の事信じすぎじゃないかな七海さん!?」
「……? 雪翔くんだもん。信じるよ」
「もう! そういうところが大好きだよ!」
こんな事言われたらやるしかない。頑張って笑顔の七海をたくさん撮るんだぞ、俺。
「楠さーん。調子はどうですか……っとと。失礼しました」
「あら、看護師さん。もうお薬の時間なのね」
「じゃあ私達は今度こそ帰るね」
「うん! すっごく楽しかったわ!」
今度こそお別れの時間である。
最後に、改めて二人にお辞儀をした。
「お二人と色々お話が出来てとても嬉しかったです」
「ああ、私も楽しかったよ。……私もこれからは帰る回数を増やすよ。それ以外の時はよろしく頼む、雪翔くん」
「任されました。絶対に七海の笑顔は曇らせません」
俺も七海も、ずっと笑顔で居られるようにする。
別に俺一人しか居ないって訳でもないからな。貴船さんも居るし、津海希ちゃんと霞ちゃんも居る。
……負ける気がしないな。この人選。
「今日だけじゃなくてさ。また二人でお出かけしようね」
「うん、色んな所に行こう。七海が行きたい所に」
「楽しみにしてるね」
絶対に
これ以上はだらしない顔になってしまうので、視線を二葉さんと五織さんへと向けた。
「それでは失礼します」
「絶対また来てね、雪翔くん」
「はい。また七海のこと、たくさん話しにきますね」
「楽しみにしてるよ」
――そうして、七海の両親への挨拶は終わったのだった。
◆◆◆
病院から出て、少し何をしようか悩んだ。
時間も少し半端であり、カフェで色々軽食を取った。
パフェを食べている七海の姿を早速写真に撮って送れば、二葉さんから『何この天使可愛い』と送られてきた。『分かります』と短く返しておいた。語ると長くなってしまいそうだから。
時間も良い感じになってきて、夕方が近くなってきた。
「あと一つ、行きたい所があるんだ。時間はそんなに取らせないと思う」
「うん、もちろん良いよ。雪翔くんが行きたい所ならどこでも」
「ありがとう」
その返事を聞いて俺は歩き始めた。
七海がすぐ隣に来て、手をきゅっと握ってくる。……俺の手汗大丈夫かな、とか思いながらも。病院に行った時の事を思い出して口を閉じた。
「どこに行くのか聞いても良い?」
「……着いてからのお楽しみってことで」
「分かった。楽しみにしてるね」
目的地はそこまで遠くない。雑談をしながら歩いていると――すぐに着いた。
そこは公園だ。でも、さすがにその辺の公園に行きたかった訳でもない。
「わぁ……! 綺麗!」
「ここ、町を一望出来る場所なんだ。夕日も綺麗でな」
この公園は丘の上にあった。
風通しも良くて気持ちいいし、少し前まではよく来ていたのだ。
「七海に見せたかったんだ、この景色。俺のお気に入りの場所だから」
そこは急な坂になっていて、子供が遊ぶと危ないからと網格子で遮られていた。
その網に手を置きながら、七海がじっと町を見つめる。
「本当に綺麗。ずっと居たくなる」
「だろ?」
「うん!」
彼女が大きく頷き、その顔が景色からこちらへと向いた。
日差しに照らされているからか、頬が赤く染まっている。
「ありがとね、雪翔くん。雪翔くんのお陰で私、頑張れそうだよ」
「応援するよ。いつまでも、どこに行っても。でも無理だけはしないようにな」
「うん、もちろん。……私はどこにも行かないけどね」
七海の空気が変わったような気がして、俺もまっすぐに彼女を見つめ返した。
「私、アイドルに戻るよ。まだもう少し時間は掛かるけど」
――そう言われたら、俺が返す言葉は一つしかない。
「誰よりも楽しみにしてるよ」
「うん。絶対に楽しませるよ。今までよりもっと、ずっと」
その目に迷いは見えなかった。……昨日あんな事があったばかりだというのに。
「もっと雪翔くんを虜にする」
「……ちょ、ちょっと視界が狭まってないか? 七海がアイドルに戻るんだったら俺もファンに戻るんだろうし」
「それはそれ、これはこれだよ」
「これはこれとかいう問題なのか?」
七海が小さく笑って手を握ってくる。
握ってきた手は日差しのように暖かく、心まで暖められるようだった。
「雪翔くんは私のファンだよ。これまでも、これからもずっとそうなんだろうなって思う」
「……ああ。そうだよ」
「だけど、同時に私を助けてくれた大切な人でもある」
七海が手を引いて、距離を近づけてくる。あの、ちょ、ちかっ、好きっっっ。
「アイドルとファン。それと大切な人って両立出来ないのかな?」
「えっ、あっいや、その」
「雪翔くんが出来ないって思っても私はするよ。遠慮して遠ざかろうとしても。私は絶対に雪翔くんを離したりしない」
――近い。だけど、離れられない。下がろうとしたら、七海がもう片方の手を背中に回してきたから。
「ふふ。逃がさないよ、雪翔くん」
「ちょ、あの!? 七海さん!?」
「なにかな?」
「は、離れない。離れないから。離れないから抱きつくはちょっと極端すぎると言いますか」
「いやかな?」
「大好きですがっっっっっ!」
「なら良いの」
全然良くないが?
……という俺の嘆きは、楽しそうにしている七海に届くことはなかった。
――年を跨ぎ、一月十五日。
【Sunlight hope】ウィンターライブの最中。【楠七海】はサプライズ復帰を果たした。
――――――――――――――――――――――
あとがき
更新が遅れてしまって申し訳ありませんでした。本日からまた再開させて頂きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます