第33話 感情の爆発

 楠が満足した様子でスマホを仕舞う。それを見計らって、彼女へ話しかけた。



「楠。実はもう一つプレゼントがあるんだ」

「……もう一つあるの?」

「今のは『ファンとしてのプレゼント』だから。……とは言っても、今のに比べたら全然大層なものじゃないからな」


 ハードルを上げる訳にもいかないのでそう付け足す。


 本当に順番を間違えすぎたな。今のは色んなファンの人が結集してくれたからこそ出来たことで、それに比べれば俺一人が出来ることなんて……これくらいしかなかった。



「……やっぱやめようかな」

「え!? なんで!?」

「チョコレートを食べた後にみかん食べたらすっぱく感じると思う。それと一緒だ」

「意味は分かるけど、例えとしてはちょっとよく分かんないな」



 拍子抜けされたくないけども。……でもな。



 一つ考えてみたい。

 このプレゼント、重くね?



 いや分かる。すっごく分かる。断然いまさっきのやつの方が重い。


 それに、俺が重いのは今更だ。


 だけどな? やっぱりやめておいた方が良いかなと思うんだ。余韻を台無しにしてしまいそうな気がするんだ。



「……楽しみにしてたんだけどな」

「楠がお望みならばこの魂、百と八つに分けてお渡ししましょう」

「それは要らないかな」

「鋭いツッコミが身に染みるね」


 ……前の楠に戻ってきたようで、本当に良かった。もっと突っ込んで欲しい。俺が喜ぶから。



「そこまでもったいぶられると私も気になってきたな」

「私もー!」

「無駄に上がっていくハードル。土地くらい用意しておけば良かったか……?」

「一高校生が準備出来るはずないんだけど、君が言うと本当にやりそうな怖さがあるよね」



 さすがに土地だけだと迷惑になりそうだけども。やるなら【Sunlight hope】の専門店とか作ってみたい。


 ……ちょっと現実逃避が過ぎたな。そろそろ向き合わないと。



「もう一回言っておくけど、期待はしないで欲しい」

「何でも嬉しいよ」

「その言葉が嬉しくて全財産貢ぎたくなってきた」


 貢ぐのはまた今度にして、俺はカバンから一つのラッピングされた箱を取り出した。


「それじゃあ改めて、楠。誕生日おめでとう」

「ありがとう、雪翔くん。……結構おっきいね?」

「大きさはな。何個か入ってるから」


 大きさはそこそこあるけど、重さはそこまでだ。

 楠はクリスマスの朝の子供みたいにそわそわとしていた。


「開けていい、よね? ……それと、隣来て欲しいな」

「開けるのはもちろんいいんだけど、隣?」

「うん、隣」


 別にそれくらいなら良いかと、ベッドの端に座っている彼女の隣に腰掛けた。

 楠は満足そうに頷いて、丁寧に箱を開けていく。



 最後に白く薄い紙で包まれたそれを開いて――彼女は固まった。



「――これ」



 ――違う。楠だけじゃない。霞ちゃんと津海希ちゃんも固まっていた。



 え?

 なに?

 ちょ、え?


 俺なんかやらかした? やっぱぬいぐるみダメだった?




 ――入っていたのは『seven』さんから貰ったアドバイスを参考にした、【Sunlight hope】の三人をデフォルメ化したぬいぐるみであった。



 その三人は固まっていたけど……なぜか貴船さんはにっこりと俺へ微笑みかけていた。『大丈夫だよ』とでも言いたそうに。



「……一つ、聞いてもいい?」

「ん、うん? も、もちろん」


 じっとぬいぐるみを見ていた瞳がこちらに移る。なんだろう。貴船さんが大丈夫っぽい感じを見せてたけど。



「どうしてぬいぐるみにしようと思ったのかな」

「そ、それは……その。女の子へのプレゼントってしたことなかったから、SNSで『異性の友達へのプレゼント』を聞いたんだよ。あ、もちろん楠の情報は一切出してないから」

「……」


 それからまた楠が押し黙った。

 霞ちゃんと津海希ちゃんは……呆気に取られたようにしながらも俺を見つめていた。



 どうしたんだろうと思っていると、楠の瞳が――とある方向へ向いた。



 そこは楠の……勉強机。

 あんまり人の部屋、女の子の部屋をじろじろ見るものじゃないからと、俺は気づいていなかった。




 ――机の上には、凄く見覚えのあるぬいぐるみが置かれていたのだ。



「……あ、あー。俺と似たような考えをしてる人が居たんだな」



 ――やばい。まさか飾られてるとは思っていなかった。もう仕舞われてるかなとか思ってた。



 バレてない……大丈夫、バレてないはずだ。あの頃からかなり上達してるし。


 あの頃の俺が作ったぬいぐるみは、本当に手作り感が凄まじい。しかも手芸を始めたてなんだと見て分かるレベルだ。



 今日楠にあげたぬいぐるみは市販品とまでは言わないけど、かなり上手に作れている。バレない……はずだ。多分。バレないでくれ。



「え、えっと。あのぬいぐるみはファンからの贈り物か?」

「……」

「で、でもまさか被るとは――」

「雪翔くん」




 言葉を遮られる。そして、楠は三人のぬいぐるみを抱えながら手を握ってきた。手あったかっ!



「……雪翔くん」

「……なんでしょうか」



 もう一度名前を呼ばれて、大人しく返事をした。



 その瞳にうっすらと膜が張る。その声は勇気を振り絞ったように、少しだけ震えていた。





「――雪翔くんが、ぴょんぴょんさんなんだね」






 目を瞑って、上を向く。



 どうして?

 なぜ?



 そんな疑問と同時に、あの呟きが原因だろうとも予想はついていた。そこそこ拡散されてたもんな、あれ。見られていても仕方ない。




 ……もう、隠す必要はないかな。





 ◆◇◆ side.楠七海




 心臓が今まで聞いたことないくらい大きく早く強く鳴っている。



 呼吸が浅くなって、視界が滲む。それでも、これは聞かなければいけないと思った。




「――雪翔くんが、ぴょんぴょんさんなんだね」




 そう言った瞬間、彼は目を瞑って上を向いた。



 少しの間、沈黙が訪れる。

 どうしてなのか分からないけど、内にあるものが溢れて泣き出してしまいそうだった。



 ぎゅっと握った彼の手は冷たい。緊張しているように。



 そして――短く、長い時間が過ぎて。




「――そうだよ」



 その言葉が、返された。



 ただでさえうるさかった心臓の音がもっとうるさくなって、頭の中に響く。


 頬を熱いものが伝って、視界はぐにゃぐにゃになっていた。



 それでも、彼は目の前に居てくれる。この手を握る先に居る。



 彼の言葉を口の中で反芻はんすうすることも出来なくて、つい言葉にしてしまう



「雪翔くん」



 何度も。確かめるように。



「雪翔くんが、ぴょんぴょんさん……なんだ」



 かちりと、心の中にある何かが嵌ったような気がして。



 もっと、もっと近くで雪翔くんの顔が見たいと思った。


「雪翔くん」

「く、楠。ちょっと近――」

「やだ」



 袖で目元を拭って、顔を近づける。

 私が使ったのと同じシャンプーとボディソープを使っているはずなのに、全然違う……爽やかで良い匂いがした。



 雪翔くんが少し距離を取ろうとしたけど、その分詰めていく。

 やがて彼は体勢を崩して、私は彼が逃げないように覆い被さった。



「……ずっと私を支えてくれたのは、雪翔くん。ぴょんぴょんさんだったんだ」

「そ、そういうことにならなくも――ちょ、楠、この体勢やばいし、それ以上は――」




 私は少しだけ――距離感を間違えた。

 ……ううん。わざと間違えさせた。



 心の底が沸騰しているように熱くなって、何かが弾ける。







 ――身を焼く感情のまま、気がつけば私は雪翔くんと唇を重ねていた。

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