第14話 最推し、怒る

 昼休み、早めに昼飯を食べ終えて【Suh】のPVを見る。これこそが健全な学生生活の過ごし方だな!


 そうしていると、友人達と談笑をしていたはずのかなめが近づいてきていた。


「なぁ」

「なんだ? 今デイリー推し活してるんだけど」

「その言い方だとウィークリー推し活とかもあったりするのか?」

「マンスリー推し活もあるぞ。聞くか?」

「いや大丈夫。絶対長くなるから」

「チッ」


 勘の良い奴め。これを機に沼へ引きずり込もうと思ったんだけど。いつでもチャンスはあるし良いか。


「それでどうしたんだ? 暇なのか?」

「暇なのは否定しないけどよ。お前、最近なんか変じゃね? って思ってな」

「ははっ。いつも変だろ」

「それを言われちゃ否定も出来ねえよ」


 ……気づかれてるっぽいなぁ。なんとなく。


「さては彼女でも出来たか?」

「出来てねえし、作る気もねえよ。てか作れると思ってんのか?」

「よし、週末は町に出てナンパの旅と行くか」

「行かねえ。女子の免疫なくて話せねえよ。初手【Suh】について語り続けるよ」

「なんの話してるの?」

「んぎゃぴっ」

「お、新しい鳴き声」


 真夏のカンカン照りの日に買ったラムネよりも透き通った声。そんな声を持つ人物など一人しか知らないし居ない。


 いや、あの、ちょっ、いきなり後ろから声掛けるのやめてくれませんか。心臓が散歩に出かけたんだけど……ん?



 後ろを見ると、なんか凄くニコニコとした楠が居た。なんかすっごい既視感。



 ……あれ? 怒ってる?


「おお、楠ちゃん、今こいつと休日ナン――」

かなめ。潰すぞ」

「怖ぇよ!? ナニを潰すんだよ!?」

「楠の前でそういう話をするな。すり潰すぞ」

「だから怖ぇよ!?」


 ちょーっと楠に聞かれたくないので要と肩を組んで耳に口を寄せる。


「いいか。楠はこういう話が嫌いだと思う。下ネタはもちろん、ナンパしに行くとか」

「んぇ? そうなのか?」

「ああ。アイドルだからな」

「根拠うっす」


 さすがに半分冗談だけど。

 そもそもこういう話が好きな女子少ないだろ、多分。女子と話したことほとんどないから偏見だけど。



「とにかく、楠の前では冗談でもそういう話はしないように」

「はいはい、分かった分かった」


 そして要を解放する。


「それで、何の話してたのかな?」

「ああいや、あれだよ。うん。あれの話」

「ナンパがどうのって聞こえたけど」


 聞かれてたじゃねえか! おい要! 笑うな!



「き、気のせいじゃないか?」

「……ふうん? 雪翔くん、私に嘘つくんだ」

「アッ」

「お前ほんと楠ちゃんに弱いよな」


 嘘……楠に嘘? つけるはずが……ないだろう。


「ごめんなさい」

「んー? 別に怒ってないんだけどなー?」

「あ、いや、その」

「全然怒ってないけど? なんでどもるのかな?」



 助けて要、と思って見ると。要はじーっと俺と楠のことを見つめていた。



「……二人とも、なんか仲良くね?」

「はい? 何がどこをそうしてああなった?」

「いや、だって。仲良くね?」


 余りにも見当違いな言葉。盛大にため息を吐いた。


「なんでそうなるんだよ。楠が誰とでも仲良く出来るだけだが?」

「そうか?」

「あと、俺みたいな奴が仲良いって思われたら楠に迷惑だろうが!」

「自己肯定感ひっく。もっと上げてけよ」



 まじで楠はコミュ力が高い。クラスで話せない人は居ないと思う。


 なんせタイマンで会話する最難関が俺だからな! 裏ボスを倒せるのに中ボスが倒せない訳ないだろ!



『変なのと仲良いって思わせて悪いな』という意思を込めて楠を見れば――


「……」


 あれ、なんかすっごい圧を感じる。


 え、ちょ、怖い。怖美しい。怖可愛いんだけど。新しい扉開きかけてるんだけど俺。



「私、そういう自分を卑下する発言はあんまり好きじゃないかな」

「あっ……ごめんなさい」

「次から気をつけてね」

「肝に刻み込みます」


 ……確かに今のは俺が悪いな。普通に嫌な発言をしてしまった。



 そして俺は――あの【楠七海】を怒らせた初めての人物、と少しの間学校で噂になったのだった。


 ◆◆◆


「あの、その、楠」

「ん?」

「ごめんなさい」


 放課後、空き教室にて。真っ先に俺は謝罪をした。


「意外と根に持つんだよ、私」

「うぅ……自分じゃなくて他人のために怒ってる……優しい、すき」

「い、今はそういうこと言わない!」


 また怒られてしまった。俺に生きる価値はない……



「な、何か勘違いしてるみたいだけどさ。私が雪翔くんのところに行くのは……」

「ん?」



 何かを言おうとして、しかし言葉がつっかえているようであった。え、なにそれ珍しい可愛い。



「……私が雪翔くんに話しかけるのは、誰よりも話してて楽しいから……なんだからね」

「ンッッッッッッッッッ」


 ちょ、あ、やめて! 今心臓口から飛び出そうになったから!



「だから、その。……そう思ってたのに、あんな風に言われると。ちょっと悲しくなっちゃって」

「死んで償います」

「死なないで!? ……と、とにかくそういうことだから。あんまり言わないでね」

「二度と言いません。本当にごめんなさい」


 ちょっと今回はガチ反省しないといけない。楠を悲しませるのは絶対嫌だ。



「うん、分かった。じゃあ私もに関してはもう怒らないよ」

「良かった……ん? このことに関しては?」

「うん」


 ずい、と椅子が寄せられる。一つの机に二つの椅子を並べて座るような感じで……ちょ、近い。良い匂いする。



「ナンパの件、詳しく聞かせて欲しいな?」

「あっ」



 やっべ。完全に忘れてた。



「えーっと。あれはだな。その」

「……今までもしたことあるの?」

「ない、ないです! いや、その、何回か要にやらされそうになったことはあったけど!」


 じとーっとした視線が痛い! でも可愛い! 情緒ぐっちゃぐちゃになる!


「と、とにかくあれは要がからかってきてただけだから! 嘘じゃないです!」

「……雪翔くんがそう言うんだったら信じる」


 その言葉にホッとした。とりあえず誤解は解けたらしい。


「でも、あと一つだけ聞きたいことがあるんだ。良いかな?」

「ん?」


 何だ? 好きな歌詞とかか? 


「ゆ、雪翔くんって今まで恋人とか出来てたり……い、今も居たりするのかなって」

「楠。その質問は相手によっては致死ダメージとなる。気をつけてくれ」

「あ、うん。ごめんね。……それってもしかして雪翔くんも?」

「俺は別に大丈夫だけども」


 そう返せば、楠が目を丸くした。そしてその瞳に――暗い色が宿る。


 なんで? と思いつつも、そういえば言い方が良くなかった。今の言い方だとまるで恋人が居たor居るみたいな返しに聞こえたな。



「別に恋人なんて出来たこともないぞ。というか喋れる女子生徒が居なかったし」

「……そうなの?」

「うん。別にそれがコンプレックスなんてこともないから」


 だって、彼女とか作るつもりないし。という言葉は飲み込む。


 それは要らない一言だ。それ以前に恋人なんて作れないだろうしな。



「へ、へえ……そうなんだ」

「どうした? 可愛い口がもっと可愛くもにょついてるけど」

「な、なんでもない! ちょ、ちょっと見ないで」

「目を潰しますのでご安心ください」

「誰もそこまでしてとは言ってないよ!?」



 なんでいきなりそんなことを聞いてきたんだろう……と思ったけどあれか。


 もし俺に恋人が居たら――今のように彼女と二人きりで居るという状況はとても良くない。誰かに話せることでもないし。


 恋人を裏切っているとも人によっては感じてしまうだろう。


 多分、さっき楠が傷ついたような顔をしていたのは……俺にそういうことをさせてしまったんじゃ、という後悔とか。その辺だろう。多分。



「別に恋人とか居ないし居たことないから。安心して褒められて欲しい。俺が好きなのは楠だけだからな!」

「ちょ、ちょっとまっ、今ダメ! ご、五分くらいしてからにして」



 顔を伏せる楠。また怒らせてしまったか……と思いながらも五分後、楠に好きだと伝える時間が始まったのだった。

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