第3話 推しとファンの間柄
「推しが教室に居る……つまり、俺は推しと同じ空気を吸っている? 俺、死ぬのか?」
「またきもいこと言ってんな」
「素直と言ってくれ」
推しが転校してきて一週間が経った。
有名人という事もあってか、楠は既に学校では人気者である。
ただ……かなり大変そうであった。
「バスケ部の安田も撃沈らしいぜ」
「まじか。安田でダメならもう誰も出来ないだろ」
「比較対象も俳優とか男アイドルだろうしなぁ。次お前行ってみるか?」
「行かねえよ。俺【
周りから聞こえてきた言葉。それは――楠七海に告白した、という話だ。
ちなみに【
今までは一人でこっそり楽しんでいたのでフルで呼んでいた。でもこれからは話すことも増えるかもしれないし、略称で呼んだ方が良いかもな。一応公式の略称だし。
正式名称で呼ばないといけない時以外はこっちで行こう。
楠が居る【
……それはファンに『わんちゃん俺もあるかも?』みたいな事を思わせるため、とか聞いたことはあるが、真実は分からない。
実際その事務所に所属しながら彼氏が居ると公表してるアイドルは居なかったと思う。
「みんなよく告白なんて出来るよな」
「初日で告白した奴が言うのか……?」
「あれは感情が抑えきれなかっただけだから」
というか別に付き合ってという意味で言った訳じゃない。ライブ配信のアーカイブ見ながら『すき……可愛い……』と呟くあれと同じだ。
「ま、実際可愛いもんな」
「お?
「遠慮しとくわ。部活あるし」
ぐっ。絶対観たらハマるのに。でもこういう時にガンガン行きすぎるのも良くない(三敗)
「それにしてもほんと大変だろうな。告白と同時に『復帰まだですか?』とか聞くやつも少なくないらしいぜ」
「処すか?」
「判断が早いし重い」
なんで推しに負担を掛けるんだよ。
こういう時は『ゆっくり休んでください!』とか『いつまでも待ってます!』とか……これでも負担になるかもしれないが。せめてもうちょっと言い方を考えて欲しい。
「お前はそういうの言わねえよな」
「当たり前だ。推しは生きてるだけで尊いんだから。推しが休止を宣言したんだったら推し活をしながらただ待つ。【Suh】自体は活動休止してないんだからな」
「あ、遂に略称で呼び始めた」
あと、楠にも言ったしな。なるべくクラスメイトとして見られるようにするって。出来るとは言ってないけど。なるべく推しの負担にならないようにしたい。
「今の俺は一クラスメイト。そんだけだな」
「ふうん? じゃあ狙ったりすんのか?」
「アホか。俺が推しを幸せに出来る訳ないだろうが。それなら俳優とか別のアイドルと熱愛報道とかあった方が全然良いわ」
「ま、お前ならそういうのはないと思ってたけど。ガチ恋はしてないんだな」
「は? してるが?」
「なんかめんどくさいオーラ出てきた」
好きだからこそ幸せになって欲しいんだろうが。
顔も性格も良い俳優辺りと十年後くらいに結婚して欲しい。それが一ファンとしての願いだ。それはそれとして寝込みはするけどな!
「ねえねえ。なんの話してるの?」
「アッ」
「おお、噂をすれば楠ちゃん」
唐突にひょっこりと顔を出してくる推し。今日も顔が良すぎるな?
楠は明るくコミュ力が高い。テレビやスマホで観ていた姿とそれは何一つ変わらない。
だが、頼むからいきなり声を掛けないで欲しい。心臓がいくつあっても足りない。
「楠ちゃんの話だな。こいつそれ以外の話しないし」
「ふふ、そっか。ありがとね、雪翔君」
「アッ」
「そろそろ慣れろよ」
しかし、要としていた話を楠に直接する訳にいかない。どうしようかなとか考えていると、幸い向こうから話を振ってくれた。
「ちょっと気になったんだけどさ。雪翔君は【Sunlight hope】……みんな【Suh】って言ってるしこっちの方がいっか。どういうところが好きなのかな?」
……あれ? 向こうからそういう話を振ってくるのか。いや、良いんだけども。推しの話を推しに出来る珍しい機会だし。
好きなところか。好きなところ?
「全部……?」
「なんでお前も疑問形なんだよ」
「だって……容姿性格歌全部良いし……あ、俺が一番最初に好きになったのは楠が初めて出したシングル曲の【初恋★ウィンター】です」
「えっ」
あ、やべ。口が滑った。
【初恋★ウィンター】は幻の曲とされている。
楠七海が最初に出したシングル曲で、個人の曲なんだが……諸事情があって販売中止となった。
理由は恐らくサビで七海ちゃんが思いっきり噛んでいたからだと思う。録り直して出しても良いと思うんだけどな。
当時は【Suh】も有名ではなく、CD限定曲且つ売られてる店舗もめちゃくちゃ少なかった。そのため出回った数は百枚にも満たないとされる。
たまーに動画サイトで違法アップロードされるが、即消される。
「あ、あはは……古参なんだ。動画サイトからとかだったらちょっと複雑なんだけど」
「あ、大丈夫です、初日に予約して買いました…………大事に毎日十回は聞いてます」
「それはちょっと恥ずかしいかなぁ!?」
だって噛む七海ちゃん可愛いし。つい聞いてしまうのだ。
「ま、まあ、良いんだけど……十回。十回、か」
「ごめんなさいこれからは【Sunlight hope】専用神棚に飾るのでお許しください」
「【Sunlight hope】専用神棚……?」
「あ、いや、気にしないでください」
またついうっかり口を滑らせてしまった。あんまりこういうのは言わない方が良いだろう。ドン引かれたくない。嫌われたくない。
「でも……そんなに前からファンで居てくれたんだ」
「まあ、そうかもしれなくもないです」
「自他共に認める大ファンだろ。だいぶ初期から俺にも勧めてきただろうが」
「ふふっ。ありがとね。早く復帰出来るよう頑張るね」
楠が微笑んでくれるが――その表情には罪悪感が浮かんでいるように見える。気のせいなら良いんだが。
これ、もしかしてあれか?
最近【アイドル】として扱われることが多かったから、その辺にいたファンの俺にそれとなく聞いてみてるみたいな。
……うーん。
「楠は尊敬する人が学校を休んだとき、どう思う?」
「……? 心配する、かな」
「優しい……好き…………じゃなくて。そう。心配はするけど、別に怒ったりしないです。いっぱい休んで元気になって欲しい、とか俺も思う。じゃなくて思います」
楠がハッとしたような表情をする。表情がころころ変わるの良すぎるな。死にそう。
「それと一緒です。生きてさえいてくれれば心の支えになる……から、気にしないで欲しいです」
うむ。言いたい事は言えた。だいぶキモいことを言ったような気がしなくもないが、俺が送ってるファンレターよりはマシだろう。
「……ありがとね。雪翔君」
「いえ。出過ぎた真似を致しました。申し訳ありません。腹を切ります」
「サムライソウルが爆発してるぞ」
まあ、俺が嫌われる分には良いか。うん……良いか。
と一瞬だけ考えてしまったが、推しがそんなに狭量な訳ないだろ。やはり腹を――
「ほんとにありがと。雪翔君」
「……?」
手を取られた。
え? 手を? え? え? 俺握手会の券持ってないけど?
「私、頑張るから。雪翔君みたいなファンのためにも」
「ッ――」
その笑顔は。今まで見せていたものと違った。
画面でも、ステージでも――この学校生活でも見せた事がない笑顔。
真夏の太陽に向かって咲く向日葵のような。山一面を彩る紅葉のような。そんな笑顔。
「は? 好きだが?」
「言葉に出てんぞ」
「あ、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫。……大丈夫だよ」
ガラス細工のように透き通った肌がほんのり赤く染まる。言われ慣れてるだろうに照れるの女神か? ……女神だな。
推しの珍しい表情を噛みしめる。
そうしていると、一人の女子生徒が楠へと声を掛けた。
「楠ちゃーん! 教室移動しよ!」
「あ、うん!」
どうやらもうお昼休みは終わりらしい。今日の昼休みは天国だったな。
「じゃあまたね、雪翔くん達」
「アッッッッ、はい!」
小さく手を振ってくる推しに脳を焼かれる。ほんと好きだ……。
「お前、案外行けんじゃね?」
「は? 何がだ」
「……やっぱなんでもね」
要の言葉に眉を
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