第34話 恋 side.楠七海
「な、七海ちゃん!?」
「随分と大胆だね」
私のすぐ目の前には、目を見開いて固まっている雪翔くんの姿があった。
二人の言葉にハッとなって、私は彼から離れた。
……い、今私、何を……!?
「ご、ごめん! 雪翔くん!」
「……キュウ」
「雪翔くん……雪翔くん!?」
すぐに雪翔くんに謝ったけど、彼は静かに目を瞑った。
安らかに、すやすやと。……初めて会った時みたいに。
「き、気絶したね……気絶って言っていいのか分からないけど」
「だ、大丈夫なの!?」
「あ、うん。大丈夫だと思うよ」
さすがに心配になったけど……マネさんが苦笑しながら頷いた。
「梨花から聞いたんだけどね。雪翔くん、割と頻繁に気絶してたらしい」
「ど、どういう体質なんだい? 彼は」
「さてね。彼の友人からは感情が昂ぶりすぎた時は気絶する、お医者さんからは『癖』になってるって言われたらしいよ。……ちゃんと呼吸や脈拍が大丈夫そうだったら健康にも問題ないらしい。七海ちゃん、確認してみて」
マネさんに言われて呼吸の確認をする。……ちゃんと呼吸をしていて、大丈夫そう。
後は脈拍。耳を胸に当てると……最初は早かったけど、段々規則正しくなっていった。
「だ、大丈夫だと思います」
「おっけー。一応後で梨花に確認しておくよ」
ホッとしていると――さっき、自分が何をしたのか思い出してしまった。
顔に熱が集まって、彼に視線を寄せてしまう。それでもっと顔が熱くなって、心臓がドキドキと大きな音を奏で始めた。
「わ、私、なんで……」
「……確かに七海らしくはなかったね。あそこで押し倒してキスするなんて」
「私もちょっとドキドキしてる!」
お、押し倒してなんて、って言おうとして。自分の行動を振り返り、顔を手で覆い隠してしまった。
「どうして……なんて聞くのは野暮な気もするけど、一応聞いておいていいかな。どうしてキスをしたのか。別に怒ってる訳ではないからね」
「は、はい……その。ゆ、雪翔くんが『ぴょんぴょん』さんだって気づいて。嬉しくなってしまって」
まだ頭がふわふわしているけど、自分でもよく分かっていなかったから……頭を落ち着かせるために説明をする。
「今まで、うっすらと思ってたんです。雪翔くんが『ぴょんぴょん』さんだったら……私、すっごく嬉しいだろうなって」
最初期から応援してくれた『ぴょんぴょん』さん。そして、活動休止してからずっと支えてくれた雪翔くん。
その姿が重なって、内にあるものがどんどん膨れ上がった。
「頭の中が真っ白になって、私の中で何かが弾けて……キス、したくなっちゃいました」
「……本当に七海らしくないね。悪いことではない、と思うけど」
顔の熱さが耳にまで広がってきた。
「……多分、雪翔くんなら全部受け入れてくれるって思ったからだと思う」
「なるほど」
「雪翔くん、七海ちゃんのこと大好きだからねー!」
それでも、これは本当にダメなことだ。ゆ、雪翔くんも止めてたって言うのに……
「とりあえず分かったよ」
「……ま、マネさん。一つ聞きたいんですが」
顔はまだ火照っていて、熱はしばらく取れないと思う。
それでも、マネさんに聞かないといけないことがあった。
「……わ、私、アイドルやめないといけませんよね」
「え? なんで? やめる必要ないけど?」
マネさんはそう即答して、思わずびっくりしてしまった。
「そもそもうちの事務所は恋愛禁止じゃないし。公式サイトにも書いてあるよ」
「で、でも、それって方便みたいなものじゃ……?」
「七海ちゃん。大切なのは『恋愛禁止はしていない』って表明してることなんだよ」
マネさんが真面目な表情を見せてきて、私も……表面はともかく、頭を少しだけ切り替えて話を聞く。
「『恋愛禁止』を掲げてる事務所なら炎上はよくあるよ。だけど、そうじゃなければ特に気にする必要はない。三人とも、恋人を作るつもりはないなんて一回も言ってないし」
「そ、そういうものなんですか?」
「うん。昔はともかく、最近はそういう風潮になってきてるからね。……あ、でも『恋人が出来ました』って報告するのはやめておいた方が良いとは思う。それは忠告しておくね」
「な、なるほど……ってち、違います! こ、恋人とか、そういうのでは……」
話が変な方向に曲がっていて、否定をする……はずだったのに、どんどん声は小さくなっていた。
「なんにせよ、私と事務所はどんな結果になったとしても全力で七海ちゃん達を守るつもりだよ。霞ちゃんと津海希ちゃんはどう思う?」
「……? どうして私達に話を振るんだい?」
「なんでー?」
「一応、ね。もし彼女に恋人が居るとバレたら、少なからず離れる人は出てくるはずだ」
……そう。例え炎上はしなくても、そうなる可能性は高い。ううん、確実だ。
「ふふ。そんなの私達が言うことはもう決まってるよ。ね、津海希」
「うん!」
二人の瞳がマネさんから私へと向けられる。
「七海は私達の仲間だよ。だけど、同時に友達であり、大切な人だ。七海の幸せが私達の幸せだよ」
「うん! 霞ちゃんの言う通りだよ! 七海ちゃんはいっぱい笑顔を見せてくれたら私も嬉しいんだよー!」
「……霞、津海希」
二人が近づいてきて、ハグをしてくれる。
「私達なら大丈夫だよ。七海に恋人が出来て、それが拡散されたとしても。……それに、これからの七海に彼は必要な存在だからね」
「そーだよ! 私達なら大丈夫!」
ぎゅっと、強く抱きしめ……また話がそっち寄りになっていたことを思い出した。
「そ、その、違うからね? まだ雪翔くんと付き合うって決まった訳じゃ……」
「ふふ、分かってるよ。そうなったとしても応援するからという話だよ」
「楽しみだねー! 私子ども好きだから、育児も手伝うからねー!」
「津海希!?」
ちょっと話が進みすぎてる津海希に驚きながら――自然と頬が緩んでいた。
私は本当に――良い人たちに恵まれたな、と。
◆◆◆
「ほ、ほんとにいいのかな……?」
「いいと思うよ。元々ここは七海の部屋だし。主である君が寝るべきよだ」
「えへへー! 七海ちゃんが寝ないんだったら私がベッドで寝ちゃうよー!」
「そ、それはダメ!」
時間が過ぎて、もう眠らないといけない時間になった。
……なったんだけど、ベッドには雪翔くんが寝ていて、その隣に私が居る。
理由としては布団が足りないからだ。布団は二つしかなくて、一つに三人は入らない。マネさんはリビングに布団を敷いて眠っている。
私はマネさんと一緒でも、って思ったけど……マネさんに『彼と一緒に寝たくないのかい?』って聞かれて、何も言えなかった。
「それに気にならない? ……朝起きたら彼がどんな反応をするのか」
「そ、それは……気になるけど」
「私も気になるー!」
……一回キスしてるし。添い寝くらいは大丈夫……かな。多分。
「でも多分、き、キスしたことは忘れちゃってるよね」
「マネさんが言ってたね。その時はその時考えればいいと思うよ」
「もったいないねー! 起きたらまたちゅーしちゃお! 七海ちゃん!」
「……そうしたらまた雪翔くんが気絶することになってしまうね」
本当にそうなってしまいそうだ。……き、キスはとりあえず置いておこう、うん。
だけど、とりあえずこれからどうするのかは決まったから。
「それじゃあそろそろ眠ろうか」
「そうだねー! またお泊まりしようねー!」
「う、うん、そうだね」
まだ心臓がドキドキしてる。隣を見ると、彼がすやすやと眠っていて……つい見つめてしまう。
「それじゃあおやすみ、七海。津海希。……そして、雪翔くんも」
「おやすみ! 霞ちゃん! 七海ちゃんと雪翔くんもー!」
「おやすみ、霞、津海希。……雪翔くん」
二人に、そして雪翔くんにそう告げて。そっと彼の腕を抱きしめる。
私もちゃんと認めないといけない。彼にあんなことをしておいて、目を背ける訳にはいかない。
――私は雪翔くんに恋をしている。
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