第13話 作戦会議 side.楠七海

「……帰っちゃった」


 玄関で彼を見送って、私はソファにぽすりと座り込んだ。



 短い時間。でも、私が今まで過ごした時間の中でも十本の指に入りそうなくらいには濃い時間だった。


 ぼんやりとしていると、スマートフォンがぶるりと震える。


『通話していいかな?』


【Suh】のグループチャットで……相手はかすみからだ。多分津海希つみきも見ていると思う。


『いいよ』


 そう返したらすぐにグループ通話が掛かってきた。



『もしもし、七海? どう? まだ居るの?』



 少しだけ低く、でも透き通っていてかっこいい女性の声。かすみの声が聞こえてきた。


 そして、すぐにもう一人が通話に参加してくる。津海希つみきだ。



『七海ちゃーん! 楽しいことしたー?』

「もう、二人とも……そういうのじゃないよ。彼もさっき帰ったし」

『え!? 帰ったの!? ほんとに!?』

『……ほんとに帰ったんだ』

「うん」


 びっくりしている二人に頷く。



 ずっと考えていた。どんなお礼をすれば雪翔くんが喜んでくれるのか。



 だけど、男の子にお礼をするのなんて初めてで、何をすれば良いのか分からなかった。だから二人に相談した。


 その結果――『家に招いてご飯を振る舞う』ことになった。



「二人ともありがとね。ご飯も食べてくれて、いっぱい褒められちゃった」

『それなら良いんだけど……マネさんにも言っておいてよ。ずっとそわそわしてるらしいから』

『何かあったらすぐマネさんに連絡、って言われてたんだよねー?』

「あ、そうだった。ちょっと入れてくるね」



 雪翔くんが何かしてくるとは思っていなかった。二人にも絶対にないことを説明したんだけど……マネさんはずっと渋っていた。そして、最終的に二つの条件を出された。



 一つ目は、時には、マネさんにすぐ連絡を入れること。


 そして二つ目は、スマホは常に持って、すぐマネさんに連絡を取れるようにすること。



 この条件を飲んだら、雪翔くんを家に招いて良いことになった。それは今日だけじゃなくて、これから先ずっと。



 けれど、雪翔くんが無理やり襲ってくるなんて私には想像も出来なかった。


 ……彼、すっごく純情だから。多分、私が水着姿になっただけでも気絶するんじゃないかな。



 そんなことを考えながらマネさんに『もう大丈夫。今霞と津海希の二人と通話してるから。ありがとね』とだけ送信し、通話に戻る。



「あ、そうそう。休日は家に来てもらうことにしたんだ」

『そっか。じゃあもう大丈夫……なんだよね? さっきはついからかってしまったけど、気をつけるんだよ』

「分かってるよ。……でもね。本当に大丈夫だと思う。二人と同じで、色んな人のことを見てきたから」

「七海がそう言うなら大丈夫だとは思うんだけど」



 ライブや、最近は少なくなってきたけど握手会とかでも。


 ちょっと危なそうな人は分かる。裏で色々考えてる人も分かる。この業界は色んな人と関わるから。ファンはもちろん、他の人達も。



『七海ちゃん?』

「あ、ううん。ごめんね、ちょっと考え事してて。……でも、本当に大丈夫だと思うんだ」

『何か理由があるの?』


 その言葉を聞いて――ふと、彼が最初に言ってくれた言葉を思い出した。



 ―― 俺は楠……というか【Sunlight hope】の大ファンだけど、今はクラスメイトになったから。そのつもりで接します。



「私のことを見ようとしてくれてるから、かな。アイドルとしての私も、そうじゃない私も」

『……そう、なの?』

「うん。だから大丈夫。なんとなくとも似てる感じするし」



 私達を応援してくれてる人達……って呼んで良いのか分からない。

 過激な応援の仕方をしてる人とか……ストーカーとか。少なくない。


 その中でもはちょっとだけ特別かもしれない。


 応援してくれる人達の中でも、特に私達のモチベーションを上げるのがすごく上手だった。辛い時は励まされて、頑張りたいって思えた。



『あの人って『ぴょんぴょん』さんだよね! 七海ちゃんのこと一番最初に大好きになった人! それと、【Suh】のファンクラブ作った人!』

「ふふ、その人だよ。いつも顔は見せないけど、SNSの使い方とかすごいよね。私達を気遣ってて、あの人のお陰で売れたCDとかもかなり多いと思うよ」



 彼はどこかあの人に似ている気がする。雰囲気もそうだけど、距離感とか。一歩引いてて……でも、私達のことを全力で応援してくれてる感じとか。



「案外同じ人だったり……なんてね」

『だったら面白いんだけどねー! でも、そうなったら中学生でファンクラブ作ったってことになるし! 顔は見えなかったけど大人っぽかったもんねー』

『ふふ、そうだね。SNSのアカウントも凄く丁寧で大人びてるし……だけど、そうだったら良いね』

「うん。そうだったら嬉しいな。さすがにないだろうけどね」


 それから、少しだけ彼の話をした。


 彼が五十組限定の【Sunlight hope東北限定ライブタオル】を持っていたことから始まって――ちょっとだけ変で、でもそれ以上に優しさが目立つ人だった。



 色んな人に話しかけたけど、彼だけが何か違った。話していて楽しくて、もっと知りたくなってしまったことを。



『珍しいね。七海がそこまで話すなんて』

『だね! 七海ちゃんって意外と人間関係はドライなのに!』

『ドライ、は少し言い過ぎだと思うけど。でもあんまり私達以外とはご飯とか食べに行ったり……仲良くしないよね』

「あ、あはは。表面上の付き合いってどうしても苦手で」


 ある程度は仲良くなれるんだけど、二人でご飯に誘われたりするとどうしても断ってしまう。


『それにしても、本当に良かったよ。七海にも気になる男の子が出来たみたいで』

「か、霞。そ、そういうのじゃ……ない、よ?」

『ふふ、冗談のつもりで言ったんだけど。……意外と好感触だったみたいだね?』


 霞ちゃんの言葉に言い返そうとしたけど、あっ、とかうっ、とかいきなり話しかけた時の雪翔くんみたいな声しか出てこない。



 違う……そういうのじゃない、はずだから。……多分。


『良いんじゃないかな! うちの事務所恋愛禁止とかないし!』

『そうだね。何かあっても事務所が守ってくれると思うよ?』

「ふ、二人とも。からかわないの」


 こ、恋人なんて出来たら……大変なことになっちゃうから。



『でも……七海がそこまで褒める人なら会ってみたいな』

『だね! 私も気になってきた!』

「……そう、だね」



 ……あれ、なんだろう。この気持ち。なんかモヤモヤする。


「……機会があったら紹介するね」

『七海?』

『どうかした? 七海ちゃん。声、すっごく暗いけど』

「う、ううん! なんでもない! なんでもない……よ」



 慌ててそう返したけど、私の胸の中にあるモヤモヤはずっと消えてくれなかった。

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