第30話 大好きな人への思い
◆◇◆ side.霞
「――という状況だ」
「……なるほど」
「……」
七海を雪翔くんに任せた後、私と津海希はマネさんから現在どうなっているのか状況説明を受けていた。
まさかあの【サイス】が……あんなことをしていただなんて想像もしていなかった。
津海希も口を閉ざしている。それだけショックを受けているのだろう。
「マネさん。私達の活動はどうなるんですか?」
「その相談もしたかったんだ。二人はどうしたい? ……七海ちゃんと同じで、続けるのが辛ければ」
「続けます」「続けます!」
津海希と一緒に即答していた。
隣に居る彼女と目を合わせると、大きく頷かれる。
「七海の帰ってくる場所は守っておかないとね。……たとえ、彼女が戻ってこない決断をしたとしても」
「うん! 七海ちゃんと約束したもん!」
今回の件で、七海は……過去に見たことがないほど傷ついていた。
どうなってしまうか分からない。
戻ってくると信じているけど、一番大切なのは七海の心と命だ。
マネさんは私達の言葉を聞いて、ハンカチで目元を拭っていた。
「……分かった。ごめんね、ちょっと最近涙脆くなってて。一回ハグしていいかな」
「うん! えへへ、マネさんとハグするの久しぶりだね!」
マネさんが腕を広げ、津海希が嬉しそうに抱きつく。
私も続いて、津海希ごとマネージャーに抱きついた。
「……ありがとうございます、マネさん。私達のために」
「それがマネージャーの仕事だからね」
「そうだとしても、本当に貴船さんがマネージャーで良かったです」
「うん!」
もう一度、最後にぎゅっとマネさんに抱きついて。私達は離れた。
「さて、それじゃあ直近の話に――」
「あ、その前にいいですか? 一度、二人の様子を見に行きたくて」
「……そうだね。あれからもう一時間近く経ってたか」
意外と時間が掛かってしまっていて、二人の様子が気になっていた。
彼のことだから多分大丈夫だと思うけど。
「じゃあみんなで……いや、霞ちゃんに見てきて貰うか」
「んー? なんでー?」
「もし……その、良い雰囲気だったら、邪魔になるかもしれないからね」
「そっか! ちゅーとかしてたらお邪魔だもんね!」
「……そうだね」
さすがにないだろうとは思うけど、万が一はある。
七海にとって、雪翔くんは特別な存在だから。良い雰囲気の邪魔をする訳にはいかない。
「それじゃあちょっと見てきます。何かあれば呼びますね」
「了解」
「何かあったら私もすぐ行くからね!」
「うん、その時はお願い」
二人をリビングに残し、寝室へ向かう。
今二人は何をしているのだろうか。良い雰囲気ならそっとしておくつもりだけど……もし雪翔くんでも力が足りていなかったら、その時は私も一緒に居よう。二人も呼ぼう。
音を立てないよう、ひっそりとドアノブに手を掛けて少しだけ開く。
心の中で七海に謝りながら耳に意識を寄せると――
「ご飯食べる時、めちゃくちゃ上品な食べ方するの好き。ずっと見ていたいくらい好き」
「お母さんに教わったからね」
「やっぱり楠の両親には国民栄誉賞を授けるべきなのでは……?」
「ふふ、そうなると私はどうなっちゃうのかな」
「……ノーベル平和人間国宝?」
「色々混ざっちゃった」
……これは、想像以上だったな。
まさかもう七海が笑ってるとは……思わなかった。
あそこからどうやってここまで回復させたのだろうか。
気になることはたくさんあったけど――
「なんかくすぐったくなってきちゃった」
「まだまだまだまだあるぞ。楠の大好きポイント」
「……うん、聞かせて」
――これは邪魔しない方がいいかな。
そっと扉を戻し、忍び足で戻る。
……良かった。それはそうなんだけど。ちょっとだけ妬けちゃうな。
◆◇◆ side.雪翔
「楠は――」
話し続けてかなり時間が経ったと思う。喉が少しだけ枯れてきたな。
「ゆ、雪翔くん、無理はしないで」
「大丈夫大丈夫。ライブの次の日の方が声枯れてるから」
「でも……あ、そうだ」
楠が手を伸ばし、ベッドの傍にあった自分のカバンを取る。その中から、一つの袋を取り出した。
「これさ、津海希におすすめされたのど飴なんだ。それから私も霞も愛用するようになって」
「おお、助かる。ありがとう」
これであと十二時間は喋れるな! と手を差し出すも――楠は飴を一つ取り出し、包み紙を開いた。
「はい、あーん」
「……楠さん?」
「ん? あーん」
「えっと、あの、その」
「あーん」
「……あ、あーん」
「ふふ、はい、よろしい」
口を開くと飴玉が中に入り込んできた。あっ、待って、今指が唇に! 煮沸消毒と
……じゃなくて。
「え、えっと、その、楠さん? 今のは?」
「……嬉しくなかった?」
「嬉しすぎて気絶寸前まで行きましたが!?」
急に小悪魔的一面を見せないでください! 超絶好きにもうなってるのにもっと好きになるから!
「そういう実はイタズラ好きなところも好きです……」
「ふふ、じゃあもっとやっちゃお」
「俺の心臓が持たないのでほどほどにお願いします」
――と、その時。扉がこんこんとノックをされた。楠が小さく体を跳ねさせ、俺の服を掴む。
「大丈夫。貴船さんか二人だよ」
「……う、うん。ごめんね、ちょっと過敏になっちゃって。ど、どうぞ」
仕方のないことである。……今はどうにか少しずつ良くなってるけど、そう簡単に治るものじゃない。時間を掛けてゆっくり治していくものなのだ。
楠が返事をした後、扉が開く。やっぱり貴船さんだ。
「二人とも、夕ご飯は――ごめん、ちょっと今のは良くなかったね」
「い、いえ、大丈夫です」
この辺、色々工夫する必要がありそうだな。事前にチャットを入れて貰うとか。
「えっと。貴船さん、どうしたんですか?」
「ああ、そうそう。もう遅い時間だからご飯どうしようかなって。……七海ちゃん、食べられそう?」
「は、はい。あんまり重いものは多分入らないですけど」
「今日まだ食べてないもんね。……じゃあスープとかになるかな。何か買ってくるよ。雪翔くんは?」
「一欠けのパンと少量の水があれば生きていけます」
「囚人の方が豪華な食事食べてそうだねそれ」
別に一食抜いたぐらいでは死なないけど……逆に気を遣われてしまいそうだし、要にも怒られそうだ。やめておこう。
「俺もそんなに入らないのでスープ系でお願いします」
「了解。じゃあ買い物行ってこようかな」
「あ、待ってください、マネさん」
貴船さんが出ようとして、楠が呼び止める。その瞳はまっすぐに貴船さんを見つめていた。
「ありがとうございます」
「……ふふ。どういたしまして」
「その、まだ色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「迷惑とも思ってないからね。……私こそよろしくね」
貴船さんがニコリと笑い、楠が安心したように息を吐く。
「……後で二人にもお礼言わないと」
「そうしたらいいよ。二人も喜ぶはずから。それじゃあ私は行ってこようかな」
そして、貴船さんが扉に手を掛けた。
「二人はリビングに居るはずだからね」
「分かりました。行ってらっしゃい、マネさん」
小さく手を振り、貴船さんが出ていった。
そういえば全然確認してなかったけど、今何時なんだろう。
スマホで時間を確認し――目を見開いた、
「もう八時過ぎてたのか。……ひょっとして俺、三時間くらい語ってた?」
「ふふ、そうだね。……もうそろそろ尽きるのかな?」
「まだ五分の一も語ってませんけども。誇張なしで」
まだまだ語りたいところではあるけど――時間のことを考えると難しいな、
もし……いや、多分霞ちゃんと津海希ちゃんは泊まると思う。明日は楠の誕生日だし。
そうなったら泊まる訳にもいかないだろうしな。……いや、そうじゃなかったとしても泊まる訳にはいかないだろうけど。
「ねえ、雪翔くん。一つお願いがあるんだけど」
「……なんでも聞くけど?」
なんか凄くタイミングがあれな気はするけど、俺の考えすぎだろう。
「なんでも?」
「……なんでも」
なんで聞き直してきたんですか、楠さん。
まさかそんなはずないよな。……ないよな?
「今日、泊まっていって欲しいな」
…………そのまさかだったかぁ。
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