第32話 七海ちゃんへの誕生日プレゼント

「おかえり、雪翔くん」

「おかえり」

「おかえりー! だわん!」

「ここが……天国?」

「ただいま。三人とも似合ってるね」



 家から荷物やらなんやらを取ってきて帰ってきたら――そこには桃源郷が広がっていた。



 動物を模したパジャマを着ている三人がそこに居た。

 楠がうさぎ、霞ちゃんが猫、津海希ちゃんが犬である。


 そう。あのPVの衣装だ。



「貴船さん。俺の葬式に掛ける曲は【Suh】メドレーでお願いします。お坊さんにもお経じゃなくて歌詞を読んでもらうよう頼んで頂けると嬉しいです」

「縁起でもないし嫌だよ。お坊さんが『君だけを見ていたい! 君だけに見られたい!』とか言わなきゃいけなくなっちゃうよ」



 …………確かに。それはちょっとお坊さんに本気で怒られそうだな。

 そうなると選曲しておかないといけないか……かっこいい系なら読んでくれないかな。



「雪翔くん。冗談でもそういうことは言って欲しくないな」

「ごめんなさいもうやりません腹を切ります」

「大和魂が凄まじいね……」

「わんわん!」


 というかさっきから津海希ちゃんがわんちゃんになってますが。え? お金いる?


「そういえば三人ともなんでその格好に?」

「この衣装、結構着心地が良くてね。でも、これ着て外に行く訳にもいかないから。パジャマにしてたんだ」

「たまたま七海の家に置いてたんだよね、この衣装は」

「わん!」


 なるほど。あと津海希ちゃんはちょっと自重して欲しい。可愛くて倒れそう。


 あっ、霞ちゃんが津海希ちゃんの頭撫でてる。えっ、溶ける溶ける。心どろどろになっちゃう。



「お風呂も楽しかったねー! あ、わん!」

「ふふ、一緒のお風呂に浸かるのは初めてだったからね」

「いつもお風呂おっきくて寂しかったけど、二人といっしょなら楽しかったね」


 ――ッッッッ。



「――貴船さん」

「気絶はダメだよ」

「先んじて奥の手を封じられてしまった……?」


 待って待って。脳内整理が全然追いつかない。


 推し三人でお風呂……? 仲良し助かるが? 助かりすぎて死んじゃうが?



「さて、もう時間も遅くなっちゃってるし、雪翔くんもお風呂入ってきなよ」

「分かり…………ません」

「私、初めてだよ。分かりましたから分かりませんに返事がシフトされる瞬間を見たの」



 え、だって、お風呂ってあれだよな。……さっきまで【Suh】が入っていたお風呂。


 ちょーっと待って欲しい。

 それはセーフか? いや、アウトだろう。誰がどう見てもアウトだろう。



「へえ? それじゃあお風呂には入らないの?」

「うっ、ぐっ、ああ……! それは、それはダメだ……穢れたこの身で居続けると蒸発して消え去ってしまう」


 でも良いのか?

 入って良いのか?


「……あっ、そういえばシャンプーとボディソープ忘れた」

「ふふ、それくらい使っていいよ」

「俺が推しと同じ匂いに……? 不敬罪で極刑にならない?」



 でも、楠達の前でずっと汚いままという訳にはいかない。

 そうだ。湯船に浸からなければいいんだ。



「あ、そうそう。入浴剤も入ってるからゆっくり入ってきてね」

「崖っぷちから片足飛び出たくらいの位置に俺は居ます」



 どんどん逃げ場がなくなってきた。どうしよう。

 貴船さんが楽しそうにくつくつと笑っている。やっぱりこうして見ると店長に似てるな。



「…………とりあえず入ってきます」

「うん、ゆっくりね」


 ◆◆◆


 お風呂はとても気持ちよかった。変な意味ではないからな。

 今まで入浴剤は使ったことがなかったけど、疲れもかなり取れたような気がする。


 それからはライブ鑑賞With【Suh】となった。なんで? と思いながらも、推し達に良さを語れる機会なんて早々ないので語った



 それはもう、ドン引きされるくらい語った……はずなんだけど、楠はもちろん二人もめちゃくちゃ喜んでくれた。やっぱり小ネタとかに気づかれると嬉しいらしい。



 それから時間は経ち――十一時を過ぎた。




 場所も楠の寝室へと移る。ここの方が楠も落ち着くらしいし、眠くなったらすぐ寝れるからと。


 もちろん霞ちゃんに津海希ちゃん、貴船さんも居て、色んな話をしていた。


 お仕事のどんなところが大変で、どんなところが楽しかったとか。そういう裏話だ。めちゃくちゃ貴重な話だな。



 そして時刻が――日を跨ごうとしていた時。



「――楠」

「……? どうしたの?」



 彼女の名前を呼んだ。……めちゃくちゃ緊張してんな、俺。



 大丈夫。彼らから許可は貰ったし、貴船さんからも許可を貰っている。




 そう自分に言い聞かせ、一度だけ深呼吸を挟む。




「一つ、見て欲しいものがあるんだ」



 カバンからノートPCを取り出して開く。それと同時に、楠の部屋にある時計が零時を告げた。




「見て欲しいもの?」

「ああ。……誕生日おめでとう、楠。いや、七海ちゃん」



 一つのサイトを開き、七海ちゃんへと見せた。



「――これ、って」

「有志を集って作ったんだ。このサイト」




 それは、『【Sunlight hope】楠七海ちゃん誕生日特設サイト(公認された非公認)』というサイトだ。


 最初は色々と凝った名前にしようかと思ったんだけど、こっちの方が一目で分かりやすいということでこうなった。


 じっと七海ちゃんが画面を見つめる。彼女にPCを渡し、自由に見られるようにした。



「これは……ファンサイト?」

「そう。ファンクラブの中に作れる人がそこそこ居てな。【Sunlight hope】、特に七海ちゃんのことを最近好きになった人向けのサイトだ。みんなが七海ちゃんの推せるポイントとか曲を紹介してるんだよ」



 古参勢はもちろん、最近推し始めた新規のファンの人にも聞いて、好きなところをまとめた。



「もちろん【Sunlight hope】から許可は貰って作った。アフィリエイトはなしだけど……サーバー代とかは事務所の人が代わってくれるらしい。だからほら、公認された非公認って書いてる」

「……いつの間に」

「前から話はあったんだよね。七海ちゃん達には秘密で、ってことで」



 うむ。この辺は事務所の人とDMとかで相談した。相手が貴船さんかどうかは分からないけども。



「これは、雪翔くんが?」

「……あー。いや、その。あれだ。…………『ぴょんぴょん』さんが企画した」

「あの人が……そう、だったんだ」



 じっと七海ちゃんがタッチパッドでサイトを見る。それを見ながら軽く説明をした。



「あくまで初心者向けだから、あんまり自我は出してない。POPの熱量をいい感じに薄めたんだ」

「……凄い。デザインとかも凝られてる」

「ファンの中に本業がデザイナーの人とかも居てな」



 大体は作って貰った感じだ。俺はまとめ役となって動いていた。

 ……こういうの苦手なんだけど、『ぴょんぴょんさんしかまとめ役は居ないでしょ』という声に押し負けてしまったのだ。



 ピタリと七海ちゃんの手が、そして目が止まる。――ああ、あそこか。



 七海ちゃんは今休止中だ。復帰時期も未定だ。

 その上、今日……昨日、【サイス】の発表があって、急遽入れてもらった文言があるのだ。



『十一月十五日は七海ちゃんの誕生日なんだ! #七海ちゃん生誕祭 で七海ちゃんの好きなところを皆で呟こう!』



 急遽企画したものなんだけど、どうなっているんだろうか。

 

「……ごめん。ちょっと調べるね」

「うん。俺も見てみる」



 予約投稿はしてるけど、ちゃんと出来てるかな。


 そう思ってSNSを開いて――苦笑いしてしまった。



『これまでもこれからも、生きてる限り七海ちゃん最推しです。来世でも推します #七海ちゃん生誕祭』



 自分の呟きがとんでもない速度で拡散されていた。

 画面をスクロールすると、どんどん暖かい言葉が溢れ出していく。




『友達の付き添いでライブを見に行った時から大ファンです! #七海ちゃん生誕祭』

『いつも明るい姿に元気を貰ってます。大好きです。 #七海ちゃん生誕祭』

『七海ちゃんの幸せを心から祈っています。 #七海ちゃん生誕祭』

『大好きです。貴方が生きてるから私も今生きることが出来てます。 #七海ちゃん生誕祭』

『誰よりも頑張る貴方が、今はしっかり休めていますように。 #七海ちゃん生誕祭』

『七海ちゃんのお陰で、娘とまた話すことが出来ました。ありがとうございます。 #七海ちゃん生誕祭』

『仕事で疲れても、七海ちゃんの歌声を聴くと元気になります。明日も頑張りたいって思えます #七海ちゃん生誕祭』

『大好き!!!!!!!!! #七海ちゃん生誕祭』

『バズってたPOPから気になって、そこからズブズブと沼にハマっていきました。大好きな貴方が、明日はどこかで笑えていますように。 #七海ちゃん生誕祭』




 まだまだまだまだ――投稿は今もとんでもない速度で増え続けている。



「……」

「良かったね、七海」

「あったかいねー!」



 七海ちゃんは二人に抱きしめられて、ポロポロと涙を零している。だけど、その泣き方は夕方に見たそれとは随分違っていた。



「これが俺達――ファンからの誕生日プレゼントだ」

「……もう、雪翔くんは……本当に……もう」


 二人が七海ちゃんから離れて、彼女は立ち上がる。



 そして――今度は俺が抱きしめられる番だった。



「……ありがとう。これ、雪翔くんがやってくれたんだよね」

「…………さあ、どうだろう」

「覚えてるよ。雪翔くんに初めて……泣いてるところを見られた時のこと」



 ……覚えてたか。まあ、俺も覚えてるし。七海ちゃんも覚えていてもおかしくない。




 ――俺はアンチの百倍大きい声で楠七海に『好きだ』って言い続ける


 ――……え?


 ――アンチが一切目に入らなくなるまで。応援――というと少し気が重いかもしれないから。好きだって何度でも、毎日伝える。嫌な声が気にならなくなるまでずっと




 あの時言ったことから思いついたことなのだ。これは。

 毎年やってはいたけど、今年はもっと盛大に七海ちゃんへ『好きだ』と伝えられるようにしたかったから。




「白状すると、俺が提案したことです」

「やっぱり。……ありがとう、本当に。……ありがとう」



 ぎゅうっと強く抱きしめられる。

 本当に一切の加減がなくて。それだけ嬉しくなってくれたのだろうと、心が暖かくなっていく。



「……絶対、近いうちに復帰するから。待ってて」

「うん、待ってるよ」



 ――そうして、への誕生日プレゼントを送った。




 さて。今度は俺からへの誕生日プレゼントを渡さないといけないな。

 ……この後に渡すのハードル高いな。順番間違えたかな。

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