第21話 アイドルの嫉妬

「よし、じゃあ後でこれを上げれば良いんだね」

「うん、頼むよ。霞ちゃん」


 内容を確認し終え、控え室で写真を撮る。これでやることは終わりだな。


 ……終わりだな!



「じゃあ俺はこの辺で」

「えー! お話しようよ!」

「ノータイムで呼び止めてくる推しのコミュ力に焼き切れそう」


 開店まで時間はまだあるけど、もう推しを過剰摂取しすぎて死にそうなんだ。ガチで。



「でも俺もその……【Suh】のライブ配信のアーカイブを見るという用事が」

「ふふ、本人達と話してみる方が良いんじゃないかい?」

「ちょっとすっごい推し推ししちゃうから……」

「推し推しする……?」



 どうにかその場を逃れようとするも――ちょん、と服をつままれた。



「……だめ?」

「傾国の美女が一目惚れする可愛さ」


 え、なにそれ可愛い。可愛いという言葉じゃ済まされないくらい可愛い。勝てるはずがない。



「じ、じゃあちょっとだけ……」

「わーい! 学校での七海ちゃんのこと、聞きたかったんだ!」

「私も気になってたんだ。君……雪翔くんについても教えてくれないかい?」

「……」


 あれ、楠さん? 俺もう帰らないよ? なんでつまむ力強くなったの?



「じゃあ私達は仕事の話してくるから。三十分くらいね」

「神流くんの仕事に見合う量のお金、引き出してくるよ。本当は神流くんも居てくれた方が良いんだけど」

「なんなら無償で良いです!」

「そう言うと思ったよ。……まあ、この辺の相場は私の方が詳しいから。改めて上手いこと交渉してくる。お店の中は自由に見て良いよ。もし何か買うんだったら神流くん、レジはお願い」

「ありがとうございます! お任せ下さい!」


 ということで、少しの間推し達と会話することに……推し達と話すの!? 俺!?


 ◆◆◆


 推しと話すことになった……のはとりあえずよしとして。



「それでそれで、雪翔くんは七海のどこが好きなんだい?」

「え、えっと。全部何もかもが好きなんですけど」

「もっと具体的にー!」


 すっごい楠の好きなところ聞いてくる。修学旅行の夜かな? ってレベルで。


 それはそれとして、二人とも距離の詰め方が凄い。



「普段はめちゃくちゃ綺麗で可愛くて女神なところと、曲が始まった時のギャップがやばいです」

「……! 分かるよ、すっごい分かる!」

「かっこいいよねー!」



 そして、楠が俺の隣でぷるぷるしてる……可愛い。それはそれとして。


 ぎゅって腕掴まれてるのはなんででしょうか? 楠さん?


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらじりじり近づいてきてる。ちょ、近い。いい匂いする。最推し推ししてきた。



 出来れば二人の方から何か言って欲しい……んだけど、二人とも楠を見てニコニコしてるだけだ。


 よく分からんけどとりあえず楠を褒めておこう。褒めるだけなら無限にできるし。


「めちゃくちゃ可愛くて綺麗で元気なんだけど、歌が始まった瞬間めちゃくちゃかっこよくなる姿に惚れました」

「おお! 分かるね、君!」

「七海ちゃん、ライブ中すっごいかっこいいよね! いつもかっこいいけど!」


 うむ。ギャップ良いよな。でも可愛い曲の時は可愛さ全振りなんだ。全部全力なんだ。



「はー。ほんと好き」

「……ちなみに雪翔くんは箱推しだったよね」

「ん? はい。みんな好きで――」

「――だめ」

「クスノキサンッ!?」


 掴まれていた腕が――抱きしめられる。




 抱きしめられる!?




 え!?




 あの!?




「クククククククククスノキサン!?」

「……だめだから。二人でも」

「ふふ、ごめん。ちょっと意地悪が過ぎたね」

「ごめんごめん」


 あの、その、やわら、あの、ちょ、たすけ! たすけて要!


 深呼吸……は逆効果。推しの匂いでもう脳みそでろんでろんになっちゃう。なんならもうなりかけてる。


 ど、どどどどうやって落ち着けばいいんだ? 気絶か? 気絶すれば良いのか!?


 あとその、すっっっごい言いにくいんですが。やわ、やっぱ言えない! 推しにそんなこと言えない! すき!



「……タスケテ」

「七海。それ以上やっちゃったら雪翔くんが倒れてしまうよ?」



 霞ちゃんの言葉を聞いて……楠が顔を真っ赤にしながら俺を見てきた。とりあえず離してくれまヤワッ。



「雪翔くんは……私が一番好きなんだよね?」

「なななな何億回でも言いますが? 大好きで超好きで爆好きだが?」

「……じゃあ離してあげる」



 やっと楠が離してくれた。いやなんだったんだ今の。


 まさか――



 ――いやいやいやいやないないないない。めちゃくちゃ気持ち悪いこと考えそうになったな俺! いっぺん死ぬか!?



「それじゃあ改めて、七海の好きなところを聞かせてもらおうかな」

「次は七海ちゃんの可愛いシーンで!」

「実はピーマンが苦手なところ」

「雪翔くん!? それ私地方ラジオのゲスト枠で一回しか言ってないんだけど!?」



 ――そうして、推しに対して推しについて語るという物凄く貴重な経験を俺は得ることが出来た。いくら払えば良いんだろうな。



 ◆◆◆


「誠に申し訳ございませんでした」

「別に怒ってないけど」


 色々終わり、昼過ぎ。俺は早めに楠の家へと来ていた。……来ていたんだけど、凄く楠が不機嫌そうだったのだ。


「雪翔くんは私が何で怒ってると思ってるの?」

「え、えーっと、その。今朝はちょっと熱を持ちすぎたなと」

「……ふーん」


 楠(図書委員Ver)はじーっと俺を見つめている。こんなんされて好きにならないやつはいない。好きは大好きへと膨れ上がり、やがて地球は愛で満たされることだろう。大好き。



「別に? 二人と仲良さそうだったなとか、ちゃんと二人のことも好きだったんだなとか思ってないけど」

「……さいでしたか」


 楠って…………いやないないないない。さすがに俺の自意識過剰だって。


 でも念のため、はっきりさせておいた方が良いかもしれない。念の為な。



「俺は確かに【Suh】の箱推しだけど、楠が一番好きだぞ」

「……どういうところが?」

「誰よりも輝いてるところ」


 努力するところ。頑張っている姿など色々あるけど、それは霞ちゃんや津海希ちゃんにも言える。


 楠にしかない……訳ではないけど。二人も輝いてるし。


 それでも、俺は楠が一番輝いてると思っていた。



「主体的で、リーダーシップも高い。初期の頃に霞ちゃんと津海希ちゃんがリーダーに推しただけある」

「よ、よく知ってるね!? あ、あれ、結成一ヶ月とかの話だけど。フォロワーも百人も居なくて……」

「その頃から知ってるってだけ言っとく」


 百人ならまあバレないと思う。多分。バレないで欲しい。



「ちょこちょこ話聞くから。楠が凄く礼儀正しくて、凄く主体的に動いてるところとか」

「……そういうのも知ってるんだ」

「これでも楠達が出てる番組は全部見てるし、できる限り情報も集めてるからな!」

「そういえばかなり前の雑誌の情報とかPOPに載ってたね」

「うん。好きだから集めたんだ」



 ネットで調べたり、SNSで呟いて人に聞いたりして。バイト代が入るようになってからはめちゃくちゃ頑張った。



「だから、それだけは分かって欲しい。俺が一番好きなのは楠七海だ」

「……ふふ。なんか浮気の言い訳みたいだね」

「俺も言いながら思ったけど言葉にしないで!」



 そもそも推しは増やしてなんぼと考えて生きてきたこともある。


 ……結局【Suh】しか推しは出来なかったし、最推しは楠七海だけなんだけど。


「でも、分かった。信じる」

「まじでこれだけは絶対に裏切りません。俺の最推しは来世でも楠です」

「ん」


 ほんのりと頬を赤く染め、はにかむように笑う楠。もう国宝にしていいんじゃないかな。



「あ、そうだ。霞ちゃんの呟きどれくらい伸びたか見てみよっか」

「そういえば。もう呟いて半日近く経ってるもんな」



 万バズしてたら良いな、と。スマートフォンを取り出して見て……自分の目を疑った。


「……これは、想像以上かも」

「桁一つ間違えてない?」

「インプレッションから見て間違ってないかな。霞達からも来てるし」



 その呟きは既に……十万近い拡散が行われていたのだった。あれ? まだ五時間も経ってないよな?

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