第31話 お泊まり会開始!

「……どうかな。泊まってくれない、かな」

「……」



 聞いてくるかも、とちょっと考えてはいた。なんとなくそうなりそうだなーとも思ってた。

 だけどまさか、本当にそう言われるとは思っていなかった。



「雪翔くんが泊まってくれたら、すっごく嬉しいんだけど」



 期待と不安が入り乱れた表情。……後者の方がかなり大きそうだ。



 胸中をぐるぐるといろんな思いが駆け巡る。



 それはファンと推し、ただのクラスメイトという関係を越えてしまっているのではないだろうか。

 これを引き受けたら――彼女との関係性が変わってしまうのではないか。



 そんな葛藤が渦巻き……全てを無理やり押し潰した。



「分かった。お泊まり、だな」

「……! いいの!? ほんとに!?」

「うん、俺も楠の傍に居たいし」



 結局のところ、それが俺の本音だ。


 それで楠が元気になるんだったら。楠を助けられるんだったら。

 そういう思いももちろんあるけど――単純に、今は……今日は楠の傍に居たかったから。



 ただ、寝る時はどうしようか。……その時決めればいっか。ソファを借りるか、なんなら床でもいいし。



「ありがとう! 雪翔くん!」

「オテテヤワラカッッッスキッッッ」



 急に手を握られてまた変な声を上げてしまったけど――着実に前の楠に近づいている。



 よし、もっといっぱい語ろう。楠がもっと元気に、もっと自分のことを好きになれるように。


 ◆◆◆


「ただいま……っと、三人とも、もっと仲良くなったのかい?」

「おかえりなさい、マネさん。今まで以上に仲良くなりました」

「ふふ。こういうのも大切かなって思ってね」

「みんな大好きだからね!」



 リビングにて。先程楠は二人に謝罪し、そしてお礼を言った。



 その結果――二度目の尊みサンドイッチが始まったのである。仲良し助かる。


【サイス】の一件があったからこそ、改めてそう思う。



 貴船さんが三人を見て嬉しそうにした後――俺を見てニヤリと笑った。



「雪翔くんは混じらなくて良いのかい?」

「雪翔くんもって誘ったんだけどねー!」

「崇める神を模した絵を踏むような愚行は出来ませんので」

「君にとっては踏み絵と同レベルなんだね……」



 俺、百合に挟まる男は許せないタイプなんだ。別に百合ではないけども。

 とにかく、この尊み空間に異物は要らない。



「でも、雪翔くんらしいね。そういうのも」


 うん。これが俺である。

 推しには関わるのではなく、天井とか壁とか観葉植物視点で見たい……んだけど、最近は全然めちゃくちゃ関わってるな。


 あんまり考えないようにしよう。ファン視点ではなく、クラスメイト……友人として。



「あ、そうだ。夕ご飯の準備してくるよ。頼まれてた野菜たっぷりサンドイッチはこれね。二人のスープは今から温めてくるよ」

「あ、私が――」

「ふふ、ダメだよ。離さないからね」

「七海ちゃんは離さない!」


 楠が動こうとして、二人がぎゅっと抱きしめて身動きを封じた。


 やっばいこんなの見たら口角が天井に突き刺さっちゃう。

 ……本当に、楠のメンバーが霞ちゃんと津海希ちゃんで良かった。



「じゃあ俺が手伝いを」

「ダメー! 雪翔くんにもぎゅってしちゃうよー!」

「俺の理性が試される脅し」


 それ、俺じゃなかったら喜んでぎゅってされに行ってるかもしれないぞ。俺はそんなことされたられ蒸発して消えてなくなっちゃうけども。



「スープの準備、って言っても温めるだけだからね。雪翔くんも待ってていいよ」

「……分かりました。ありがとうございます」

「いいのいいの。あ、そうだ。雪翔くん、泊まっていくんだよね」


 思わぬ言葉に体が固まってしまった。


 なんで知って……と思って楠を見たら、えへへと笑っていた。



「ごめんね、雪翔くん。さっき嬉しくなってマネさんに連絡入れちゃってたんだ」

「可愛いエピソードがどんどん更新されてくが? まだ可愛くなるの? もっと好きになるけど?」

「雪翔くんもお泊まりするのー? いっしょだねー!」


 邪な考えを持っていた訳じゃないけど、津海希ちゃんのキラキラとした視線が痛い。純真無垢すぎて浄化されそう。



「あ、もちろん推しを傷つけるようなことは絶対に何があろうとしないのでご安心ください霞様」

「別に気にしてないよ。君のことは信用してるからね。……あと、霞様はやめて。学校でのことを思い出すから」



 え、霞ちゃん学校で霞様って呼ばれてるの? 確かにお姉様感凄いけど。女子校って割とそういうノリなんだろうか。

 ただ、本人が嫌がってるのでやめておこう。



「分かりました。霞ちゃん」

「あと、これからは普通の話し方でお願い。……もう他人という仲でもないんだし」

「あ、うん。分かった」

「私もねー!」


 さらっと話し方改革を求められてしまった。


 すっごい今更だけど、推し達に普通の話し方するって何事? 俺、明日くらいにでも雷に打たれたりする?



「後で服だけ取りに行こうか、雪翔くん。親御さんも心配してるだろうし、私から説明するよ」

「あ……そうですね。服だけ取りに行きたいですけど、説明は大丈夫です、一人暮らしなので」



 少しだけ迷いながらもそう返した。

 貴船さんはもちろん――三人も驚いた顔をしていた。


「色々理由がありまして。その辺はとにかく大丈夫です」

「……分かった。でも、何かあれば言って欲しい。力になるから」

「ありがとうございます」


 一応この辺も解決……んー、まあ、解決してるって言っていいはずだし。あんまり考えないでおこう。



「じゃあ後で荷物を取りに行こう。二人もそうする?」

「んー……どうしようかな。七海、服借りてもいいかな?」

「もちろん。サイズは同じくらいだもんね」

「私もー!」

「いいよ、好きなの着ていって。服はたくさんあるから」



 楠の服を着る……? 尊み空間の密度が濃すぎて俺潰れない?



「わーい! お泊まり! 男の子とのお泊まりも初めてだから楽しみ!」


 サラッとまたとんでもないことを……いや、初めてじゃなかったらうっすら脳が破壊されそうなんだけども。



 ん? もしかしなくても俺、脳破壊する側に回ってるんじゃ……?



「どうしたの? 雪翔くん」

「……いや、なんでもない」



 深くは考えないでおこう。結局のところ、泊まらないという選択はないんだし。



 それはそれとして、一回家に帰るんだったら――あれも取ってこようかな。

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