第4話 最推しの秘密
学校の行きと帰り。俺はいつも音楽を聴きながら帰っている。
【Sunlight hope】の曲ほんと良い。今日みたいな月曜の朝でも気分が上がる。最近は学校も楽しくなってるんだけどな。
「……くん?」
やっぱ推しが同じ学校に通ってるのやべえ。もう全部が良い。
休止中でも推しが見られるというのが一番大きい。
正直、
「……とくん?」
多分、転校してこなかったら……俺も学校休んで推し活してたんだろうな。うん。さすがにそれはやばい。
いや、今の時点でやばいっちゃやばいか。やばいのベクトルが違う。
「雪翔くーん?」
ほら、推しに名前を呼ばれる幻聴まで聞こえてきた。最高かよ……?
「ゆーきーとーくーん!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
推し!? なんで推しがここに!? なんで俺肩つんつんされてるの!? 天国!? ここが!?
「ゆ、雪翔くん!? ご、ごめんね!? 気づいてなかったみたいでつい」
「あ、いや、その、いや、あの、その、どの?」
やばい。脳の処理が追いついていない。
「……ちょ、ちょっと待って欲しいです。落ち着くので」
「う、うん」
深呼吸――え? ここで深呼吸? ちょっときもくない? 推しの空気吸うの俺?
「ど、どうしたの?」
「……呼吸して良いのかなって」
「いいよ!? しないと死んじゃうよ!?」
許可を貰えたので深呼吸をする。やばい。いい匂いする。多分今の俺の血圧300くらいある。死ぬ。
とは言え、さすがに深呼吸を挟むと少しは落ち着いた。具体的には血圧250くらいまで落ちたと思う。
「それじゃあ改めて――おはよ、雪翔くん」
「……お、おは、おはよ、おはようございます、楠」
まさか朝一の挨拶を推しにするとは思っていなかったが。
「え、えっと。何かご用でしょうか?」
「ううん、見かけたからついね。でもその話し方、どうにかならないかな?」
「話し方……ですか?」
「それ。雪翔くん、なんで私にだけ敬語使うのかな?」
ぎくっ。
「あー、いや。その。要から『お前の話し方は高圧的に見えないこともないからとりあえずですますを付けて話せ』って言われてて」
「……そっか。臆病な子とかだと確かに思っちゃうかもね」
あっ、やっぱりそうなんだ。うん。これからも敬語で行こう。
「でも、普通に話して欲しいな。その方が仲良くなれる気がするから」
「女神か……? 女神か」
「人だけど」
しかし、最推しに言われたのならばそうするのがファンというもの。ため口だろうが悪魔にでもなろう。
「でも分かった。これからはこっちの口調で行く」
「うん、ありがとね」
まあ今までと同じで話す機会はそこまでないし。楠が話す人はかなり多いので目立ったりもしないだろう。それ以前にめちゃくちゃ目立つ存在だし。
「じゃあ一緒に学校行こっか!」
「これがアイドルのコミュ力……凄い」
学校に行く途中で異性のクラスメイトに話しかけられる時点で凄いのに。一緒に学校ときたか。
俺、自分で言うのもなんだけど割と陰キャだぞ。要とよく話すくらいで他の生徒はあんまりだぞ。
「雪翔くんが話しかけやすいからだよ」
「アッ」
「ふふ、他の人とはちょっと違うんだよね、雪翔くんって。逆にここまで好意を押し出してくれると話しかけやすい、みたいな感じかな」
……そういうものなのか? と思ったが。あれか。
「普通にファンと接してるみたいな感じってことか」
「んー。近いけど、それともちょっと違うかな?」
「あれ? そうなの?」
楠がんー、と天女のような声を漏らして考える。録音して睡眠用BGMにしたい。
「……あんまりこういうのは良くないかなぁって思うんだけど。ファンの人、って言ってもみんな違うからさ」
「あー。なるほど」
あれか。厄介オタクと言うとあれだが、たまーにデリカシーのないファンとか居る。
会場の出待ちをする人とか、SNSの返信でセクハラ紛いの発言をする人とか。そういうのはファンと呼びたくないけども。
「そういう点で見たら雪翔くんってかなり接しやすいファンだと思うよ。好きって言葉も……本気っていうか、つい漏れ出ちゃったものって分かるもん」
「その節は大変申し訳ありません」
さすがに俺も本人を前にして言うのは控えたいとは思っている。
「ううん。嬉しいよ。素直な好意はね」
「す……そう言ってもらえると助かります」
よし。耐えられた。頑張れ俺。好きって言うのは画面の前だけであれ。
「そうだ。雪翔くんに色々聞きたい事があるんだ」
「ん? なんだ?」
「雪翔くんが印象に残ってるライブとか、配信とか。教えて欲しいな」
「……良いのか? 多分長くなるぞ?」
オタク特有の早口が出るぞ?
中学時代一回それでやらかして俺に【Suh】の話をするのはダメってクラスで決められたぞ?
「もちろん! 私も【Suh】は大好きだからね!」
「じゃあ――」
そうして登校時間は最推しに最推しについて語る、という奇妙な時間が訪れた。
奇妙な時間だが――楠はとても聞き上手で、楽しい時間だった。
◆◇◆◇◆
びゅうびゅうと強い風が吹く。
昔は許されていたが、現在は生徒が入る事を想定されていない場所――学校の屋上に彼女は居た。
「……雪翔くん、楽しそうに話してたなぁ」
屋上の隅っこで彼女は体育座りをして顔を埋めている。その手に持っているスマートフォンには絶えず通知が表示されていた。
「……またメアド、変えなきゃいけないなぁ」
その画面には目を覆いたくなるようなテキストが写し出されている。
『好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです』
『死ね』
『不細工アイドル。どうせ枕営業してるんでしょ』
『なんで生きてんの? ねえ。早く死ねばいいのに』
「……やっぱりマネさんの言うとおりにした方が良いのかなぁ」
その透き通った肌に一つの雫が零れる。
メールアドレスの特定。そして嫌がらせという流れは今回が初めてではなかった。
ただの特定ではなく……このメールアドレスを知ってる人物はかなり限られている。
つまり、身近な場所に自分を疎ましく思っている人物が居る。
その事実に彼女は苦しめられていた。
「どう、しようかなぁ」
彼女の頭の中に一つの文字が浮き上がる。しかし、頑丈なフェンスで覆われているここでそれは出来ない。
何より――それをすれば、きっと彼が悲しむだろうと思ったから。
「……雪翔くん」
無意識のうちに、楠は彼の名前を呼んでいた。
スキャンダルや邪推されることを防ぐため、男女問わず色んな生徒に話しかけた。そんな中、彼女は【Sunlight hope】の大ファンに出会った。
最初は怖く感じていた。もし休止の理由を聞かれたら……と彼女は不安を感じていた。
けれど、彼が聞いてくることはなく……それどころか、自分から干渉してくる事もなかった。
節度を弁えていて、楠からしても接しやすい生徒の一人だった。
今朝も話をして、早く立ち直ろうとした矢先の出来事だ。
早く復帰して、彼のようなファンに喜んでもらいたいという気持ち。
休止して、色んな人に迷惑を掛けて申し訳ない気持ち。
『絶対にトップを取ろう』と仲間と約束したのに立ち止まった自分に苛立つ気持ち。
「……」
その感情が混じり合い、ぽたぽたと雫になって頬を伝う。声は出さない。出してはいけない。
助けなんて、求めてはいけない。この道を進むと決めたのは自分だから。
そうして自分を責め続ける彼女は気づかなかった。重い扉が開く音に。そして――
「……く、楠?」
彼に声を掛けられてやっと気づき、少女は顔を上げる。
幻聴かと思ったが――違う。そこには居るはずがない、一人の
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