第12話 推しのお願い
「なんだ? お願いって。なんでも聞くけど」
推しの願いなら何でも出来る……というか、してあげたい。
是非とも遠慮しないで言って欲しいところだ。
「なんでも、いいの?」
「なんでもするけど」
再度確認してくる楠に頷く。なんでもしますが。犯罪とかだったら止めるけど……いや、そんな常識のないことは頼まないだろうな
「……じゃあ、ね」
緊張のせいか、楠がこくりと生唾を飲み込んだ。擬音すらも可愛いのもう世界に愛されてるな。俺の方が愛してるけどな!
そんな俺の間抜けな考えは――続く楠の言葉に吹っ飛んだ。
「毎週、土曜日。今日みたいにご飯食べに来てくれないかな」
「……ん?」
え? なんて?
と言いたくなったものの、さすがに同じ過ちは繰り返さない。
「ご、ご飯?」
「うん……ダメ、かな?」
「……断る理由はないんだけども」
「ほんと!? じゃ、じゃあ!」
「ちょ、ちょっと待って。その、理由とか聞いて良いか?」
笑顔が固まり、それが流れるように愛想笑いへと変わる。
「えっと。言わないと、ダメだよね」
「いや、楠が言いたくないなら別に良いんだけど。単純に気になっただけだし。別にそれが断る理由にもならないし」
出来れば聞きたかったところだけど、話したくないのなら仕方ない。
「う、ううん。話すよ。これは話さないと、私としてもちょっと酷いかなって思うから」
無理はしなくても――と思ったものの、それを言うのはまた違うような気がしたので口を閉ざす。
「ちょっと今精神が不安定って話は覚えてる?」
「覚えてる」
「うん……それでね。実は私、事情があって両親が家に居ないんだ」
楠がぐっと拳を握る。そして、ため息と共に開かれた。
「別に私が愛されてない訳じゃないよ。ただ、その、ね。……色々あって、私が今不安定なのはお母さんもお父さんも詳しくは知らない」
「ふむ」
少し考えようとして、すぐにやめる。それは邪推にしかならないはずだから。
「だけどね。私って今あんまり一人になっちゃいけないんだ。……家だといつもああだから」
教室で彼女が泣いていた時のことを思い出した。
……家に居るときはずっとあの状態なのか?
「
いつも明るい楠の真面目な表情。真面目な声。
それが次の言葉を話す時にはふにゃりと柔らかくなった。
「……またさっきみたいにライブとか公式チャンネルの動画とか見れたら元気になれるかなって。それと、ご飯美味しそうに食べてくれたからさ。お礼も続けたいんだ」
その言葉は……嘘ではなさそうであった。
「だから、改めてお願いします。私のために来てくれると……嬉しい」
「分かった」
頭を下げる楠に俺は頷いた。
元々断る理由がないお願いだ。
それが今は、引き受ける理由が出来た。
「毎週土曜日の夕方だな。……明日、日曜は大丈夫なのか?」
「だい、じょう……ぶ……」
「全然大丈夫とは呼べない顔なんだが」
「あは、は……ごめんね。でもやっぱり一人は好きじゃないんだ」
ふむ、それなら……さすがに差し出がましすぎるか?
いや、聞くだけ聞いてみよう。要らないなら要らないであっはいとなるだけだし。
「良かったら、日曜も来ていいか?」
「……いい、の?」
「楠が迷惑じゃなければ」
「迷惑なんかじゃないよ」
楠がぶんぶんと首を振った。髪が揺れたせいでふわりふわりと甘い匂いが漂ってくる。なんでこんないい匂いするんだ……。
「雪翔くんが来てくれるなら嬉しい。すっごく」
「じゃあ行く」
「ありがと。本当に」
「――ッ」
両手で手のひらを包み込むように握られる。彼女の体温が伝わってきて……顔が日に照りつけられたように熱くなる。
「ご、ごめんね! ま、前の学校の友達がよくこういう風に握ってて……」
楠の手のひらを包み込むだって? 何それ羨ましい。
というか女子校ってやっぱり距離感近いんだな。
「べ、別にいい、けど……あ、あんまりそういうの男子にやったら勘違いされるから、気をつけてな」
「ゆ、雪翔くんだけだよ。こんなこと出来るの……」
「ンッッッッッッ」
ちょっとそういうこと言われると心臓が死ぬ。ガチ恋してるのにもっと恋しちゃう……。
「雪翔くんは安心出来るんだよ。なんか、他の男の人と違う感じがするんだ」
言葉にならない声を上げ、天井を見ながら大きく息を吐く。
めちゃくちゃ嬉しいが?
俺、ちゃんと良ファンとして認識されてるんだな。
しかしちょっと、このままだと俺が何も話せなくなる。褒められるのは楠だけで良い。
「あ、明日は今日と同じ時間で大丈夫か?」
「うん。また迎えに行くね」
「……来るのか?」
「えっと。実は今、チャイムの音とか少し怖くなっちゃってて」
そう言われてああ、と声が漏れた。特定とか怖いもんな。セキュリティは大丈夫そうだけど、そういう問題ではないのだろう。
「なるほど。分かった。今日と同じ時間にバイトは終わるから……お願いします」
「じゃあその時間に行くね。あ、夕ご飯も作っておくから家の人に言っておいてね」
「……了解」
家に人は居ないけど、そこまで話す必要はない。
そして俺は帰宅の準備を始めた。そうは言っても荷物を取るだけだが。
立ち上がると、楠が玄関まで見送ってくれる。
「また明日、楠」
「うん。また明日ね、雪翔くん」
……明日。これ、つまり毎日楠と会うってことだよな。平日は学校で会うし。
これで本当に良いのか? 本当に楠の……【Sunlight hope】のファンがこういうことをして良いのか?
そう心の奥底で俺が叫んで……小さく首を振った。
これで推しが喜んでくれる。それにこれはちょっとした治療のついでみたいなものなのだ。
そう自分に言い聞かせた。
「……よし、明日もバイト頑張ろ」
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次回 楠七海視点
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