第22話 【Suh】古参ガチファンの実力
『実は最近話題のお店の人に新作POP作って貰ってたんだ。ついこの間完成して見せて貰ったから皆にも見せるね』
『ちなみにこれ、アルバイトの子が全部見つけたらしいんだ。私達も凄く驚いたよ。今日からお店にも置くらしいから、みんなも見てみて。場所は――』
霞ちゃんの呟きはそんな感じだ。うむ。分けられてるし簡潔で分かりやすい。ちゃんと依頼したことも伝えるんだな。
そして、その呟きには一枚の画像が添付されていた。俺が書いたPOPの写真だな。
『まじで初めて知ったやつしかないんだけど』
『【悲報】Suhを初期から応援してた俺、全部気づいてなかった』
『え、これ本当なら作り込まれすぎでは?』
『さすがに事務所がやったっしょ』
『いや、あのPOPの店員ならガチだと思うぞ』
『書かされてる感ないしな』
リプ欄では様々な反応があったけど、大体が好意的なもの。たまーに『これもう内部の人間だろ』みたいな感じのリプもあるけど、褒め言葉だと受け取っておこう。
「……凄いね」
「これでも古参勢なんでな」
中には曲のURLを貼り付けている人も居る。これで再生数が回るはずだ。助かる。
「これで俺の仕事は出来たかな」
「想像以上、かな。まだまだ伸びてるし。海外の人にも届いてるみたいだよ」
「日本にクレイジーなファンがいるみたいに書かれてるな」
全くもって否定できない。否定的な意味ではなく、熱狂的とかそういう意味だろうし。
「見るのはこれくらいにしておこうかな。楠もこれくらいにしといた方が良いと思う」
「あっ、うん。そうだね」
肯定的な意見が上に押し上げられてるけど、下の方とかは大変なことになってる気がする。
俺の精神衛生上にも良くないので閉じよう……と、その時。楠のスマホが鳴った。
「あ、マネさんから電話。ちょっと取るね」
「俺は壁だと思ってくれ。なんなら壁になりたい」
「ちょっとよく分かんないかな」
壁か天井、観葉植物になりたいところである。
俺の言葉に楠が苦笑いをしながらも電話を取った。
「もしもし、マネさん。……はい、凄いですね。拡散のされ方」
POPの連絡っぽいな。ちょっと気恥ずかしいのでTLを眺めておこう。
あ、津海希ちゃんも反応してる。『すごいよねー! 私も知らなかった情報いっぱいだー!』と元気に呟いていた。めちゃくちゃほっこりする。
そういえば【サイス】とかは反応してるのだろうか。
……いや、これを調べるのは少し趣味が悪く見えるな。やめておこう。
「雪翔くんですか? 今隣に居ますけど、代わりますか?」
ん? 流れ変わったな。俺?
目で『良いかな?』と尋ねてくる楠へと頷く。そして、スマートフォンが渡された。
「はい、神流です」
『雪翔くん? 君も見たらしいね。凄いことになってるよ』
「なってましたね。みんなが【Suh】の凄いところに気づいてくれたようで何よりです」
当初の目標は達成できた。これだけ拡散されれば、ある程度新規さんの目にも入るだろう。
気になって曲を聞いてくれたら御の字。そうでなくとも、動画サイトのおすすめに出てきた時にでも『おっ? この前バズってたやつだな』とでも思って再生してくれれば十分である。
ようこそ【Suh】の沼へ!
『改めてありがとう、雪翔くん。君のお陰で七海ちゃん関係のことも解決しそうだ』
「いえいえ、お礼なんて……え? 今なんて言いました?」
凄く聞き逃せない言葉があったんだけど?
え? 楠関係?
『詳しくは言えないけど、簡単に言えば特定して流した連中が見つかりそうなんだ。このことは七海ちゃんには内緒でね』
「……分かりました。かわいっ」
楠は何の話をしてるんだろうと言わんばかりに首を傾げていて、思わず心の声が漏れてしまった。
『あと……もしものことがあったら、支えてあげて欲しい。君にしか出来ないことだから』
「……何でもしますよ。推しのためなら」
『あ、一つ言っておくけど、霞ちゃんと津海希ちゃんではない。これだけは言えるから安心して』
すっっっごく安心しましたはい。良かったです。
あれ? でも二人が関わってないなら――
「――それは言っておいた方が良いんじゃないですか?」
『……確かにそうかも。雪翔くん、後で言っておいて』
「貴船さんから言った方が……まあ、良いですけど」
多分、貴船さんは犯人の察しがついてるっぽい。楠に感づかれたり、余計な想像をさせたくないのだろう。
『じゃあ、私からはそれだけだね。ありがとう、雪翔くん』
「お礼なんて別に……と言いたいところですが、素直に受け取っておきます。楠に戻しますか?」
『ううん、大丈夫』
楠を見るも、こちらもぶんぶんと首を振られた。
「分かりました。それではまたいつかどこかで」
『うん、また近いうちにね』
ということで電話を切り、スマホを楠へと返す。
「マネさん、何か言ってた?」
「POPの件、ありがとうだってさ。……あと一つ、言ってたんだが」
楠をじっと見る。今は落ち着いてるけど……いや、言わなければ余計不安になるだろう。
「落ち着いて聞いて欲しい。終わったら楠の大好きベスト千行くから」
「……分かった」
内容を察してか、楠が深呼吸を挟んだ。数回して、その瞳から揺らぎが消える。
「楠のメアド流出の件だが――霞ちゃんと津海希ちゃんではなかったらしい」
楠の目が見開く。俺の言葉を飲み込むのに時間が掛かったのか、少しだけ間が空く。
「――ほんと?」
それは小さな声だった。しかし、俺が楠の声を聞き逃すはずがない。
「ああ。貴船さんが言ってたから間違いないと思う」
「……そっ、か。二人じゃなかったんだ」
ほう、と息が吐かれる。安堵のものだろう。
「……二人じゃ、なかったんだ」
やがて、その瞳に薄い膜が張る。彼女が目を瞑ったけど……それがとどまることはない。
「楠。その、あれだったら離れておくけど」
「……ううん。傍に居て欲しい」
楠にそう言われては――と言いたいところだけど。俺自身その言葉にホッとしていた。
出来れば彼女の傍に居たかったから。
「……ごめんね。ちょっとだけ、吐き出して良いかな」
「もちろん。何でも聞く。誰にも話したりしない」
楠がぎゅっと自身の服を握った。
「あと一つ、お願いあるんだけど……いいかな」
「俺に出来ることならなんでも」
そう言えば、楠が体を寄せてくる。そして――
「……ちょっとだけ胸、借りていいかな」
「………………………」
……そう来たかぁ。
嫌とかそんな思いはもちろんない。それどころか、頼って貰えて嬉しい気持ちしかない。
嬉しい気持ちしかないんだけど。そんなことされたら俺。なんか爆発四散とかしないかな。
いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないな。
「もちろん良いよ」
「ありがと、雪翔くん」
そうして楠が近づいてきて――胸にもたれかかってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます