第11話 最推し鑑賞With最推し
「ご馳走様でした。凄く美味しかったです」
「お粗末様でした。美味しかったなら良かった」
楠のシチューは本当に美味しくて、ついおかわりまでしてしまった。
「片付けは俺が――」
「だーめ。これはお礼なんだから」
「アウッ」
立ち上がろうとするも、楠に肩を押されて戻らされた。先に手を打とうと思ったのだがダメだったか。
「んー。……まだ時間大丈夫?」
「お望みとあらば何百時間でも」
「桁が多いよ、二つくらい。じゃあちょっと待ってて。すぐ洗っちゃうから」
お皿を持って楠がパチリとウインクをした。大丈夫かな。俺の心臓なくなってないかな。
◆◆◆
「雪翔くんに一つ聞きたいことがあるんだっ!」
帰ってきていきなり楠にそう聞かれた。なんかすっごい楽しそうだな。俺も楽しくなっちゃうな。
「何でも答えるけど? 黒歴史とか聞く?」
「ううん。雪翔くんが一番心に残ってる【Sunlight hope】のライブはいつのだろうなって」
「東京ライブ。二年前にあった」
反射的に俺はそう答えていた。俺、楠に関しては脊髄で会話しちゃってるな。あとさらっと黒歴史スルーされたな。
そして、楠はびっくりしたように俺を見つめている。かわいい。
「……ごめん、ちょっと意外で。悩むかなって思ってたんだけど」
「ああ。心に残ってる、なら二年前の東京ライブなんだ。俺が初めて行ったライブだったんだよ」
懐かしいな。初めてのライブ。初めて新幹線にも乗ったし。迷子になりかけた。
「そう、なんだ。でも、結構前だよね。【Suh】が結成して一周年だし。あの頃から知ってたんだ」
「それより前から知ってはいたけどな。色々事情があって……それまでのライブは行けなかったんだ」
後悔はあるけど、過ぎてしまったことなので仕方ない。
「じゃあ、本当に古参なんだね」
「すっごく古参だ。俺唯一の自慢だな」
なんせ、チャンネル最初の登録者でSNSも初めてのフォロワーなんだからな。
数分経っても登録者&フォロワーが一のままだったので多分ラグとかもなかったし。アカウントバレ怖いから言わないけども。
【Suh】がバズったのは一ヶ月くらい経ってからだったな。
「唯一じゃないよ、他にも自慢できることはたくさんあるよ。優しいところとか」
「『グループを組んでお互いの長所を書き出そう』って授業で毎回周りの人に書かれるやつ」
「お世辞じゃないよ。雪翔くんは本当に優しいんだから」
……楠から優しく見えてるんだったら嬉しいな。これからも優しくあろう。誰にでも。
「まだまだ雪翔くんの良いところを言いたいんだけど、それはまた今度にしよっか。私がもっと雪翔くんのことを知ってからで。ちょっとスマホ触るね」
律儀に断りを入れてから楠がスマホを触る。それはどうやらテレビに繋がっているようで、画面が切り替わった。
「ちょっとだけ恥ずかしいんだけど――雪翔くんに、ライブでどういうところが好きだったのか、話して欲しいなって」
ぶわりと強い鳥肌が立った。それは、紛れもない――あの時のライブ映像だ。
東京ライブ。
それは【Sunlight hope】が結成してからずっと目標に掲げていたもの。
その時の映像が流れ始めた。
『ファンのみんな!』
楠の言葉に歓声が上がる。あの時俺も上げた。
『ここに来れたのはみんなが応援してくれたからだよ! 本当に、本当にありがとう!』
深々とお辞儀をする楠。続いて、メンバーの二人も深くお辞儀をした。
『みんな、本当にありがとう。……だから、応援してくれた分、今日はみんなをたのしませるよ!』
『全員、ぶち上げるからねー!』
『じゃあ一曲目、【Welcome sunlight】いっくよー!』
内に籠った得も知れぬ感情。
膨れ上がって行き場のなくなったそれを、小さく吐き出した。
「……ここ、大好きなんだ。俺」
「どうして?」
「大好きな人の夢が叶ったところだから」
映像で何度も見返してる。それでも泣かなかった日はない。
「七海ちゃんの一言目で号泣したよ。いっぱい泣いた。本当に嬉しくて。……でも、曲が始まったらそれどころじゃなくなってさ」
ぶるりと体が震えた。本当に、何度観ても
それどころか……思い出をより濃く彩られていると言っても良いかもしれない。
「ステージから席は遠かった。だけど、俺の目にははっきり見えていたんだ」
それは錯覚なのかもしれない。後々見た映像によって補完されただけなのかもしれない。
それでも――
「鮮明に思い出せる。七海ちゃんの姿が。俺と同い年とは思えないくらいにキラキラしていて……それでいて、夢を叶えた『次』を見ているギラギラとした貪欲さが」
ゾクゾクした。この子が同い年なんだという事実に。どこまでも輝いている姿に。
だからこそ、最後まで見届けないと死ねないと思った。
と、ここで他のメンバーについて全然言及してないことを思い出した。
「もちろん
「――だめ。今は、今だけは私のことだけ見て」
しかし、俺の言葉は彼女に遮られる。……最推しに言われてはそうするしかない。
「分かった。じゃあ七海ちゃんのことだけを見る」
そう口にしつつ、映像に意識が持っていかれる。
ああ、なんて言えば良いんだろう。
「ライブ中、【楠七海】の熱量が全部伝わってきた。感謝の思い。これからも頑張るって思い。ただの考えすぎかもしれないけど……あ、ここの声力強くて好き」
魂を揺さぶられるような力強い声。
画面越しに伝わってきた熱があの日を想起させる。
「間奏のダンスも好き。もう全部好きだ。大好きだ。……ここからラスサビに掛けての盛り上がりとかもう、脳みそが溶けるんじゃないかってぐらい好きだ」
興奮のあまり、額が汗ばんできた。
向こうに居た時はサイリウムを振ったり会場の熱気が凄かったから、この時点で汗だくになっていた記憶だ。
ラスサビが始まってからはつい無言になってしまった。
ここはもう、見れば分かるくらい全てが良くて。口と時間が足りない。一時停止を繰り返して語らなければいけなくなってしまう。
でも、そうすると楠が見せてくれた意味もなくなってしまうので、何か言わなければいけない。どの良さを語るべきか悩んでしまう。
「ええっと。ここ、七海ちゃんがリーダーって感じられて好きなんだ。ここは七海ちゃんが【Sunlight hope】のメンバー全員の魅力を引き上げて――」
「……もう、いいよ。大丈夫」
彼女の言葉に口を閉じる。一瞬だけそちらに視線を向けると――
――優しく、嬉しそうに微笑む姿が見えた。
「君を見てれば全部伝わってくるから」
「……そっか」
画面に意識を戻し、その奥に映る彼女の姿を見つめる。瞬きすらもしたくなかった。
◆◆◆
「……い、一旦ここでストップしよっか」
ライブが半分ほど進んだ頃、楠が画面を止めた。
「どうして?」
「ちょ、ちょっと私が耐えられなくなってきたから……その、嬉しくて」
楠が目を逸らし、真っ赤になったほっぺを手で覆い隠していた。その仕草が凄く可愛くて、心臓が強く音を立てた。
「……あ、ありがと。うん、凄く嬉しかった」
「う、嬉しかったなら……よ、良かった」
少し言葉がつっかえてしまい、咳払いを挟む。
「そ、そういえば、なんでいきなり見ようって思ったんだ?」
「それは……」
珍しく楠の目が泳いだ。なんかすっごい動揺してる。
「……その、褒めて欲しいなって思って」
「可愛いしか言えんが?」
つまり、いつも放課後にやってるものの延長線にあるようなものだろう。
そこで一度、壁に立てかけられた時計を見た。
「そろそろいい時間だな。お礼ってことだったけど、他にやりたいこととかないか?」
「えっと、その……う、うん、もう大丈夫」
良かった。ちょっとこれ以上は色々心臓が爆発しかねなかったから。
そうと決まれば帰りの準備をしなければと思っていると。楠があっと声を上げた。
「ごめんね、やっぱり最後に一個だけ。やりたいことじゃなくて……お願いしたいことがあるんだけどいいかな」
そう言って、楠がまっすぐと俺に視線を合わせてきた。まるで――覚悟でも決めたかのように。
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