第20話 【Suh】と最古参ガチファン

「まず、POPの件だけど……これに関しては、ほぼ確実に君だと分かってた」

「えっ」


 貴船さんが改めて状況説明をしようとしてくれたのだが……思わぬ言葉に疑問の声が漏れてしまった。



 なぜ……?

 どうして……?

 身バレする材料は全然なかったはずだが?



 困惑していると、貴船さんが苦笑いをする。



「あの呟きではどこの店なのかは公開されていたし、君の行動範囲内だった。こういう店で働いてることは七海ちゃんから聞いてたからね。どこのお店、とまでは聞いていなかったけど」


 あー。なるほど。


 あれ? でも、POPの件を聞いたのは楠と仲良くなる前だったはずだけど。



「もちろん君だと分かってお願いした訳じゃないよ。そこは偶然だね」

「理解しました」


 さすがにそこまでバレていた……というか予知されてた訳じゃないか。



「君だと気づいたのは先週会った時。……あの熱量を持っていたらさすがに分かるよ」

「それはめちゃくちゃ光栄ですけども」


 まさか熱量からバレるとは。……まさかアカウントまでバレてたり……はないよな! 考えすぎだな!



「それは分かったんですけど、なんで全員で来たんですか? 貴船さんだけでも良かったんじゃ……?」

「それは……まぁ、七海ちゃんが喜ぶかなって」

「ん?」


 その言葉がよく分からずに隣を見ると……楠が顔をほんのり赤くした状態でこちらを見ていた。えっ可愛い好き。



「……う、うん。嬉しいよ。その、あのPOP、雪翔くんが作ってくれてたんだって思ったら。すっごく嬉しい」

「ファン冥利に尽きすぎて燃え尽きそう」


 POPが推しに届いてくれたのも嬉しいし、それで喜んでくれるのも嬉しい。



「それと、二人も雪翔くんのことが気になってたみたいだし。新しく出来たっていうPOPもね。今回は霞ちゃんにSNSに上げてもらう予定だから」

「……店長が言ってたの、そういうことだったんですか」


 店長を見ると、ニッと笑ってくる。楠に出会ってたから良かったものの……そうじゃなきゃ死人が出てるぞ。俺が死ぬぞ。


「という感じで来てね。今日は三人とも空いてたからラッキーだったよ」

「完全に理解しました」



 満足そうに貴船さんが頷いて、ニッと先程誰かさんが見せたような笑顔を見せた。


「それじゃあ説明は終わりにして、見せてもらおうか」

「えっ、あっ…………見ます?」


 ちょーっと待って欲しい。


 俺今回のPOP自重してないんだけど。愛で世界を満たせそうなくらい爆発させたんだけど。



「今回は彼の自信作らしいからね」

「やめて店長! 言わないで!」

「私も見てびっくりしたんだ。楽しみにしてて」


 いやその、推しにもいつか見られると良いなー程度には思ってたんですが。実際あのバズってたやつが見られたのは嬉しかったんですが。


 ちょっとその、本人達に直接見られるのは違うって言うか――



「ふふ、楽しみ」

「推しの笑顔は万金より価値がある……」


 うん。諦めよう。


 ということで、店長が一枚の大きな紙を取り出した。俺が書いたやつだな。もうラミネートされてる。今日からお披露目するんだし当たり前と言えば当たり前ではあるけど。



「おお、おっき――え?」


 貴船さんが目を見開いて固まる。続いて三人も。



「……す、ごいな。これは」

「わあ! すごーい!」

「これ、今までのPVとか、ライブの……小ネタ?」

「ああ。公式サイトに書いてあった規約通りにやってる。PVとか動画サイトで無料公開されてるライブのQRコードも貼ってるし」


 気になったらすぐに飛べるように、だな。URL貼っつけるよりはこっちの方が見られやすいだろうし。



「これ、気づける人居たんだ! 『PVの後ろに置かれてる時計は【Suh】が初めてラジオ番組を担当した時の時間を指してる』とか! マネさんから聞いた時、絶対気づかれないって思ってたよ!」

「これもすごいよ……三人で動物をモチーフにした衣装を着たPVの時の」

「私が霞ちゃんの好きな動物、津海希ちゃんが私の好きな動物、霞ちゃんが津海希ちゃんの好きな動物モチーフの着ぐるみ着てるやつだよね。……昔、雑誌で答えたの」

「初めての取材だったから誰も気づかないだろうなって思ってたんだけどね」

「実際各々が好きな動物、って思われてたよね」




 ちゃんと根拠とかその辺も書いてある。【Suh】が載ってた雑誌は全部集めてたしな。


 先程はちょっと渋ってしまったけど、これだけ驚いてくれると少し嬉しくなる。



「こ、この小ネタ達っていつ気づいたんだい? SNSとかコメントに載せたりとか」

「ここにあるものは載せてませんね。あんまり自己承認欲求とかはないので。……ただ、気づかれないままもあれだったから書きました」


 誰かが気づいてSNSに載せる、それがバズって一年前の曲の再生数が伸びる……とかあれば良いなぁっておもってたんだけど。残念ながら誰にも気づかれなかった。



「気づいた時間もまちまちです。投稿されて一時間ぐらいで気づいたのもありますし、つい最近気づいたのもあります」

「凄いねー! これだけ気づいてくれると嬉しいなー!」

「光栄でございます」


 二人が喜んでくれて嬉しい。そういえば楠は喜んでくれてるだろうか。



 そう思って見ると――楠は泣いていた。POPを眺めながら。



「ちょ、えっあの、その、く、楠?」

「……えっ、な、なにかな?」

「なにかなっていうか、その。……い、嫌なやつでもあった?」


 そこで楠は自分が泣いていることに初めて気づいたようで、自分のほっぺを手で拭った。



「あ、あはは、ご、ごめんね。なんかその……凄いなって思って。こんなに……好きでいてくれたんだって思うと、嬉しくて」



 楠が手を伸ばして一つの文章を撫でる。


「……こういう気遣いとかも、嬉しくてね」



 そこには『もし良ければ、みんなSNSでハッシュタグ七海ちゃん大好き! で呟いてね! 好きなところを書くだけで応援になるから!』と書かれていた。



「……もー! ほんとうに、雪翔くんは……私達を喜ばせるのが得意なんだから」

「ふふ、本当にね。……凄く嬉しいよ、雪翔くん」

「ありがとーねー! 雪翔くん!」

「推し達に名前を呼んで貰えるとかここは極楽か?」



 みんな大好きすぎて大変なことになりそう。ちょっと俺も感情が爆発して泣きそうなので、真面目になろう。


「貴船さん。どうですか? これ」

「……出し惜しみをしたくなるくらいには素晴らしいと思うよ。これが君の持つ全てなんだよね?」

「何をおっしゃいますか。まだまだありますよ。……俺の小ネタの中で厳選したのがこれですけども」


 貴船さんが今までみたことないような表情で俺を見ていた。そして店長は自慢げに胸を逸らしている。


「ふふん、鏡花。うちのバイトは凄いだろ?」

「ちょっとうちの広報担当として引き抜きをしたいくらいには」

「うちの優秀なバイトを勧誘しないでくれ。かなり売上に貢献してくれてるんだよ」



 おお。店長にそう言われると嬉しいな。ちゃんと貢献出来てたか。



 POPを改めて見返し、誤字脱字がないことを確認する。そして、貴船さんが満足そうに頷いた。



「想像以上、だね。後で上げよう。いいよね、雪翔くん」

「そのために作ったんで。是非」

「ありがとう。……これで向こうも行動を起こしてくるはず」

「ん?」


 向こう? 誰?


 何かよく分からないことを言ってたけど、とりあえずPOPの件はこれでおしまいだ。




 ……さあ。推しを過剰摂取しすぎたし、帰ろう。なんかすっごい三人からじっと見られてるような気がするけど気のせいだよな。



 気のせいだよな!

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