第7話 アイドルは彼のことを知りたい
「……お前、最近なんか隠してねえか?」
「え? 何がだ?」
楠とのあれこれが始まって数日経った頃、唐突に要からそう言われて冷や汗が垂れた。
大丈夫。こういうのは適当に誤魔化しておけばバレないものだ。
「何がってお前、最近バイト入る時間遅いらしいじゃねえか。店長心配してたぞ」
「げっ、お前行ったのかよ」
「昨日先輩とな。ついでにお前の顔も見ようと思ったけど居なかったし」
俺は放課後や休日はバイトをしていた。サブカル系を扱うアニメショップで、どうしてそこにしたのかは自明の理である。推しのPOPが作れて布教出来るからな。
そして、バイトが遅れてる理由は……楠と放課後会わないといけないからであった。
そのため、ここ数日は最近一、二時間ほど入るのが遅れていた。店長には『諸事情です』の一点張りで通している。ごめんね店長。でも話せないんだよ。
「いやまあ、色々な」
「ふうん? 色々?」
「……アルバイトしてたんだね、雪翔くん」
「ヒャイッッッ!?」
小鳥も羨むような澄んだ声が後ろから聞こえてきて、背筋が伸びる。
後ろを見ると……ニコニコとした楠が佇んでいた。
「私も話に混ぜて貰っても良いかな?」
しかし、なぜかすっごく圧を感じる。
……怒ってらっしゃる? いや、怒ってますね、はい。
◆◆◆
「それで? どうして言ってくれなかったのかな?」
いつもの教室にて。俺は正座をしていた。
もう全部要にバラされた。俺がどこでバイトをしてるとか、そのほとんどを推し活に当てていることとか。……最近バイトに入るのが遅れてることまで。
「いや、その……聞かれなかったから?」
「怒るよ、雪翔くん」
「はい、ごめんなさい」
だって言ったらこの時間もなくなると思ったし。
……ちなみに今日はバイトがない日である。楠にはシフト表まで見せて信じて貰った。
「……怒ってはみたけど、私こそごめんね。ちゃんと聞いておけば良かった。君が私からのお願いを断れるとも思わないし」
「ごめんなさい自分を責めないでください心がすっごく痛いです」
全面的に10:0で俺が悪いです。本当にごめんなさい。
「もう二度としません。あ、でもこの時間が終わるのも絶対嫌です」
「……ふふ。またむちゃくちゃ言うね」
「推しを推すためなら無理も無茶も全部通す覚悟です」
苦笑いと普通の笑いが混じったような笑み。自分を責めるのはやめてくれたようなので良しとする。
「えっと、改めて説明します」
「もう、普通に話してよ。雪翔君」
「あっはい。……バイトも俺が一時間くらい遅く入ったところで何の問題もないから」
「そうなの?」
こくこくと楠の言葉に頷く。本当にそうなのだ。
「店長からはちゃんと許可も貰ってるし、穴埋めも頼んでる。ぶっちゃけ俺が一、二時間居なくても問題ない」
「そう、なんだ」
「そう。それと、単純に優先順位だ。……楠と話せるこの時間、めちゃくちゃ好きだから。好きな人と話せる機会だし」
「……! そ、そっか」
アルバイトとちょっと病んでる推し、どっちが大切かと聞かれてアルバイトと答える人は少ないだろう。
「ふふ、そっか」
「その笑顔で百万人は救える」
誇張抜きで救える。なんだこの可愛さ。今ここで俺が救われたぞ。
「とにかく、そういう理由だから。楠は安心して欲しい」
「……分かった。ごめんね、雪翔くん」
「謝る楠も可愛すぎて狂いそうになるが……今は『ごめん』よりも『ありがとう』の方が嬉しいな」
楠が目を見開く。えっ、珍しい表情。写真撮って良い? ダメだよな。
そんな脳内でのやりとりはすぐに掻き消される。
「……ありがとう、雪翔くん」
朱色に染まる頬。少し恥ずかしそうに楠は微笑む。
これが――はにかむという笑いか。
「……生きてて良かった」
「ゆ、雪翔君!?」
推しにお礼を言われる。しかもこんなに可愛い笑顔で。
本当に生きてて良かった。
「そ、それだけ喜んでくれるなら良かった……のかな?」
「うん。もうこれだけで一生頑張れる」
「ぜ、全然欲がないね……? もうちょっと欲を持った方が良いよ?」
「ははっ。勝手に推してるだけだ。お返しを求めたりはしない」
強いて言うなら笑顔がご褒美だ。
「……雪翔くんが雪翔くんで良かった」
「ん? 俺は俺だが?」
「うん。だから良かった、ふふ」
その言葉の意味は分からなかったが、まあ推しが笑顔なら良いか。
「じゃあ今日もお願いします」
「ああ、好きだ」
そして、今日も俺は彼女に好きだと伝え続けた。
◆◆◆
次の日の朝。いつも通り【Suh】の曲を聴いていると、要が近づいてきた。
「お前ほんと隙あらば曲聴いてるよな」
「再生回数を増やすのが一番お手軽な推し活……って言いたいところだけど、単純に好きだからだな。中毒性やばい。毎日一回は聴かないとダメな体になった」
「それはそれで怖ぇな」
「合法で元気になれる最強の曲だよ」
この曲のお陰で今日も生きていける。勉強のお供にも通学時のお供にも友達と話してる時にも。
「ふふ、今日も聴いてくれてるんだ」
「アッ」
「おお、楠ちゃん。……なんか最近こっち来るの多くねえか?」
「えっ!? そ、そんなことないけど!?」
「そうか? ……ま、こいつも喜ぶし良いことか」
……やっぱり要は察しが良い。
楠は周りと均等に話してるつもりなのかもしれないが、やはりこちらに来る回数が増えている。
気のせいかと思っていたが、要が言うのなら増えているのだろう。
「一つ思ったことがあるんだけどさ。二人って昔からお友達なの?」
「ん? ……まあ、うん。腐れ縁寄りの親友ってところか?」
「んだな。幼稚園から同じクラスを記録更新してて、なんか仲良くなってた」
ほんと不思議だよな。お互い趣味も全然違うのに。
「なーんかいつも一緒だよな」
「だな」
「仲良しさんなんだね、二人とも。……ちょっと想像つかないから聞きたいんだけど、昔の雪翔君ってどんな感じだったの?」
その質問にピクリと自分の眉が動いてしまうのが分かった。
ちらりと要が俺を見てきて、そして答える。
「昔って言ってもなぁ。今とあんま変わんないぞ。基本俺以外友達居なかったし、外で遊ぶの好きじゃないし」
「言うねえ。毎回サッカーに付き合わされてた俺に対して」
「そうでもしねえとお前一人だっただろうがよ。……ま、今とほんと変わんねえな。ドルオタになったこと以外」
「そうだな」
「へえ、そうだったんだ」
なんかそわそわしてる楠だけど、これ以上聞かれるのはちょっとよろしくない。
「楠はどんな子供時代を過ごしてきたんだ?」
「私? ……気になる?」
「昔の推しはめちゃくちゃ気になる」
昔の推しはラジオや動画サイトでも公開されていない。あれ? もしかして俺表に出てないこと聞こうとしてる?
「やっぱダメだ……ファンとして皆を出し抜くような真似は……」
「まーためんどくさいオタク発動してるよこいつ」
「あ、あはは……別に隠してることでもないんだけど。というか私から聞いたことだし」
そう言われたがしかし、一般人と有名人の情報が同じとは言えない。
苦渋の決断の後、やはり聞かないことを決め――
「や、俺が普通に気になるんだけど」
「じゃあ俺は席を外すから……」
「それはもう意味が分かんねえよ」
腰を上げかけたものの要に引き戻され、俺は幼き推しの日常を聞いた。
それはもうすんごい天使な話であった。二秒で泣いた。幼い頃からアイドルを目指していたと聞いた瞬間泣いた。要がドン引きしてた。
「良かった……もう今日の事は来世になっても忘れない……」
「リアクションがオーバーすぎるよ。他に聞きたい話とかない?」
「いやもう大満足です。なんなら支払わせてください」
「金銭のやりとりはしないからね!? ……ほんとにないの?」
これ以上は推しの過剰摂取となる。あれだ。薬は取りすぎると毒になる、みたいな感じだ。
その意味を込めて大丈夫だと伝えるも……なぜか楠は不満そうな顔をしていた。え? なんで?
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